表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紺碧のメサイア  作者: 蒼空駿
第1章
8/12

第1章8話 得た力は何のために

  ——————

  1


 優に押し倒され、一は頭を地面に強くぶつけた。その衝撃のおかげか、霧がかかったように見えなかった視界が開けてきた。

 そうして最初に目にしたのは、左肩を押さえ、苦しそうに息をしている優の姿だった。


「やぐ、るま?」


 優の変身が解け、鎧が黒い粒子となって空気の中へと消えていく。

 押さえている左肩からは、多量の血液がドクドクと流れており、首元や袖から見える腕の血管は濃い紫に変色し、皮膚からぷっくりと浮かび上がっていた。


「矢車君!」


「優!」


 狼樹と颯もすぐに起き上がり、優の元へ駆け寄る。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。突如現れたサソリのフォート、倒れていく仲間、まっすぐ伸びる鋭い針、突き飛ばされた背中、そして最後に見たのは、体を蝕まれ地に伏している優の姿だった。

 サソリのフォートはまるで嘲笑うかのような声を残し、足腰に力をこめてその場から飛翔。どこかへと去っていった。


「優! しっかりしろ!」


「落ち着いて颯! 今は止血しないと」


 そう言うと、狼樹は颯から部活用のタオルを借りる。優の手をどけると、そこには野球ボールほどの穴がぽっかりと開いており、周辺の血管はぷっくりと膨らみ紫の毒々しい色に変色していた。

 三人の背筋は一瞬で氷のように冷たく固まる。今まで怪我をすることはあった。そのどれも数時間で治る程度で、大事に至ることはなかった。

 しかしこれは違う。鉄壁の鎧を、それを貫いて肉にまで鋭く太い針を刺し、あまつさえ毒まで打ち込む。肩には穴が開き、そこからは目眩がするほどの血が流れている。すぐにでも目を背けてしまいたいほど惨い光景が、三人の視界に広がっていた。

 最初に冷静さを取り戻したのは狼樹だ。ひとまずタオルで出血部を塞ぎ、端同士を結んで取れないよう固定する。

 止血を終えた優の体を、颯は背中でおぶる。その体はあまりに冷たく、とても生物に触れているようには思えない。重たい肉の塊がのしかかっているようだった。

 気がつくと、空には暗い色が差し掛かっている。冷たい街灯が光を灯す。夏の終わりを告げるような風が木々を撫でるように吹き抜け、その葉を地面に落とす。誰もいない静寂の公園には、三つの人影だけが立っていた。

 

 

 

  ——————

  2

 

「ひとまずはこんな感じかな?」


 あの後姫華の喫茶店まで運び、包帯などでしっかりと手当てをした。今は優の部屋のベッドで眠っている。


「救急車は……呼んでも意味なさそうだね」


 フォートの毒が、現在の医学で治せるものとは思えない。実際普通の人間があの毒に貫かれる光景を、四人ははっきりとそのまなこに焼き付けられている。心臓には大きな穴が開き、そこから血液が滝のように流れ、臓物の破片がこぼれ落ち、最後は灰のように消え去った。

 優が無事なのは彼がメサイアであることと、刺された場所が心臓ではなく肩であったこと、鎧のおかげでそこまで深くは刺さらなかったことであろう。

 だからといって安心などできるはずがない。メサイアの回復力なら穴は塞がるだろうが、毒は別だ。体に抗体が生まれ、自然に治っていくのか。またはこのまま全身に広がっていき、最後には灰のように消えてしまうのか。全てが未知数だ。

 口を開くことが重く感じ、誰も言葉を発さない。ふかふかとした空色の絨毯も、水の中のように魚が泳ぎ回っている柄のカーテンも、棚に飾られたペンギン、オットセイ、イルカ、ジンベエザメ、ベッド近くに置かれた大きなクラゲのぬいぐるみも、今だけは黒く濁って見えてしまう。


「俺のせいなんです」


 静寂の中、一が口を開いた。


「俺が焦っていなければ、俺がもっと強ければ、俺がもっと冷静だったら、」


「いや、それだったら俺だって、」


「止めよう二人とも」


 二人の懺悔を狼樹は静止する。このままではただ自分を責めるだけの不毛な会話が始まってしまう。そんな状態では、あの怪物を倒すことも、ましては優を助けることさえできない。


