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紺碧のメサイア  作者: 蒼空駿
第1章
6/12

第1章6話 四人目のメサイア

  ——————

  1

 

「深宮颯。よろしくな、一!」


 正門前、芯のある声で清々しく名乗ったこの少年こそがこの町最後のメサイアである。


「俺は天乃一。よろしく、深宮君」


「颯でいいぜ。これから一緒に戦う仲間なんだからさ。もっと気楽にいこうぜ」


「あ、えっと」


 初対面ながらも、ぐいぐいと来る距離感の近さに一は少し困惑してしまう。どうやら優とは正反対のようだ。


「こら、天乃君を困らせないの。みんなが君みたいに最初からフレンドリーにできる訳じゃないんだから」


「あ、大丈夫だよ。よろしくね、颯」


「おう! 頼りにしてるぜ!」


 そう言って颯が右手を差し出す。一がその手をとると、颯から強く握り返された。顔を上げて見ると、颯はニカっと太陽のように眩しい笑顔を向けている。

 それと同時に予鈴を知らせるチャイムが校舎中に鳴り響く。


「あ、そろそろ行こうか」


「おう! また昼休みにでも話そうぜ!」


「う、うん。わかった」


 遅刻しないよう、四人並んで校舎まで駆け出す。

 

 

 

  ——————

  2

 

 この日の体育は三クラス合同授業だ。各クラス二組に別れ、合計六チームによるサッカーの試合をする。今から始めるのは、一と優が所属するA組と颯匹いるB組による対決だ。


「天乃。メサイアって、他の人より身体能力高いから……その……」


「えっと、力を抜けばいいんだっけ?」


 変身していなくとも、メサイアは普通の人間の何十倍もの力を持っている。速度、筋力、跳躍力まで全てオリンピック選手並だ。下手に本気を出せば、怪我人が出てしまうほどである。


「う、うん」


「お、お前らが相手か!」


 二人で話していると、B組の中から颯が姿を現した。


「メサイア同士の戦いだな。こいつはやりがいありそうだ!」


「う、うん。負けないよ」


 自信満々な颯に対して、一もやる気じゅうぶん。

 それに対し優は、二人がうっかり本気を出さないかと心臓をバクバク鳴らしている。


「あ、あんまり熱くなりすぎないでね」


「わかってるって。さ、そろそろ始めようぜ」


 一たちを含め、コートの中にいる男子生徒たちはそれぞれの持ち場につく。

 審判をしている体育教師が、試合開始の笛を鳴らした。

 A組からのキックオフ。ボールを持っている生徒は、真っ直ぐ相手ゴールへと走る……が、颯が素早くボールを奪った。そのまま、A組のゴールへと真っ直ぐ突き進む。


「みんな、俺について来い!」


 颯の号令により、B組の生徒たちは一斉に前へと出てくる。A組の一人が颯からボールを奪おうとすると、素早く横で控えていたB組の生徒にパスを回す。このような華麗な連携によりどんどんゴールへと近づいていく。

 B組の見事なチームワークに、一と優は息を呑む。


「すごい」


「うん。颯、友達も多いし、バスケ部で運動神経もいいって言ってた。でも、ここまでとは」


 気づけばゴールは目の前。ここでキメると、颯は右足に力を込め、全身全霊のシュートを叩き込む。あまりの力強さに周辺の砂が霧状に舞い散る。

 しかし、颯渾身の必殺シュートは、A組のゴールキーパーに受け止められてしまった。


「何!」


「まさか颯の必殺シュートを止めるとは、」


 颯のことをよく知るB組の生徒たちは騒然となる。颯はバスケ部であるにも関わらず、サッカー、ソフトボール、テニスと、ほとんどの競技でエース級の活躍をしている。そんな彼の渾身のシュートを止められたのだから、動揺するのも無理はない。


