第1章5話 ハイスピード狼
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1
狼のような姿に変身した狼樹は、猛スピードで羊のフォートへ攻撃を仕掛ける。彼がコツンと足音を一つ鳴らすと、周りの石ころや落ち葉が宙を舞うほど凄まじい風が吹き、一は思わず一瞬だけ目を閉じる。そして開い太時には、狼樹はすでに怪物の目の前まで距離を詰めていた。
狼樹は両腕の鋭い鉤爪、"シルバーショット" で怪物を切り裂く——が、鋼のように硬い装甲には全くダメージが入っていない。
フォートは優の時と同様に角で吹き飛ばそうと頭を振るうが、狼樹はそれを咄嗟に避ける。そして再度足音を鳴らすと、吹き抜ける風のような動きで素早く後ろをとった。
一はその動きに思わず息を飲む。しかし、フォートは再び地団駄で周りの足場を崩す。安定しない土壌では自慢の素早さも相殺されてしまう。狼狽えている瞬間を見逃さず、フォートは角で吹き飛ばし、その隙に何処かへと去ってしまった。
「しまった!」
あえなくフォートを取り逃してしまった。先ほどまで戦場だったとは思えないほどの静寂が流れている。しかし壁や地面のそこかしこにクレーターが戦いの跡を物語っていた。
狼樹は変身を解き、優の元へ駆け寄った。
「大丈夫? 遅くなってごめん」
「う、うん。それより、二人って知り合いだったんだね」
優は二人の顔を交互に見る。
「知り合いって言っても今日初めて喋ったんだけどね。あ、それより天乃君がメサイアだったなんて聞いてないよ。知ってたなら教えてよ」
「えっと、姉さんが、その……」
その言葉で狼樹は全てを察した。なぜ報告が途切れていたのかを。あの人のおかしないたずらだ、と。
「雛菊さんが何か変なこと吹き込んだってことね。全く、本人に聞いてみようか。天乃君もいけるかな?」
「あ、う、うん」
「それじゃあ行こうか」
狼樹を先頭に、瓦礫で溢れかえった荒地から三人は歩きだした。
「あ、あの!」
突然、一が意を決したように狼樹を呼び止めた。
「ライドクイル、拾ってくれてありがとう」
少し緊張しながらも、そうお礼の言葉をはっきりと伝えた。
「うん、次からは気をつけてね」
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2
「ちゃんと説明してもらいますよ」
「あははー、ちょっとしたサプライズ……みたいな?」
喫茶店につくと狼樹がさっそく姫華を問い詰めていた。
「変なイタズラはやめてくださいよ。こういった報告はちゃんとしてくれないと困りますよ」
「はい、もうしません……」
年下に咎められ、わざとらしくしょぼくれる姫華。
そんな二人をよそに、一は自身の失態を優に詫びていた。
「今日は本当にごめん。俺がライドクイルを落としさえしなければ怪我しなかったのに……本当にごめん!」
今にも額を机にぶつけてしまいそうなほど、一は頭を下げた。膝に置かれた彼の手はほんの少し震えている。もしもあの時、狼樹が駆けつけていなかったらどうなっていただろうか。そんなありえたもしもの光景が頭にこびりついて離れない。だからこそ、一自身が一番許すことができないのだ。
「もう、大丈夫。過ぎたことだから」
優は全く気にしていないどころか一の深い謝罪に戸惑いを見せていた。
「お、俺も落し物いっぱいするから。あの、消しゴムとか、えっと、カバンも開けっ放しでその……学校に行ったりもして……」
優なりに励まそうと必死に言葉を並べるが、慌てすぎて行き当たりばったりな言葉遣いや早口で喋ってしまい、はたから見ると少しおかしなことになっていた。その場にいる全員ポカンと疑問符を浮かべてしまうほどである。
「えーっと、ちょっとズレちゃってるかな」
「え!」
狼樹の指摘を受け、改めて自分の言葉を振り返る。確かに少し場違いな発言をしてしまっていたことに気がつき、優の白い頬が熱を帯びていく。
「ご、ごめん」
「ううん。むしろ、元気づけようとしてくれてありがとう」
いちごのように真っ赤になる優に対して、一はそう言葉を返した。
「ふふふっ」
そんな二人の様子に狼樹はつい笑みがこぼれた。
「矢車君はずいぶん懐いてるんだね」
「あれー狼樹君嫉妬ですかー」
「してませんよそんなこと。人見知りな矢車君が天乃君に心を開いているのが嬉しいんですよ。出会った頃の矢車くんはこう……怯えた子犬みたいだったから」
「そ、そんなだったかな?」
「うん、だからこうしてクラスメイトと交流を深めてるのが、何だか嬉しくてね。」
狼樹はまるで息子の成長を見守る父親のような、そんな温かみのある眼差しを向けていた。
「それにしても資料室でライドクイルを見つけた時は驚いたよ。まさか天乃君もメサイアだったなんてね」
「うん。俺も驚いたよ。けど、どうして今まで学校に来てなかったの?」
「あぁ、少し体調を崩してね。ちなみにもう一人は部活の遠征中なんだ。明日には会えると思うよ」
「そっか」