「誰のせいでも無いんだよ。今自分たちを責めたって、何にもならない」


「けど!」


「今日はもう帰ろう。皆も疲れてるだろう。明日、ちゃんと対抗策を考えよう」


 静かにそう告げる狼樹の顔にも、怒りややるせなさが滲み出ていた。実際、一も颯も同じような顔をしている。今の自分たちには、何もできない。解毒も、怪物退治も、そんな力もない。結局自分たちは人より強いだけの、ただの高校生だ。


「そうだね。皆、優をここまで運んできてくれてありがとう。ここは私に任せて、ちゃんと休んで。」


 姫華の言葉に返事をすることも無く、三人は静かに部屋を出ていった。

 

 

 

「ハァ……ハァ……」


 ベッドの上で苦しそうに息をする優。頭が痛いのだろうか、胸が苦しいのだろうか、傷口が開いてきたのだろうか。姫華はただ、彼の様子を見ているだけだった。


「ダメだよ。こんなところで死んじゃ」


 静かに、それでいて落ち着いた口調で優に話しかける。


「君にはまだ、やってもらわなきゃいけないことがあるんだから……」


 ポケットの中のスマホが通知を知らせる。

 優の手を握ると、溶けた保冷剤のような生ぬるい冷たさを肌で感じる。だが彼女の瞳は、それよりも冷たい……闇夜を照らす街灯のような光を放っていた。

 

 

 

  ——————

  3

 

「ただいま」


 いつもよりも重たい声で、一は扉を開ける。廊下の奥からペタペタとした足音が玄関に向けて近づいてきているのがわかる。例えどんな重低音だとしても、祖母の耳には入ってくるのだろう。


「おかえり一、どうかしたの?」


 一の表情を見て何かを察したのか、祖母は驚きと心配が混じったような顔になる。

 いったい、一は今どんな顔をしているのか。ここに鏡があれば見られる前に隠せたのだろうが、あいにくそんな物は玄関には置かれていない。


「別に、何でも無いよ」


 何とか口角を上げるが、それも祖母には効果が無かったようだ。


「おばあちゃんには言えないこと?」


 ごまかしは一切通じない。それでも無理に聞き出そうとしないのは祖母なりの気遣いだろう。本当は孫に何かあったのか不安であろうに、それでも自身の感情任せに詮索しない。そんな祖母に感謝の念を抱きつつも、本当のことを言えないことに強い罪悪感をいだく。


「うん。ごめん」


 それ以上祖母は何も聞いてこなかった。

 

 

 

 自室の布団に倒れ込むように寝転がる。まだフォートにつけられた傷が、ヒリヒリと痛みを主張してくる。優はこれ以上に苦しい思いをしているのだと考えれは、胸までもが、縄で縛られたかのように締め付けられる。


(ネガティブになってる場合じゃない。今は対抗策を考えないと)


 一番厄介なのはあのしっぽだ。大蛇のごとき大物を自在に振り回されては相手に近づくこともできず、切り落とそうにも固すぎてそれすらままならない。そもそも解毒の方法すら見つかっていないのに倒してしまっていいのだろうか。あの毒を採取すれば解毒剤が作れるのではないだろうか。いや、それまで優がもつという保証はない。そもそもそのような技術を、いち高校生が持っているはずもない。


「何やってんだよ、俺」


 ずっと力が欲しかった。誰でも守れる力を。あの日味わった喪失を、二度と繰り返させないように。


「約束したんだろ……」


 決して忘れることのない、忘れることが許されないあの日の約束。大切な彼女の最期の願い。一が今生きている理由となったあの言葉。それすらできない自分に、生きる資格などあるはずがないと、戒めのような言葉だけが泉のように湧いてくる。


(考えなきゃ、矢車を助けられないと俺は)


 結局、手立てなど見つかることはなく、その日はあまり眠れなかった。

 

 

 

  ——————

  4

 

