僕で在り続ける
十七時半の開演時間を控えた、十七時二十七分。
つい先ほど、博多のオフィスビルからスーツのまま走ってきたという女性がひとり、「どうしても外せない土曜出勤をなんとか片付けて定時で上がれたら絶対に来ようと決めていた」と言いながら買ってくれたという当日券で、完売。
瀬斗の出番は冒頭の約二十分。MC、一曲目、MC、二曲目。そして最後は、フォーカンとMCをして去る──といういつもの流れだと思わせておいて、不意打ちで新曲を披露。そのままフォーカンと絡むことはなく、ステージを降りる。
二十分間、僕は、僕で在り続ける。
いつもと違う足音。いつもより高いヒールのブーツ。けれど怖くない。みんなの前にこの姿で出るのは初めてだけれど、この靴で、僕は幾度となくレッスンをしてきた。歩いて、走って、踊って、そうして最後にきれいに磨いて、今、ここに居る。完璧に僕の足に馴染ませてある。今、僕は、僕だ。僕の身体も、僕の心も、僕が纏うあらゆるものも、すべてひっくるめて、「放っておけない魔性の弟系王子様アイドル・瀬斗」だ。
僕がそうであると、あの人が、そして僕自身が、そう信じているから。
──寒い。と、そう囁く。
「みんな、どこに居るの?」
遠く天井を仰ぎ見ながら、視線を左右へさ迷わせる。
「兄さんたち、どこへ行ってしまったんだろう。寒い。ひとりきりは、寒いよ」
フロアに背を向ける。涙声、孤独に震える身体。
「もうどれだけ歩いたんだろう。ずいぶん遠くまで来た気がする。冷たい。暗い。会いたい」
誰かが息を呑む。それは僕かもしれないし、僕ではないかもしれない。
振り返る。水色の光が、しんと僕の瞳を、胸を刺す。
「会いたかった。ずっと、キミに」




