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紺碧のメサイア  作者: 蒼空駿
第1章
3/12

第1章3話 水族館のすゝめ

  ——————


 中学に入学したての頃、たまたま席が近かった三人と友達になった。休み時間はよくくだらないことを話題に話し込んで、体育の授業でも一人になることはなかった。休日も良く遊びに行ったりしてた。

 これからもこの関係性がずっと続くと思っていた。

 それなのに、いつからか、どこかよそよそしくなった。パシリに使われることが増えてきた。自分がいないチャットのグループがあった。自分だけが遊びに誘われなくなった。

 いつからか……陰口を言われるようになった……。

 

 

 

  ——————

  1

  

 ある日の放課後。町中にカマキリのフォートが出現し、放課後早々一は対処に当たっていた。メサイアになって三日。怪物退治は今日で二回目になる。現場にはコンクリートの瓦礫がいくつも散らばっており、建物には怪物がつけたであろう三日月形の痕がある。壁から崩れ落ちたレンガやコンクリートにより車も何台か潰されてしまっていた。

 フォートは両手に鋭い鎌を持っており、この惨状もこれによるものだ。しかも体が細いため素早く攻撃が当てづらい。

 その鋭利な鎌で一の体をX字に切った。


「うっ!」


 痛みに顔を歪める。鎧を着ているため血は出ていないが、それでもヒリヒリするような感覚が胸部を蝕む。狼狽えている隙を見逃さずフォートはすぐに腹に向かって強烈な蹴りを入れて、一を吹き飛ばした。


「うわぁぁ!」


 体が勢いよく硬い柱に打ち付けられる。その衝撃が体に響き、余計に痛みが増していく。それでも足を震わせながらどうにか立ち上がった。

 それとほぼ同時に優も現場に到着した。お腹を庇うように立っている一を見て危機的状況であることが見てとれる。


(天乃、苦戦してる。俺もやらないと)


 学生鞄を放り出しライドクイルを構えた。

 フォートの卵形の目は一をとらえて離さない。二本の鎌に力を溜め、三日月形の斬撃を二つ飛ばした。負傷している一にとって、くらってしまえばひとたまりもない。是が非でも避けることが正解だ。しかし一は後ろを振り向くと何かを庇うように怪物に背中を向けた。そして斬撃は彼の背中に直撃した。

 正面と同様に背中にも、切り刻まれるような強い衝撃がはしる。


(どうして避けなかったの?)


 優は一の行動を疑問を持った。避けられたはずの攻撃をあえてくらっていた。普通ならありえない行為だ。運が悪ければ死んでしまうかもしれない。

 一が膝からゆっくり倒れ込むと、その後ろに二人の親子の姿が見えた。


(あ……)


 一はその親子を守るために、あえて避けなかったのだ。既に大きなダメージを受けているにも関わらず。

 

 

 

  ——————

  2

 

「痛てて」


 フォートを倒したあと、一は姫華の喫茶店で傷の手当をしていた。


「あー結構やられてるね」


 ドリンクをトレイに乗せ、キッチンから出た姫華は一の傷跡を見る。傷は思ったよりかは浅く、胴体にX字の赤い痣が残っているくらいだった。これもメサイアとなったことで体が頑丈になったおかげなのだろう。

 普通の人間を遥かに上回る耐久性と治癒能力。一の体はもはや人間とは違ったものになっているのだ。


「こんなの、普通の人がくらったらと思うと、誰も死なせなくてよかった」


 包帯ごしに患部を氷で冷やしながら、心から安堵したかのような笑みを浮かべる一。その表情を優は注意深く見ていた。あの時避けられたはずの攻撃を親子を守るためにそのまま受けた。あれは下手をすれば自分が死んでしまうかもしれないほど危険な行為だ。もちろん同じ立場なら優も同じことをしただろう。だが、一瞬でも庇うことに戸惑いのような気持ちが普通なら生まれるはずだ。しかし一は一切躊躇などしていなかった。そのことがどうにもひっかかる。