 翌日、ひとまず町に出ることにした。考えても思いつかないならひとまず動き回ってフォートを探すしかない。今自分にできることはこれくらいしかないと感じ、住宅地を、公園を、学校付近を走り回っている。

 しばらくすると、左ポケットに入れていたスマホが震える。見てみると狼樹から喫茶店に集まるようにという連絡だった。きっと二人も色々考えたため、それらを話し合うのだろう。体を喫茶店の方へ向けると——

 フォートの気配を察知した。背筋が凍るほど冷たく、脳みその中身を虫が這い回るような気持ちの悪い感覚。おそらくサソリだろう。まだ対抗策も、解毒についてもわかっていない。今行った所で勝てる見込みはないだろう。それでも、放っておくわけにはいかない。吐き気を感じるほどの気配を辿って、足を進めた。

 

 

 

 青藍駅を出てすぐの所にはバス停やショッピングモールなどがある。買い物客や観光、通学に出勤などで普段から賑わっている。そんな人通りも多いこの場所に怪物が出現すればどうなるのか。そんな最悪の地に、最恐のフォートが現れてしまった。

 フォートが尻尾をふるうだけで、大勢の人たちが宙を舞い、糸の切れたマリオネットのように地面に散らばる。針を刺せばたちまち毒が全身にまわり、もがきながらその場に倒れ込む。

 一が到着した頃には辺りは既に地獄絵図と化していた。手足があらぬ方へと曲がり血を流しながら倒れ込む人、皮膚が紫に変色し泡を吹いて倒れている人。買い物客などで賑わっているこの場所は、今や死体のゴミ捨て場のようになっていた。


「そんな……」


 その凄惨な光景に、一は言葉を失う。だが驚愕している暇はない。すぐに変身し、フォートに向かって突撃する。これ以上野放しにできない。ここで倒さないと、この町に住む人々全員殺されてしまう。一秒でも速く息の根を止めなければ。

 フォートは昨日と同様、太い尻尾を叩きつけるように振るう。一は飛び上がって回避する。再び突きつけると、今度は体を屈ませて避ける。

 昨日の攻撃から、フォートは基本的に腹を狙って勢いよく薙ぎ払おうとする。どこに向けて打撃が来るかわかっていれば、避けることはできる。意識を限界まで研ぎ澄ませ、前か後ろか、全方位どこから仕掛けられてもおかしくない尻尾を必死になってかわし続ける。重く、素早い鈍器を、血眼になって見切らなければならない。一瞬のまばたきが命取りになる。

 その甲斐あって、昨日は辿り着くことができなかった懐まで入ることに成功した。近くでその体を見ると昆虫とは思えないほど筋肉質であり、ところどころで赤い血管が浮かび上がっている。あのような大物を操るには、やはり相応の力が必要なのだろう。目の前に広がる肉壁の高さから、その大きさは予測がつく。だから見上げてはいけない。やつに威圧されては、倒すべき者も倒せない。

 その巨大な体の真ん中に、力いっぱいに刃を突き出した。

 鋭い鋼の剣は見事、胸筋と腹筋のど真ん中に突き刺さる。だが、それだけだった。刺して、それより先に押し出すことができない。傷口からは真っ黒な血液が、果実から汁が漏れ出るように腹をつたっている。もう少しで、怪物の心臓を貫くことができるというのに、裂かれた肉が再生しようとしているのか引き抜くことさえできない。

 懐から動けないでいると、怪物は一の頭をがっしりと鷲掴みにして持ち上げる。一も争おうと突き刺さっている剣を力強く掴んでいたが、いとも簡単に怪物は剣を抜いてしまった。

 悍ましい顔がはっきりとすぐ目の前に姿を見せる。顎から生えている二本の鋏は頭のてっぺんよりも高く、鬼のツノのように聳えており、生物としてはあまりにも異形な様相をしている。

 怪物は石を投げるように、一をコンクリートの壁へと放り出した。勢いが余りにも強く、壁にめり込み、コンクリートのごつごつとした感触が背中全体を突き刺す。

 尻尾を切り抜け、ようやく本体に近づくことができた。だが、サソリの怪物の武器はあの鎧のような肉体全てだった。鋼のごとく硬く頑丈な体には、一の刃は通らない。


(やっぱり……俺じゃ勝てないのか)


