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婚活OL=少年アイドル  作者: 多部 対名
賛否両論の王子様
9/22

スットコアンポン野郎!

 衣装を脱いで、ステージ用のボーイッシュで陰影が濃いメイクを落とした後、スーツを着てオフィスメイクをやり直した。身体の方は「Tシャツ短パンすっぴんでこの場を抜け出して鳥貴族でとり釜飯と串を何本か食べてミックスジュースを二杯飲んで帰りたい」と言っていたが、心の方が「久道さんが打ち上げに誘ってくれるかもしれないでしょうが!」と言うものだから、気合と根性で身体の欲望に打ち勝った。いや、ある意味これこそ身体の欲望に突き動かされているのか?

 ばっちりクールビューティな事務員・春日原宇摘にメタモルフォーゼを済ませ、舞台袖でフォーカンのステージを見守っている久道さんの斜め後ろにそっと控える。着替えの最中に楽屋で一瞬気絶、もとい仮眠を取ったからか、既にステージはアンコール曲も終えて最後の告知タイムに入っているらしい。告知済みのチェキ会は来週のいついつにどこどこでやります当日飛込も大歓迎ですだとか、初出し情報としては地方公演が決まりましただとか。

 フォーカンは実質、関東のローカルアイドルだ。地方からわざわざ東京のライブハウスまで来てくれているファンなんて、まだまだ居ない。ではなぜ地方公演などするのかというと、関東のファンにも旅行をしてもらおうという、久道さんのひらめきである。メンバーが行き先を決めてそこでライブをするから、みんなもおいでよ、という話だ。熱心なファンなら早めに詳細を公開すれば来てくれるだろうし、行った先にSNSや配信動画を見てくれている現地ファンも居れば万々歳。

 肝心の行き先と日程は今後の生配信中に発表すると言って、客席から北海道に行きたいだとか年末年始はやめてくれだとか叫ばれながら、メンバーたちは舞台袖に戻ってきた。

「あれ、瀬斗くん王子がデスクさんに戻ってんじゃん」

 のったりとした足取りで向かってくる晃市さんに、そして周囲でうごうごしている秘さんに、佳狩さんに、特真さんに、頭を下げる。

「ありがとうございました」

「のほほ、愉快愉快。まあ面を上げい」

 ここで「なんのこと?」などとすっとぼけないのが実に晃市さんらしい。

 久道さんの思い描いた「放っておけない魔性の弟系王子様アイドル」が日常系アイドルフォー・カントリーの前座として破綻せずに済んだのは、間違いなくあの素っ頓狂な寸劇、もといMCがあったからである。瀬斗は瀬斗のままキャラを貫いたうえで、フォーカンのトンチキな世界観に迎合させることができた。

「なんとかなってよかったよ。くどぴんと晃市に『瀬斗を全力でイジり倒そう』って言われたときは頭抱えたけど、丸く収まるもんだね」

「あれ。皆さんは事前にご相談されていたんですね」

「え?」秘さんが目を丸くした。くりくりした瞳が零れ落ちそうである。「でっちー、なんも聞いてなかったの?」

「ありゃ? 久道さんが共有するっつってたから、任せちゃったんだけど」

 ちらりと久道さんを見上げると、頬を引きつらせて青ざめていた。うーん、そういう顔もステキ。

「言ってなかった? 言ってなかったですかね、僕」

「聞いてないですね」

 久道さんに言われたことをこの私が忘れようはずもない。頷いてみせると、地を這うような深いため息が聞こえた。特真さんである。まだ舞台袖だというのに既にメンバーの上着を回収し、自分のベストのボタンもはずしはじめている。せっかち極まりない。

「久道さんはいつもこうだ……会社員なのに報連相がなってない……」

「大事なことはメモを取りましょう、メモ」と佳狩さん。純然たる善意の瞳。「なんでもメモ取っておかないと忘れちゃうおれのために全部の衣装のポケットを大きめにしてくれてるの、久道さんじゃないですか」

「うはは。そのポケットに佃煮の小瓶を入れてんのは裏切りじゃねえの?」

「佃煮は左にしか入れてませんよ。右にちゃんとメモ帳とペンが入ってます」

 やいのやいの言っている他メンバーを押しのけ、秘さんがずいずいと久道さんの前へ出てきた。百六十センチ台の目線から、百七十六.五センチの久道さんを睨み上げる。

「くどぴん、オレらがせっちーイジるよって、せっちーに共有してなかったわけ?」

 久道さんはむにゃむにゃと口元をもごつかせつつも、凛々しく覚悟を決めて、秘さんに勢いよく頭を下げた。

「ごめん!」

「頭を下げる相手が違うでしょ、スットコアンポン野郎!」

「おぐぐぐぐ」

 秘さんが久道さんの頭を鷲掴みにして私の方へつむじを向けてくる。白くて小さなつむじ。時計回りに渦を巻く黒髪。うーん、ステキ。

「スッポンはポン酢でいこう?」

「へえ、水炊きみたいですねえ」

「晃市、佳狩、違う……。多分今のは、『スットコドッコイ』と『アンポンタン』と『この野郎』を足したもの……」

「すみませーん」ベストのボタンをはずし終え、もはや中のシャツすら脱ぎださん勢いの特真さんの肩が叩かれた。顔なじみのスタッフさんであった。「撤収間に合わなくなるんで、控室、片付けてもらっていいすか」

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