「ど、どうしたの?」


 優から凝視されていたことに気づくと、一はふと数日前のことを思い出す。以前にも授業中、優からじっと見られていたことがあった。


「ね、ねぇ、確か先週の木曜の授業の時、俺のこと見てなかった?」


「え、そうなの? なんで?」


 一の言葉に姫華は思わずギョッとしてしまった。


「えっと、あれはその、頭大丈夫だったかなって」


 頭と聞いてあの日のことを思い出す。優が注意深く見ていたのは後頭部。そこは丁度ボールをぶつけたところだ。


「もしかして、ボールぶつかったこと心配してくれてたの?」


「あっと、教室から見えて。それにその、誰か庇ってもいて」


「そんなことがあったの? もう大丈夫?」


「は、はい。もう何とも」


 姫華は視線を優に移す。口をモゴモゴとさせて、どこかタイミングを伺っているように見えた。その様子に姫華は何かを察したのか、突然ポケットをあさりだした。


「それは関心だね。じゃあお姉さんからのご褒美ってことでこれをプレゼントしよう」


 そう言いながらエプロンのポケットからとり出したのは、近所の水族館のチケットだった。


「そ、そんな大したことじゃないですよ」


「遠慮しないの。明日は祝日でしょ。だったら親睦会を兼ねて二人で行ってきなよ」


 "二人で"という言葉に優はパッと顔を上げた。


「やっぱりお互いのことをしっていった方が戦いにも有利だと思うんだよね。優のことよろしくね」


「は、はい」


 そう約束をして、この日はお開きとなった。

 

 

 

  ——————

  3

 

 時刻は閉店の六時となり、オレンジ色の光が窓から店内に差し込んでいる。片付けのため、優はカーテンを閉め夕日を遮った。


「なんで勝手に約束なんてとり付けたの」


 ダスターでテーブルや椅子を拭きながら、明日のことを姫華に問い詰めた。


「いやね、君が仲良くなりたいように見えたからさ。実際そうでしょ」


 図星をつかれ、何も言い返せずに黙ってしまう。姫華は食器を洗いながらも言葉を続ける。


「こういうのはね、自分から歩み寄っていかないと何も変わらないものだよ。優だって、彼のことは信頼できるんじゃと考えてるんだろう」


 姫華の言葉に反論できず、ただ口を閉ざすことしかできなかった。

 変わらなければいけない。それはわかっている。だがどうしてもチラついてしまう記憶が、優の脳内にこびりついて離れない。

 

 

 

"あいつよく学校来れるよな"

"当たり前だろ、俺ら専属のパシリなんだから"

"てことはあいつ満更でもないって思ってんのかよ。キモ"

 

 

 

 ずっと友達だと思っていた。そう思っていたのは自分だけだった。

 それがあの日、優が突きつけられた現実だった。

 

 

 

 お風呂上がり、自室のベットの上に置いてあるクラゲのぬいぐるみに顔を埋め、嫌な気持ちを紛らわそうとしていた。ふわふわとした感触が、どんどん顔を底に引き込んでいく。そのまま優の身長ほどの大きさのクジラのぬいぐるみを抱きかかえる。クーラーが効いているため、ぬいぐるみたちの体はひんやりとした気持ちよさがあり、心の底から落ち着くことができた。そんな状態で考えることは一のことだ。

 彼は学校の時も蜘蛛の時もカマキリの時も自分の身を呈して他者を守ろうとしていた。理由はわからないが、誰かを本気で守りたいと思う確かな心を感じ取ることができた。

 彼ならいける。彼なら大丈夫。そう言い聞かせながら、優の意識は夢の中へと落ちていった。

 

 

 

  ——————

  4

  

 そうして迎えた当日。電車で二駅先にある少し大きめの水族館。様々な海の生物や水中展望台も備わっている人気の場所だ。祝日ということもあり、入口付近は人で賑わっていた。

 二人は受付でチケットをスタッフに見せ、館内へと足を運んだ。


「そのチケットって年パス? もしかしてよく来るの?」


「う、うん。その、好きだから」


 言葉の通り優は海の生物(特に刺胞動物)が大好きだ。この水族館も暇さえあれば一日中いるほどである。自室にもここで買ったぬいぐるみや文房具、キーホルダーなどがたくさん置いてある。