 力を得た。人智を超越した力を。何が足りない。今なら大木も叩き切れる。大きな岩も拳一つで砕くことができる。それでも足りない。力を持っているのに何もできない。


(俺じゃ……何も守れないのか……)


 瞼から涙がこぼれる。唇までこぼれ落ち、口内に少し塩気を感じる。今血だらけで転がっている人はどんな味を感じているのだろうか。きっと鉄の味が口全体に吐き出すほど広がっているだろう。紫に変色している人は、薬に似た苦味が鼻腔まで広がり脳みそですら感じ取って消えていったのだろうか。

 ここに転がっている人たちは、何をしにここにきていたのだろうか。駅から会社に通勤しようとしていたのか、友達と遊びに行こうとしていたのか。はたまたショッピングモールで家族と買い物にきていたのだろうか。それぞれが何かしら理由があってここにいる。決して怪物に殺されるためなどではない。だというのに、意味もなくその命を奪われてしまった。今日やりたいこと、明日や明後日のこともありながら殺された。

 あの日もそうだった。彼女がいなくなった喪失感。自己保身のために彼女を殺してしまった罪悪感。彼女から託されたものを放棄しようとしてしまった自己嫌悪。

 だから人を救う。この身にかえてでも。

 そうだ、簡単なことではないか。

 剣を杖のようにして、ふらふらとしながらもまた立ち上がる。昨日と違うのは意識をしっかりと保っていたことだ。またフォートへ向けて走り出す。しかし、またしてもしっぽで叩きつけられてしまう。そしてまた立ち上がる。また叩きつけられる。何度も何度も何度も打ち付けられては立ち上がる。何度も叩き付けられ、胃の中の物を戻そうと、ゾンビの如くまた這い上がる。自分が傷つこうが厭わない。相手を倒す。ただその一心で何度も立ち上がる。

 何度目かの攻防。怪物のしっぽが一の背中を捉えたその時、変身した狼樹と颯がしっぽに同時に蹴りを入れ、狙いをそらした。


「ごめん、お待たせ」


「ボロボロじゃねぇか! しばらく休んでろ」


「二人とも」


 一の疲弊は表情が見えなくても伝わる。白い鎧はヒビと傷跡だらけ、呼吸も荒く声も弱々しく憔悴している。


「ありがとう。けど」


 話しているところにフォートはすぐさましっぽを繰り出す。三人は地面を蹴り上げ、咄嗟に回避した。


「あのしっぽほんと厄介だな。どうする?」


「少なくともあのしっぽに関しては不確定だけど考えがある。けど、解毒に関しては全く……」


 勝利への目処が立たないまま、それでもフォートは容赦なく攻撃を続ける。


「毒に関してはおそらくあの毒針にあると思う! だからまずはしっぽを!」


 フォートの容赦のない攻撃が三人を襲う。何度も叩きつけられ、その度に身体中に痛みが走る。きっと痣だらけの醜いものになっているだろう。それでも一は先程と同じ様に戦う。


「無茶だ! 一!」


 一の命を投げ捨てるような戦い方を見て二人は静止を促すが、それでも止まらない。


「俺が……俺が!」


 そうしてまた吹き飛ばされる。地面に叩きつけられ、軋むような声が漏れる。それでもなお、立ち上がろうとする。


「まだ……まだ」


「天乃君! もう止めるんだ!」


「ここは俺たちが!」


 二人の静止も聞かず、それでもまだ戦おうとする。力づくでも止めるべきなのだろうが、戦いながらではそうすることもできない。

 今にも倒れそうなおぼつかない足取りで、一は進み続ける。


(倒すんだ、皆を助けるために、そうでなきゃ俺は——)


「むちゃ、しないで」


 聞こえるはずのない声が耳に入り、後ろを振り向く。そこには姫華に肩を貸されながら立っている優がいた。顔色は真っ青で、苦しそうな呼吸をしている。それでも、右手には青紫色ライドクイルがぎゅっと握られていた。