この町にはメサイアが四人いる。一、優、狼樹、さらにもう一人。一がメサイアとなるまでこの青藍町の人々を守ってきた戦士の一人。一にとっても仲間として一緒に戦っていくことになる。果たしてどんな人物なのか……。
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3
キャンパスのように白くたたずむ一軒家。ガレージが二つもついた大きな家の門をくぐり、黒く物々しい玄関の扉を開け、狼樹は中へと入っていった。
「ただいま」
「おかえりなさい狼樹。今日は随分遅かったわね。何かあったの?」
狼樹が家のリビングに入ると、母親がキッチンで夕食の支度をしていた。
「うん。委員会と、生徒会の手伝いを少し」
「まぁ偉いわね。けど、忙しかったら断っていいのよ」
「うん。でも、みんなから頼られるのは嬉しいし、図書委員も好きでやってるから」
母親は包丁を持つ手を止め、狼樹をまっすぐ見つめる。
「そう? でも忘れちゃだめよ。画家になるために一分一秒でも時間が惜しいことを。これはあなたの夢のためでもあるのだから」
「うん、ちゃんとわかってるから安心して」
狼樹は微笑んだ表情を母親に向けた。
「そうよね、疑うようなことを言ってごめんなさい。あなたが心配で……って、これも余計な一言だったわね」
「気にしないで、母さんは俺のために言ってくれてるんだから」
「ふふっ、わかってくれてるようで嬉しいわ。すぐにご飯にするから、荷物を置いてきなさい」
「うん、わかった」
狼樹はリビングを出て、自室への階段を登っていく。部屋の中にはペンケースやテッシュの箱など小物が乗った白い机。同じく白い革製の椅子に、その横には腰と同じ高さの横長の本棚が置かれている。
机の上にカバンを置き、椅子にどっと座って一息つく。ふと、隣の本棚に目を向ける。
本棚の目立つ位置には画集や画家のエッセイ集といった絵に関する本で溢れていた。そして棚の足元には、小説と戯曲、映画のシナリオ集がひっそりと並んでいた。床に手をつき、その内の一冊を手にとる。
「俺の夢……か」
入浴後、ガレージを改造したアトリエにてデッサンの練習をする。
石造の室内の棚には様々なモチーフが置かれている。真っ白で装飾のない立方体から、動物の剥製まで。壁には複数のイーゼル、そして父が描いた絵が飾られている。天の川輝く星空、色とりどりの花畑、沈む夕日を照らす海。月下に光るラピスラズリ。実に様々な風景がそこには描かれている。
父の絵に監視されながら、モチーフである鳥の剥製を紙に描く。同じ箇所に何度も鉛筆を入れると、より濃く色をつけることができる。何度も何度も同じ箇所に。真剣な眼差しでよくモチーフを観察し、どこにどれくらいの陰をつけるか、中間色はこれでいいのか、パースは狂っていないかなどを確認しながら手を動かす。
二十四時、練習を終えた狼樹は自室にてノートパソコンを立ち上げた。そうして画面上に慣れた手つきで文字を打ち始める。
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4
次の日の早朝、通学路に生徒たちが見え始める時間帯。そのような早い時間に、フォートは出現した。
「何でこんなに早く!」
一は若干眠い目を擦りながら現場へ急行した。校庭ほどの大きさのある公園の中で、優と狼樹が既に羊のフォートと戦っていた。一も変身して加勢する。
勢いよく剣を振り下ろすが、やはり硬い羊毛を砕くことは出来ない。
(この羊毛を何とかしないと……)
三人が対抗策を思考する中、羊のフォートは突然大きな声を上げた。
『メェェェェ!』
突然の怒鳴り声に思わず顔を顰める。耳の奥から痺れ、脳が震えるような気持ちの悪い感覚に襲われる。それと同時に、強烈な眠気が全身にまわっていく。
(眠い……)
怪物が出した鳴き声には眠気を誘う効果があるようだ。視界はぼやけ、少しでも気を抜けば意識がとんでしまいそうになる。これにより完全に集中力を削がれてしまった。
(こ、この眠気じゃ……)
ふらつく二人に対し、フォートは地団駄で地面を揺らして三人を翻弄する。そして角を突きつけて突進を仕掛ける。避けようとしても、体が言うことを聞かない。
そんな時、狼樹が怪物の頭目掛けて強烈な飛び蹴りを繰り出した。右足を大きく振りかぶり、角を潰すくらいの勢いで蹴り飛ばした。破壊こそできなかったものの、
「大丈夫?」
そう問いかける狼樹の声、そして先ほどの動きからは一切の眠気を感じない。
「ね、眠たくないの?」
「全然」
一の質問に対し、何ともないような声色で返した。実際足はまっすぐ立っており、首のふらつきも一切ない。
「二人は休んでて。後は俺が片付ける」
「けど……あの硬い羊毛はどうするの……?」
「大丈夫、俺に考えがあるから」
狼樹はコツンと足音を鳴らし、猛スピードで怪物に攻撃を加える。それでも装甲はビクともしない。しかし狼樹は何度も攻撃を加える。何度も何度も何度も。すると、怪物の真っ白な装甲に段々とヒビが入っていく。
(何度も……同じところを?)
