就活と同時に婚活を
姓は春日原、名は宇摘。九州出身、関東在住。二十代、女性、独身。「お仕事はなんですか?」と聞かれたら、「普通のOLです」と答える。
夢は、ステキな旦那様の尻に敷かれること。
大学生であった時分、己が就活と同時に婚活をするけしからん人間であったという自覚はある。
もちろん、どんな職場なのかを第一に見ていたし、将来性はどうだろうとか安定性はどうだろうとか福利厚生はどうだろうとか、そういうところにも目を光らせてはいた。しかし、なんだかんだで一番大事なのは「誰と働くか」であるとキャリアセミナーで熱弁され感銘を受けた私は、常に「どんな人が働いているところなのか」を重点的にチェックしていた。となると、結果それが婚活にもなってしまうというわけである。たいへん効率がよい。
芸能界にさして興味があったわけではない。しかし、むしろそういう人間の方が、芸能事務所の事務職としては重宝されるらしい。所属タレントにちょっかいをかけるリスクが低いからだ。
私が最初に惹かれたのは、きらびやかな芸能界に、ではない。その光を目指すアイドルたちのハングリーさに、でもない。
アイドルをプロデュースするという、その行為に燃えている久道さんに惹かれたのだ。
小さな合同説明会の片隅にシー・コック・プロモーションのブースはあった。後から社長に聞いた話だが、久道さんは訪れる就活生が芸能人好きだったり芸能界に大いに興味があったりすると分かるやいなや、さくさくと話をまとめてそれとなく彼らを追い返していたのだという。おかげで事務員がなかなか見つからず、派遣さんをとっかえひっかえしたり社長と久道さんで経理やらなんやらを無理やり回したりで、かなり苦労していたらしい。
他社は豪奢なパネルやら分厚いフルカラーの資料やらをひっさげてきているというのに、なんの装飾も施されていないブースに、あの日の私はふらりと足を運んだ。買い替えたばかりのパンプスが足に馴染んでおらず、どこでもいいからちょっと座りたかったとか、そういう理由だった気がする。
大学の課題が終わっておらず寝不足であったということもあり、私は久道さんの話になにもかも素直に答えていた。当社のことはご存知ですか? いえ、申し訳ないのですが、存じ上げませんでした。最近好きな芸能人などは? 特に居ません、音楽を聞くのは好きですが、歌っている本人にはあまり興味がないので。
この時点で、私が応募さえすれば、もう内定を出すつもりだったらしい。
左足の親指の裏がなんだかぺたぺたしていて、ああ多分ストッキングがそこだけちょっと破れちゃったんだなあ、と思いながら生返事ばかり繰り返す私に、久道さんはとうとうと語りだした。アイドルをプロデュースする楽しさを。
その瞳に、射抜かれた。ぎらぎらと燃えていたのは、情熱と執着と、恐らく、支配欲、と言うとあまりにも荒っぽ過ぎるし、しっくりくる表現ではないのだけれど。しかし、そうとしか言いようがない温度だったのだ。
ついこの間、長いことプロデュースしていた一人のアイドルの卒業を見送ったのだという。久道さんは、彼の顔つき、体つき、声質、特技、本来の性格、あらゆるものを踏まえ、最も輝ける姿を思い描き、理想を追い求める日々を送っていたが、ある日はたと気がついた。自分が抱いていた理想のアイドル像と、当人の特性を最も活かせるアイドル像が、どんどんズレていっていることに。
そのアイドルは、久道さんとのすれ違いに気づく一歩手前で、自発的に引退した。手売りのチケットを奮発して特殊な紙で刷ったところ、その美しさに惚れ込んで製紙工場や印刷所でのアルバイトを開始し、とうとうそちらにのめり込んでしまったらしい。
プロデューサーとアイドルの間に決定的な断絶が生まれる前に、二人は袂を分かった。
ちょうど私の代が新卒として社会に出る四月に、新しいグループの活動を開始させるのだと、久道さんは静かに語った。オーディションに応募してきた四人をそのまま合格させたはいいものの、久道さんの理想像に合致するポテンシャルを持つ者はいなかった。今回の四人は本人たちの自然な持ち味を生かすようなプロデュースに挑戦してみるつもりだと言いつつ、その目の奥には、まだ炎が揺れていた。
次こそは絶対に、己の理想とするアイドル像を限界まで追い求めてみせるのだという、渇望の炎が。