「矢車、なんで!」


「ごめん、行くって聞かなくて。私には止められなかった」


 申し訳なさそうに俯きながら、姫華は話す。


「みんな、戦ってる。俺も」


 たどたどしく言葉を紡ぐ優の体はどう見ても戦えるような状態ではなかった。立っていることすら厳しいのか、その場に膝をつく。頭もフラフラとしていて安定していない。今すぐにでも横になった方がいいというのに、なお戦おうとしている。


「ダメだ、そんな無茶するな! 絶対に俺たちが何とかするから……」


 今にも泣きそうな声を出して優を説得する。優の苦しみは、怪物を倒せば治るのだろうか。この毒はどうすれば治療できるのか。

 目の前の友人すら、助けることができない。どれだけ力を手に入れても、どこまでも、無力なままだ。


「危ない!」


 颯の声に振り向くと、怪物の毒針がまっすぐこちらに向かっていた。優はまた一を庇おうと前に出るが、逆に体を掴み、一が優を庇うように抱きしめた。


「ガッ!」


 毒針が一の肩に衝撃が走る。太い針が突き刺さり、体内に得体の知れない液体がどくどくと流れ込んでくる。怪物が針を抜くと、変身が解け、静かに倒れ込んだ。


「天乃君!」


「一!」


 その光景に気を取られた狼樹と颯も隙をつかれしっぽによる打撃をもろにくらい、遂には二人まで変身が解けてしまった。


「天乃くん、しっかり!」


 朦朧とする意識の中の一には、姫華のよびかけは一切聞こえていない。

 頭が割れるように痛い。神経の内部に毒が浸透し、凄まじい痺れを体に与えている。吐き出したくても、内側に染み込んでどうすることもできない。

 苦しい。痛い。楽になりたい。

 この感覚に、一はどこか覚えがあった。あの時、現実と罪悪感を受け止め切れず、今すぐこの苦しさから逃げ出したかったあの日の想い。

 そうだ、もう逃げるわけにはいかない。

 割れそうなほどの頭痛と、摩耗するように崩れていく骨の痛みに耐え、また立ち上がる。


「あ……まの……君?」


 ゆらりと立ち上がる一の姿に、姫華はもはや恐怖に近い感情すら抱く。

 剣を引きづりながら怪物にゆらゆらと近づいていく。今にも倒れてしまいそうなほど震えた足を、一歩一歩進んでいく。

 傷だらけの体。毒で腐敗しかけている骨。ぴりぴりと響く神経。吐き出すものもない空っぽの胃。鈍器で殴られたような痛みが続く頭。それでも、心だけは死んでいなかった。

 何が一をこんなにも突き動かすのか。彼の中に深く根付いた後悔なのか、それとも……。


(もう逃げ出さない。たとえこの身に代えてでも)


 力を振り絞り、重りがついているかのような状態の右腕を突き上げ、剣を構える。

 すると、一の想いに呼応するように刃から白い光が放たれた。


「な、何!」


「何だよ、あの光は」


 刃からの光は、蛍のように空気中へと放たれ、すり抜けるように一の体へと入っていく。

 すると、ボロボロと崩れていた骨が元の形へと再生した。それだけではない。頭痛と吐き気は和らぎ、神経中に響いていた痺れもなくなっている。


「一、何ともないか!」


「うん。何だろう、毒が消えていってるみたい」


「それ、ホント⁉︎」


 さっきまでの不調が嘘のように気分がいい。頭の中は澄み切った空気で満たされ、一つ一つ呼吸するだけで肺が洗浄されていくような感覚がする。


「天乃君! その光を優にも!」


 姫華に呼びかけられ、優の体に光を当てる。先ほどと同じように優の体に光が入っていき、青ざめ、荒くなっていた呼吸が正常に戻っていく。


「あり、がとう」


 優も、ふらふらとしたものではなく、ゆっくり、なおかつしっかりと自分の足で立ち上がった。


「矢車君、天乃君、もう何ともない?」


「病み上がりなんだから無理すんな」


 狼樹と颯もそばに駆けつける。


「もう大丈夫。今はあいつを倒そう」


「皆、心配かけてごめん。一緒に戦おう」


 四人は一斉にライドクイルを構える。腰に現れたパレッドライバーにペン先を浸し、輝く不思議なインクを地面に垂らす。すると地面から青、青紫、青鈍、青緑、四色の竜巻が一たちの体を包み込む。