「ほ、ほんとに止めるなんて……」


 颯の身体能力の高さについてよく知っている優でさえも驚いている。


「うん。あの子って確か、サッカー部の鉄寺くんじゃなかったっけ」


 鉄寺守、一年生にしてサッカー部で鉄壁のキーパーを務める期待の新人だ。


「中々のシュートだったぜ深宮。お前ならサッカー部でもやってけるんじゃないか」


「悪いけどお断りだね。俺はバスケ一筋なんだ」


「スカウト失敗か。なら勝負だ。負けたら食堂の限定コロッケ奢りな」


 そう言って守は相手ゴールへ向けて、お大振りにボールを投げた。空中で回転しながら飛翔するボールをものにしようと、生徒たちはB組のゴールへと駆け出した。


「いいねぇ。そっちの方が燃えるってもんだ。行こうぜみんな!」


 負けじと颯もボールを追いかける。

 こうして始まった颯対守のサッカー対決。颯はクラスメイトと協力しながらパスを回し、何度もシュートをキメる。しかしそれら全て守に阻止され、一向に勝負がつかない。それでも、両チームとも指示を出したり、必死にボールを奪いあったり、白熱の勝負を繰り広げていた。


「みんな楽しそうだね」


 運動部たちが熱中している中、二人は蚊帳の外となっている。それでも二人にとっては、見ているだけでも楽しく感じていた。

 空から照り出す太陽、砂だらけになるシューズ、額から滝のように流れる汗、諦めることを知らない生徒たちは何度も何度もぶつかりあっている。例え参加できなくとも、スポーツ観戦している時のように胸が熱くなった。

 そんな時、ボールが一たちのところへと転がってきた。


「天乃ーこっちパス」


 クラスメイトの一人が手をあげてパスを促す。


「一! お前の実力見せてもらうぜ」


 颯からの期待のひと声をかけられ、これは応えるほかない。


「よしっ!」


 一は全身にぐっと力を込め、勢いよくボールを蹴り上げる——が、足先だけが掠り、勢い余って後ろから転げてしまった。


「だ、大丈夫?」


 仰向けになっている一を優はしゃがんで介抱する。じっと青空を見つめる一の頬は、段々りんごのように赤くなっていった。


「うん、平気……」


 後頭部への痛みよりも、転んだ理由のバカバカしさに爆発してしまいたいと強く願った。

 

 

 

  ——————

  3

 

「いやー勝った勝った!」


 太陽がちょうど地面から垂直の位置になる頃、屋上で颯は限定コロッケをぱくぱくと頬張っていた。


「やっぱ人の金で買うコロッケは美味いなー。ついでに勝利の味までするぜ!」


「普通逆じゃない?」


 そう狼樹は呆れたような声を出す。


「でも本当に凄かったね。あの鉄寺君のゴールを破っちゃうなんて。」


 結果は、試合終了ギリギリで点を奪いB組の勝利に終わった。


「まっ、俺にかかればこんなもんよ」


 高笑いしながら、残りのコロッケをペロリと丸呑みした。


「で、お前はいつメサイアになったんだ?」


 急な話題転換に、一は思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。


「ゲホッ! えっと、メサイアになった日?」


 狼樹に背中をさすられながら何とか答える。


「えーっと、ちょうど一週間前?」


「ほぉーめっちゃ最近だな。まっ、困ったことがありゃ先輩の俺に質問しな」


「こらこら、自分が一番新人だったからって威張らないの」


「ちぇー」


 ぶーっと頬を膨らませる颯。ここで、一の中で気になることが浮かんだ。


「そういえばみんなはいつメサイアになったの?」


 少なくともここにいる三人は一よりも先にメサイアになった。いつ頃からこの町で戦いが始まったのか、フォートはいつから猛威を振るっていたのか気になるところだ。


「俺は大体一ヶ月くらい前か? 部活の休憩中に突然倒れたんだよ。で、何か知らねぇがこうなってた」


「俺が五月の初め辺りで、その二週間後に矢車君がメサイアになったんだ。それとほぼ同時期に雛菊さんも力を貸してくれるようになったんだ」


「そうだったんだ」


 三人とも、高校生になってからメサイアに覚醒した。となるとフォートは、最近暴れ出したのか、またはそれ以前にもいたのだろうか。

 颯も一と同様、メサイアとなる前に一度倒れている。フォートも、そもそもメサイアについても謎が多い。

 そこまで考察していると、また一つ疑問が浮かんできた。


「あれ、そういえば普通の人がフォートに会ってもその記憶って忘れちゃうんだよね。何で雛菊さんは覚えていられるの?」


 本来メサイア以外の人間が怪物のことを覚えているはずがない。それなのに、姫華ははっきりと認識していられている。他の人間とは明らかに異なる事象が起こっている。


「あぁーそれね。一回聞いてみたんだけど——」

 