どんなに硬い装甲でも、攻撃を続ければ必ず壊れる。狼樹は猛スピードで撹乱しながらも、同じ箇所に攻撃を仕掛けていたのだ。
ただこの攻撃にも弱点がある。全速力で走っている以上、安定した地盤が必要。そして狙い撃ちできないスピードだとしても、範囲攻撃には抵抗できない。フォートもそれを理解しているのか、地団駄のために右足を突き上げた。
「遅かったね」
しかしそんなこと、すでに予測済み。狼樹は揺れが来る寸前に高く飛んだ。そして鉤爪をベルトの両脇に収納し、股を広げる。右足を振り下ろすように、左足を蹴りあげるように、まるで足全体を狼の顎のように相手に喰らいつく技、"アグレッシブファング" でダメージの負った羊毛を噛み砕いた。白い装甲は砕け散り、フォートもろとも黒い粒子となって消えた。それと同時に二人を襲っていた眠気もすっと消えていった。
「二人とも、もう大丈夫だよ」
「ありがとう。すごく強かった」
「いや、そんなことないよ。ただ対抗策を考えてきただけで」
「でも、どうして宝田には眠気が来なかったんだろう」
「もしかしたら、俺がショートスリーパーだからかな」
狼樹は夜二十四時までデッサンの練習、それが終われば一時間ほどパソコンを開いているため、寝るのはいつも深夜一時をこえる。しかも朝五時に起床してクロッキーをしているため、四時間しか寝ていないのだ。そんな生活習慣に体が適応し、短時間でも十分回復できるようになったのだ。
「そ、そうなんだ。なんだかすごいな」
「うん。それに、しっかりと作戦までたててくれて……宝田の戦い方には、いつも助けられてる」
「ふふっ、どういたしまして。それじゃあ、学校まで行こうか」
二人は立ち上がり、三人並んで学校までの道のりについた。
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5
「そういえば最後の一人って今日来てるのかな?」
正門間近のところで、一は昨日の会話を思い出した。この町にいるというもう一人のメサイア。今日は学校に来ているという話だった。
「多分もう来てるだろうから、すぐ会えるんじゃないかな? 君のことも昨日メッセージで教えたし」
「そっか、ありがとう」
「……あんまり、すんなりと会えないと思うよ」
優がポツリと言葉をこぼした。
「え?」
「それはどうしてかな?」
「えっと、昨日も時間とか、先生の呼び出しと、タイミング合わなくて……それ以前も、休んでたりで……」
朝礼、担任、委員会など、昨日は会いにいこうとしたもののことごとく機会が潰されていった。妙な間の悪さが今日も続くのではと、何となくだが感じていた。
「確かにそうだね。まぁ、こっちから呼び出したら来ると思うけど」
「そううまくいくとは——」
「おーい! 優、狼樹!」
優の言葉を遮るほどの大声で、正門から二人を呼ぶ声がした。声の方を向くと、一人の男子生徒が手を振りながらこちらに向かってきた。
「おっひさー。マジ学校久々だわー。あ、そこにいるやつがもしかして……」
「う、うん。そうだから一旦落ちつこうか。」
男子生徒はやや興奮気味なテンションを狼樹に諭され、一度咳払いをした。
「えっと……君は……」
「あぁ! 俺が深宮颯。よろしくな、一!」
ニカッと清々しい笑顔を向け、堂々と自己紹介をした彼こそが、この町の最後のメサイアであった。