 竜巻は四人に仮面と鎧を纏わせ、役目を終えたように弾け飛んだ。

 一には一角獣、優は龍、狼樹は狼、颯には鷲のような、それぞれの仮面を身につけ、並びたった。


「で、どうすんだよ。あのしっぽどうにか出来んのか?」


「俺に考えがある。皆、俺の指示に従ってくれ」


「わかった。宝田くん、俺は何をすればいい?」


「俺と颯で囮になるから、矢車君と二人でしっぽの付け根を狙って欲しい」


「しっぽの、わかった」


 狼樹と颯は怪物へ向け走り出した。怪物はしっぽを巧みに操り二人を近づけさせないようにする。狼樹は自慢の速力を、颯は宙を舞うことで攻撃を華麗にかわす。

 注意すべきは、なるべく同じ範囲にいること、怪物が向いている方向が、できる限り変わらないように固定しながら、縦横無尽な尻尾攻撃をかわし続ける。

 そしてその間、一と優は怪物の背後をとる。臀部をよく見ると、ボール状の物体にまとわりつくようにおわん型の付け根が動き回っていた。


「あれだ、行こう!」


 優は静かに首を縦に振る。二人は剣に力を溜め、同時に走り出した。

 お椀型の付け根がボールを移動することで、ほぼ全方位に尻尾を動かせる。これがやつの攻撃の秘密だ。そして弱点でもあると狼樹は考えた。あれだけ派手に動かしては、摩擦などにより脆くなっている可能性がある。そこに目一杯の攻撃を当てれば、尻尾を折ることができる。それが作戦だ。

 狙いまで後少し。しかし、怪物が異変を察知してすぐに後ろに振り向いた。尻尾でレンガじきの地面を粉々に破壊し二人の進路を妨害する。衝撃により、一は剣を手放し宙へと放り出してしまった。

 世界の時が止まったかのようにゆっくりと見える。

 せっかく狼樹が練ってくれた策を、颯とともに稼いでくれた隙を、無にきしてしまった。

 結局、自分には何一つできないのか……。


「まだ終わってないよ!」


 宙に浮かんでいた一のヒールホーンを狼樹は手に取る。

 上空から、怪物の鎖骨目掛けて鋭く刃を串刺しにした。

 いくら鋼のような肉体を持とうと、首元を切られてはひとたまりも無い。唾液を撒き散らしながら、唸るような奇声を怪物はあげた。


「こっちもあるぜ!」


 空を仰ぐと、颯がデュアルウィンドの柄を連結し、長槍のように回転させている。颯の剣を中心に竜巻が起こり、辺りの枯葉や木の枝までもが収束していく。

 力が溜まると、それを巨大な手裏剣のようにして投げる。自由落下により一層風が集まり。尻尾の付け根へと衝突する。

 町中に吹く風が全て集まっているのかと思うほどの遠心力にどんどんと外皮が崩れ、真っ黒い血液がそこらじゅうに飛び散り出した。フォートは左腕に力を溜め、自身の背中で回転する剣跳ね飛ばした。

 だがそれによりガラ空きになった懐に優が潜り込んだ。背後に気をとられているのを好気に、右腕を顎に向けて、龍が天に昇るように真っ直ぐ、力強く拳を突き上げた。余りの衝撃に歯が砕けたような音が響き、刺さっていた一の剣も宙へ放り出された。