 

 

 過去、狼樹はそのことについて姫華に聞いたことがあった。他の人では起こっていないことが彼女には起きている。もしかしたら怪物の正体に繋がるヒントがあるのかもしれないと。

 だが、姫華から帰ってきた返事はというと——


「え……知らん……。美人だから?」

 

 

 

「それ以上聞いてもわかる気がしなくて」


 狼樹の中で今でも印象に残っている。あの何言ってんのと言いたげな姫華の顔を。


「へ、へぇ」


「まぁいーじゃねぇか。あの人別に悪い人じゃねぇし」


 実際、姫華はお店を自由に使わせてあげたり、手当てのための道具も事前に揃えていたりなど、彼女なりにサポートしようとしている。謎はあれどよくしてもらっているのは事実だ。


「そうだね。雛菊さんにはいつも感謝してるよ」


「ま、まぁ、部屋はちゃんと片付けて欲しいけど……」


 なんだかんだ、四人ともちゃんと信頼できる大人として見ているのだ。


「そうだ、せっかくだから一の親睦会やらねぇか? やっぱ仲深めたほうがいいだろ」


「確かにそうだね。そういえば天乃君と矢車君は一緒に水族館に行ったんだっけ?」


「う、うん。すごく楽しかった」


 優の口角が自然に上がる。


「それで仲良くなったんだろ。だったら俺たちともどっか遊びにでも行こうぜ」


「うん。良いよ。せっかくだから俺も仲良くなりたい」


 人々を守ることとは別に、せっかく友達になったのなら仲良くなりたい。それは一を含め四人とも考えていることでもあった。


「よしっ、じゃあ決まりだな!」


「でも、そろそろお昼休みも終わるから、場所とか日程は放課後に決めようか」


「うん、楽しみだね」


 そうしてお昼の予鈴を前に、それぞれの教室へと戻っていった。

 

 

 

  ——————

  4

 

