一人静かに事務仕事
午後二時、空は薄曇り。風は冷たく、耳元でひうひうと鳴る。
ハロウィンを終えて十一月になった途端、世間はひといきにクリスマスムードを迎えていた。
佳狩さんのボヤ騒ぎ以降、フォーカンは大きなトラブルもなく、平和に活動を続けている。
久道さんは直接的なテコ入れをする算段をつけようとしばらく難しい顔をしていたが、諦めたのか単に思いつかなかっただけなのか、それらしい指示がフォーカンに出された様子はなかった。余計な火消し行為はせず、ただひたすらステージ上でピェンロー鍋を作って食べたり、一押しの牛丼屋をプレゼンしあって本気になるあまり険悪になったりといった奇天烈行為に徹することで、久道さんの理想とする「女の影を想像させる隙のないグループ」として成長中だ。
不定期で更新している動画チャンネルも「頭をからっぽにして見ていられる」「この下らなさに笑えるときは元気で、イライラするときは心が疲れている、という指針にできて助かっている」と口コミが広がり、ゆるゆると人気を伸ばしている。
幼児向けの名曲を生み出し続けているシンガーソングライターに発注した新曲「なると」も好評だ。あらゆる職業や生き物、無機物などになると、その目線から見た世界はどんな風にすてきに見えるだろう、という歌詞で、なんと小学校の運動会で流されたりもしているらしい。
瀬斗にもオリジナルで新曲を作ってもらえることになった。今まではフォーカンの楽曲の中で瀬斗が歌ってもキャラが壊れないようなキラキラした曲を選んでカバーしてきていたが、さすがに残弾が尽きたのだ。もう王子様をキープできるカードが残っていない。「なると」は名曲だが、瀬斗の王子様キャラを保つには、「いもむしさんになると なると どろんこあそび たのしいな」なんて歌うわけにはいかない。
驚くべきことに、瀬斗が実は「シンデレラ・ボーイ」ではないことは、まだ疑われていない。少なくとも今は。そして、池袋のライブハウスに来てくれている人たちに対しては。
オレンジと紫と黒を放り投げて赤と緑と白に染め上げられた百円ショップでの買い出しを終え、寒さでこわばった太腿をどうにか上げながら、三階の事務所を目指す。
フォーカンは昨日ハロウィンライブを行ったばかりだが、今日も今日とてライブだ。十一月から十二月にかけてのライブはすべてクリスマスアイテムを身に着けようという話になり、急いでサンタ帽やらトナカイカチューシャやらを買ってきた。もう少し秋らしい雰囲気を味わってからでもばちは当たらないだろうに、あわてんぼう極まりない。しかし久道さんが「今日から徹底的にクリスマスモードでいって、イヴや当日にはクリスマスのクの字も出さなかったら面白い」と言うのであれば、それが正義だ。ちなみに去年は始終クリスマスのクの字も出さなかったが、「フォーカンってやっぱ変だね」となかなか好評だった。
今年はイヴもクリスマスも平日だが、フォーカンは両日とも夜からライブの予定だ。瀬斗もイヴだけは出演が告知されており、「これから故郷に帰って家族と過ごすんだ」と言って前座を終えることになっている。
レッスンは順調。その点に憂慮はない。しかし、日が進むごとに、ため息が増える。
私が憂鬱なのは、クリスマス前後が仕事仕事で久道さんと二人きりになる隙がなさそうだからではない。由々しき問題は、年明けにある。
事務所のドアを開けると、中はもぬけの殻であった。一人静かに事務仕事に勤しむこととしよう。今晩SNSに投稿するための、年明けの地方ライブの宣伝文と、添付画像を用意しなければ。掲載内容は久道さんに箇条書きで書き連ねてもらっているから、ファン向けに文言をいじったり顔文字やら記号やらで装飾したりして体裁を整え、メンバーの写真なり告知情報のまとめ画像なりを添えて予約投稿のセットをしておくのが私の仕事だ。さして緊張するような内容ではない、のだけれど。
パソコンでメモ帳機能を開き、投稿文の下書きをはじめる。
──一月二十五日(土)フォー・カントリーがついに東京を飛び出す! 初の地方LIVE inFUKUOKA【手袋と服を買いに】──
深い深い深いため息で、身体中の酸素が絞り出されていった。