 それを一は素早く掴み取り、颯がつけた傷口に向けて槍投げのように突き刺した。再生が始まっていた付け根が再び墨のような色に染まる。

 今しかない。一は右手に持つ優の黒剣、アビステイルに力を込める。刃が白い稲妻を纏い、まるで落雷のような勢いで剣を振り下ろした。

 付け根からは、ドス黒い血液が噴水のように湧き出る。切り離されたしっぽはそのまま黒い粒子となって消え去った。

 これによりサソリの怪物の毒も、尻尾による遠距離攻撃も、恐る必要がなくなった。


「やった!」


「っし!」


 自慢の尻尾を切り落とされ、フォートは耳が捻じ切れそうなほど醜い唸り声をあげて悶えていた。レンガ敷の地面は破損し、腕や体に砂つぶのような汚れがまとわりついている。


「よし、今のうちにトドメだ!」


 弱っている状態を逃す訳にはいかない。

 四人は武器を鞘に納め、天高く飛翔する。一は右足を突き出し、優は右足を振り上げ、狼樹は両足で巨大な牙を作り、颯は体を竜巻のように回転させ、そのまま同時に怪物の体へとすさまじい勢いで突撃した。台風のような風の音と圧が、駅周辺の空間に鳴り響く。

 体を貫かれ、全身がドス黒い血に染まったサソリのフォートは、ちりとなって消え去った。

 怪物の体が風に吹かれ空へ登っていく様子を、四人はただ黙って見つめていた。


「終わっ……た?」


 優が口を開く。

「あぁ、勝てたんだ!」


「いよっしゃぁぁぁ!」


 狼樹と颯は歓喜の声を上げた。


「できたんだ……勝てたんだ」


 一もまた、感極まって思わず笑みがこぼれる。

 大勢の人たちの命を奪った恐るべき怪物も倒し、優の体内を蝕んでいた毒も消え去った。まさしく四人が望んだ最高のハッピーエンドだ。


「みんな! よく頑張ったね!」


 物陰に隠れていた姫華も大喜びで四人の元へ飛び込んで行った。


「ありがとう姉さん。あと、ごめん。心配かけて」


「そんなのいいよ。ただ優が無事でいてくれるだけで」


 そうして姫華は優の頭をそっと撫でた。ペットの犬を愛でるように優しく。

 優は照れくさいのか頬が赤く染まったが、静かに受け入れた。


「そういえばなんで俺、解毒ができたんだろう」


 あの時、突如一が持つ剣が輝きを放ち、サソリの毒をかき消した。今までの戦いで、あのような力が発動したことはない。メサイアの効果などであれば優たちが使えなかったのは余りにも不自然だ。


「あれはきっと、君の固有能力だよ」


 姫華によると、メサイアにはそれぞれ個別に特殊能力があるらしい。狼樹なら高速移動、颯なら飛翔能力だ。

 一の能力は解毒。毒に瀕した体を剣から放たれる光で浄化するという物だ。使える場面は限られるが、それでも強力なものには違いない。


「何にしても、無事歓迎会も開けそうで良かったな!」


「「「え……あ!」」」


 颯の声に、三人は同時に声を上げた。

 それどころの騒ぎではなかったためすっかり頭から抜け落ちていた。歓迎会の準備がまだなのであった。

 

 

 

  ——————

  5

 

「じゃあコップを持って……」


「「「「乾杯!」」」」


 日曜日の喫茶店にコップ同士がぶつかる音が響く。親睦会は賑やかな雰囲気で幕を開けた。


「ほらほら、料理は私が持ってくからじゃんじゃん食べな」


 そう言って姫華はキッチンから大皿に盛り付けた料理をテーブルの真ん中に置く。いくつかの机をつなげて白いテーブルクロスをかけるだけで、パーティーらしい装飾に様変わりする。ドリンクはコーラとサイダーに加えてオレンジとりんごとぶどうのジュースが用意されており、各々がその時々の気分でセルフで飲んでいる。


「ありがとうございます。場所だけでなく料理まで。よろしければ雛菊さんも一緒に参加しませんか?」


「いや私はいいよ。ここは若いもん同士でね。まぁ私も十分若いけど!」


「へ、へぇ……」


 若干引き気味に返事しながら、狼樹は皿に盛られたフライドポテトをつまむ。他にも唐揚げ、ソーセージ、ポテチ等のスナックに個包装のグミとチョコまで用意されている。

 四人の男子高校生はそれらを談笑しながらパクパクと食べていった。

 

 

 

