放っておけない魔性の弟系王子様アイドル
ビュッフェへと向かう母と入れ替わりでエレベーターを降りてきたフォーカンの四人は、さっさとホテルを出て、先頭をずんずんと歩いていく。目的の焼き鳥屋の情報は既に共有しているから、道は分かるぞと言わんばかりである。なにかくだらない話をしてやいのやいの言っているようだが、後ろに居る私と久道さんには、よく聞こえない。
「デスクさんは」風にあおられ、すぐそばに居ても声がなかなか通らない。それを察したようで、久道さんはその先のボリュームを少し上げた。「瀬斗のこと、あんな風に考えてくれていたんですね」
「いえ、あれは……なんというか」
「まるでデスクさんの隣に、あなたとは別の存在として、瀬斗が居るような気がしました」
こわごわと見上げた久道さんの表情には、曇りひとつない。一体私は先程なにを言ったのか、あまりにも夢中だったせいでよく覚えていないけれど、趣旨としては「私は瀬斗のような男は好みではない」と語ったのだから、眉を顰められても仕方がないはずである。それでも久道さんは穏やかに、けれど少し諦観するように、肩をすくめた。
「きっともう、僕よりデスクさんの方が、瀬斗に近いところに居る」
車のヘッドライトに一瞬照らされてはまた暗くなる久道さんの頬は、やさしく笑みを帯びている。
「これもある意味セルフプロデュースと言うんですかね。瀬斗はもう、僕のプロデュースがなくたって、立派な王子様だ」
笑って、久道さんは言った。
卒業する生徒を見送る先生のような、二週間預かった迷い猫を飼い主へ返す保護主のような。趣味の延長ながらも会心の出来に仕上がった手製のジャムをすべて瓶に詰めてひとつ残らず地元の商店へ卸す前の母も、こんな顔をしていた気がする。
「ダメです」
ただ素直な感情が、そのまま口から出た。
「久道さんのプロデュースがないなんて、絶対にダメです。瀬斗は久道さんの理想でしょう。久道さんの思うがままにプロデュースしなきゃ、意味ないじゃないですか」
「そう思ってたんですけどね。僕の理想なんてまだまだだって気づかされました。デスクさんの思い描く瀬斗の方が、美しいのかもしれない」
「いやいやいや。いやいやいやいや、いやいやいやいやいや!」
真っ直ぐ前へと歩を進めていた足を右にひねり、久道さんへ向かってずんずんと直進した。追いやられ縁石ぎりぎりで足を止めた久道さんに詰め寄る。
「そんなことありません。瀬斗はあなたのものです。あなたのための王子様です。久道さんは半年ぽっちの甘っちょろいプロデュースで満足して終わる器じゃありませんよね」
「あの、デスクさん?」
「ありませんよね?」
促すと、久道さんは素直に頷いてくれた。
「分かってくださればよいのです。これからも、久道さんの思い描くままに、瀬斗をプロデュースしてください。瀬斗にはタイムリミットがあるのですから」
「タイムリミット、ですか?」
「少年はいつか青年にならなければなりません。ですが、私は男としての身体的な成長をファンに見せることはできません。瀬斗は、『放っておけない魔性の弟系王子様アイドル』であるうちに死ななければなりません。そうでしょう?」
久道さんは目をしばたたかせた。右目だけの二重幅。薄い眉毛。
「瀬斗が死ぬまで、久道さんが生かしてください。瀬斗は必ずあなたの期待に応えきってから死にます。だから、最期まで期待し続けてください」
都市高速を、けたたましいバイクの走行音が駆けて行った。そこに、すぐそばを飛んでいく飛行機の音も重なる。固唾でも飲み込んだのか、ぐんと上下する久道さんの喉仏を見つめる。
「久道さん。瀬斗が死んだら、その後は……」
「やばいって! 二人ともおせーから先に店入ってみたけど、予約からきっちり一時間半しか席あけてらんないんだって! もう十五分も過ぎてんだけど!」
「まだかかるんなら、オレたち先にてきとーに頼んで食べてていいよね? なんか高そうな串の盛り合わせとかガンガン頼んじゃうからね」
「ここ海が近いんですねえ。風が通って寒いですから、風邪ひかないようにしてくださいね」
「お前ら、なんで二人をここに放置しておく前提なんだ……連れていけばいいだろ……」
がやがやと一斉にまくし立てられている間にも特真さんがずんずんとこちらに歩み寄ってきて、私と久道さんはぎゅうっと腕を掴まれた。そのままずるずると引きずられていく。
「なあ、なんでライブ明日にしてくれなかったんだよ。明日だったら打ち上げで俺も、っていうかみんなで酒飲めたのに」
「えー? オレやだよ、メンバーの誕生日当日にライブとか。裏でおめでとーとか言い合ってたらスタッフさんに気ぃつかわせてダルいじゃんか」
「ファンのみんなには公表してませんから、ライブ中にお祝いできるわけでもないですしね」
「もういいだろ、帰りにてきとうな酒、買ってやるから……。日付変わったら、飲もう」
ばたばたと不格好な足取りを強いられている私と久道さんをよそに、四人は勝手に盛り上がりながら店の引き戸を開けて中へ入っていく。
都市高速の上、新月を目前に控えた細い有明月が、くっきりとした輪郭を保って浮かんでいる。