 そして迎えた放課後。四人は姫華の喫茶店に集まり会議を始めた。四人がけのテーブルの上でスマホを開いて、マップやカレンダーを見ながら各々案を出し合っている。


「やっぱどっか遊びにいくとかじゃねぇか?」


「ご、ご飯だけでもいいんじゃないかな?」


「仮に遊びに行くとして、場所はどうしようか」


 それぞれネットから拾った画像などを見せて、場所を固める。特に狼樹と颯は周辺に詳しく、電車やバス圏内で遊べるレジャー施設をどんどんと勧めてきた。


「はいこれ、サービスのケーキ。全員揃ったお祝いね」


 スマホとドリンクが置かれたテーブルに、姫華お手製のチーズケーキが加わる。


「あ、ありがとうございます。雛菊さんってやっぱり料理上手なんですね」


「ま、私は天才だからね。」


「すぐそうやって調子に乗るんだから」


「な、生意気な……」


 天狗のように伸びていた姫華の鼻が、優の指摘により一瞬でポッキリと折れた。


「この前だってクッキー山ほど作って結局お客さんに無料で配ってたじゃん」


「あの時か、店に来たらこれ全部食うまで帰らせないって言われた時はどうしたものかと……」


「本当にしばらくクッキー見たく無かったですよ」


 二人の顔が一気に青ざめていく。颯に関しては思い出したせいか口元を手で抑えており、事件の凄惨さがひしひしと伝わってくるようだった。


「いやあれは優が美味しいって言うからつい……ね」


「た、大変だったんだね」


「ま、まぁ過ぎたことはおいとこ。で、何について話してるの?」


「今は天乃くんの親睦会について話しています。どこかいい場所はないかなって」


「へー。じゃあさ、うち使っちゃえば」


 まるでなんでもないことのように、姫華は軽くそう言い放った。


「え、いいんすか?」


「全然いいよ。どうせあんまお客さん来ないし。それにさ、いつもフォートたちからみんなを守ってくれてるんだもん。むしろ足りないくらいだよ」


 その言葉を聞くと、四人の胸に少しの温かみが湧き上がる。

 他の人たちから忘れられる。それはすなわち、いくら人助けをしようと誰からもありがとうと言われないことだ。他者からの称賛が欲しくて戦っているわけではない。それでも四人の心のどこかで、それを求めているのかもしれない。


「雛菊さん……」


「ありがとう姉さん。遠慮なく使わせてもらうよ」


「よし、じゃあここで決まり! 次にいつするかだな。何買ってくかも決めねぇと」


 場所が決まったことにより話がさくさくと進んでいく。今度の日曜日ということが決まり、今日は解散となった。

 

 

 

  ——————

  5

 

「ただいま」


 家に帰ると、颯はすぐに元気よくリビングの扉を開けた。


「おかえり颯。お疲れ様」


 部屋に入ると、姉の珊瑚さんごがソファに座って雑誌を読んでいた。


「おう、姉ちゃんもお疲れ。確か今日からだろ、大学」


 三つ上の珊瑚は現在大学一回生。今日から後期授業の始まりの日であった。高校よりも大学の方が夏休みが長いというのが、颯には少しおかしく思えてしまう。


「ふふっ、まあね。でも颯は部活もあるでしょ。私は特にサークルとか入ってないからそこまででもないよ」


「そうなんだ。でも俺も今日は部活無かったし……あ、でも体育でさ——」


 そして颯は今日あったことを話しだした。ソファに二人並んで座り、楽しそうに。

 珊瑚も読んでいた雑誌をテーブルに置き、颯の話に耳を傾ける。

 一と友達になったこと、体育で守と接戦を繰り広げたこと、五限目の数学の時間にうっかり寝てしまったこと。

 颯はいつもその日あったことを珊瑚に話している。多少胡蝶しながら、明るく元気に。まるで小さい子供が母親に語りかけるように。そんな様子を珊瑚は微笑ましく思いつつ、いつも話を聞いていた。


「今日も学校楽しかったんだね」


「あぁ、授業はちょっとつまらないけど、友達と話してる時とか楽しいし」


「颯の話はいつも面白くて、こっちまで楽しい気持ちになるな。けど、もし悩みとか愚痴とかも遠慮なく言ってね。お姉ちゃんなんだから甘えていいんだよ」


「悩みか……」


 颯は一度深く考えてみる。

 部活は楽しい。友達はいい奴ばかり。宿題とテスト勉強が面倒くさいことは今に始まったことではない。


「特に思いつかないかな。そんなの感じないくらい毎日楽しくやれてるから」


「そっか。なら良いの。そろそろご飯だからお手伝いしよっか」


「あぁ。今日の晩飯何だろな」


 二人はキッチンの方へ足を運ぶ。今日は鶏肉だろうか、ジューシーな肉のこうばしい香りが鼻腔を吹き抜ける。


(悩みか……)


 颯の中で先程の言葉が反芻する。珊瑚は弟が悩みを隠しているのではと心配なのだろう。しかし、何度考えてみてもそんなものは見つからない。

 仮にあったとしても、絶対に打ち明けることはないだろう。

 今でも脳にべったりとこびりついて離れない光景。機械に繋がれ、息遣いは荒く、肌は雪のように白く染まり、苦しそうに病院のベッドで横たわる姉の姿を。

 そして不安げに見守っている両親を。涙を流しながらごめんねと泣きじゃくる母と、それを必死になだめる父を。

 ずっと見てきた。その苦しみも痛みも、何もかもを。

 だからこそ、永遠に話すことも、吐き出すこともしないだろう。


(姉ちゃんは……何も心配しなくていいよ)


 そうして今日も何事もなかったかのように、一日を終える。

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