「あ、このグミ俺が好きなやつじゃん。一、これめっちゃうまいから食ってみろよ」


「え、そうなの? じゃあもらおうかな」


 颯おすすめのコーラグミを口に入れる。コーラの甘みと炭酸に似たシュワシュワとした刺激が口内に広がり、柔らかな食感がアクセントとしてきまっている。さすが颯の一推しだ。

 

 

 

「矢車君、それは?」


 優は端のテーブルで何かを見つめている。近づいて見てみると、皿の上に置かれたゼリーを見ているようだった。

 それもただのゼリーではない。青いグラデーションがかかっており、中には魚型に型取られたナタデココが、小さなゼラチンの海を泳いでいる。


「これ、すごい。海みたいで綺麗」


 海洋生物好きの優にとって、食べるのが惜しいほどに美しいできで、狼樹の目から見てもそれは明らかだ。


「こんなものもあったんだね。ほんとに食べるのがもったいないくらいだよ」


「……このまま部屋に飾れないかな」


「腐るから止めようね」

 

 

 

 一日の終わりを告げるように、窓からさす茜色の光が店内を染め上げている。フローリングに反射して、日の温もりが疲れを癒してくれるようだった。

 窓際にもたれかかると、一の背中に秋の始まりを告げるような、柔らかなぬくもりがしみじみと体中を巡る。


「あ、天乃」


 夕焼けの光に馳せていたところに、優が声をかけてきた。


「楽しめてる……かな?」


「うん。みんなにこんなに歓迎されてすごく楽しいよ」


「そっか」


 優も一の隣にもたれかかる。

 昨日まであんなにも弱っていた体も、今では元通り。顔色もよく食欲もあり、体もしっかりと動かせている。毒で汚染されていた時は、以前までの健康的な体に戻せるか、本当に不安だった。それが今ではこうして話せて、一緒にパーティーもできている。


「あ、あのさ」


 沈黙していた優の口から、意を結したように言葉が投げられた。顔を見ると、夕焼けの光を浴びていてもわかるど、顔が赤く染まっている。少し照れているのか、口をもごもごとしている。


「その、昨日はほんと、あんなに一生懸命戦ってくれて……嬉しかった。こんな俺のために、傷だらけになってでも助けようとしてくれて、本当にありがとう」


 辿々しくつたなくも、優は一生懸命に言葉を紡いで、想いを伝えようとしている。

 あの時、一はただまっすぐに優を助けたかった。方法もわからず、できることは四人がかりで倒した怪物に、単身ぶつかることだけ。何度体を打ち付けられても、頭を割られそうな痛みを伴っても、それでも優を助けられるなら……と。

 だから今、優は目の前にいる。こうして面と向かって礼の言葉を告げている。

 無駄ではなかった。あの痛みも、苦しみも、今この瞬間のためだったのだ。

 そう感じると、どこかむず痒いようで懐かしい、不思議な感覚が内から湧き上がってくる。毛布で包まれるような優しいぬくもりが体中を満たす。過去にもどこかで味わったような、心地のよい感覚だ。


「あ、でも、無理はしないでね。すごく怖かったから。一が死んじゃうんじゃないかって」


「う、うん。もうあんなことは……ん?」


「え、あっ!」


 二人は同時に気がつく。優は今まで一のことを苗字で呼んでいたが、ついうっかりと、名前で呼んでしまったのだ。


「ご、ごめん。馴れ馴れしかったよね」


 優の顔が、再びりんごのような赤みを帯びる。


「ううん、一でいいよ。俺も、優って呼んでいいかな」


 一がそう告げると、優は何かを告げようとそっと口を開く。夕日色に染まった優の目を見ていると、いつかの水族館の帰り道の光景が頭によぎる。思えば優がいたからこそ、メサイアを知れて、狼樹と颯と出会えて、少し前までは考えられなかったことが起こっている。


「う、うん。その、これからもよろしく。一」


「俺からも、一緒に頑張ろう。優」


 きっとこれからも、様々な困難がある。それでも、四人なら……。

 

 

 

 第一章 完

 これにて、第1章は完結です。

 第2章の投稿は2025年11月を予定しております。

 ここまでありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