 そして優は今日、一と仲良くなるためにある作戦を用意していた。それは、自らがこの水族館のガイドになることだ。普段から人に話しかけられても、うまく返すことができず素っ気ない態度で接してしまうが、今日の作戦で一に心を開けるようになるべく、内心で闘志を燃やしていた。


(今日は天乃君に水族館を目いっぱい楽しんでもらうためにも……)


 意気込みを胸に、最初のエリアへと向かった。

 

 

 

 最初のコーナーは、薄暗い空間の中に様々な魚達が水槽の中を泳いでいた。壁をくり抜いて作られた水槽の中を、魚達は緩やかに漂っている。真上からの魚型のライトが順路を教えてくれている。ガラスの柱の中は水で満たされており、紺色の灯りが幻想的な雰囲気を醸し出している。


「きれい……」


 青く輝く水槽の中を泳ぐ魚達。見ていると、心が洗濯されているような、気持ちのいい心地になる。一も優もその光景に目を奪われていた。


(楽しんでくれてるみたい……よし!)


「ね、ねぇ! あそこに、あの、イソギンチャク、いるよね」

 優が指さした水槽に目を向けると、そこにはうねうねと触角を揺らしているイソギンチャクがいた。


「え、あ、ほんとだね。うねうねしてて可愛いね」


「そ、そうなの! あの触手がすごく愛らしいの! 種類によって長さも色も全然違ってくるし、ヤドカリイソギンチャクっていうのもいるくらい色んな見た目持ってるの!」


「ヤドカリのイソギンチャクなんているの? 知らなかったな」


「そ、そうなんだ! ヤドカリの貝がらにくっつくことで砂地まで移動できるしヤドカリは食べられにくくなるから互いに——」


 そこまで説明してハッとなった。一気に全身の血の気が引いていく感覚に襲われる。


「あ、ご、ごめん。ちょっと、熱く……つ、次行こ」


「え、う、うん」


 自分の悪い癖が出てしまったと、優は内心で後悔する。つい熱く語りすぎてしまった。好きなこととなるとつい熱くなってしまう。好みが同じ相手ならまだしも、興味のない話を聞かされても困らせるだけだ。

 わかっていたはずなのに、やってしまった。だが、まだ巻き返しのチャンスはアある。ここで怖気付いていては先へは進めない。気を取り直して次へ行かねば。


「あ、あれ。すごく大きなエビだ」


 一が見ている水槽に視線を向けると、そこには大きなハサミを持った巨大なエビの姿があった。


「ヒッ!」


 上擦った声を出しながら、咄嗟に一の後ろに隠れてしまった。


「あ、もしかして苦手だった?」


「……うん」


 優は大きなハサミを持った生物やウニのようなトゲトゲした見た目の生物が苦手であり、水族館に来ても避けていたのだ。


「ごめんね。次から気をつけるよ」


「あ、えっと……」


 一から謝罪され、罪悪感が募る。早々に二度も失敗してしまったため、早くも自信が息を吹きかけられた蝋燭の火のように儚く消え去ってしまった。


(ちゃんとやれるかな?)


 先ほどまであったやる気も、一滴の不安にじわじわと侵食されつつあった。

 

 

 

  ——————

  5

  

 次に訪れたのはウミガメのいるエリアだった。ここには大きな亀の標本や様々な種類の亀達が水槽の中で暮らしている。


「やっぱりカメってすごく可愛いよね」


 ヒレを使ってスイスイと泳ぐウミガメの姿に一も目を奪われていた。


「そ、そうだよね。それにね、ここはあの、エサもあげられるから、すごく近くで見られるよ」


「え、そうなの? 楽しみだな」


 ウミガメの餌やり体験はこのコーナーの名物だ。老若男女問わず様々な年代の人たちがこぞって虜になるほどの魅力が詰まっており、ぜひ一にも楽しんでほしかった

 餌やりのコーナーにはすでに長蛇の列ができていた。それを見て優はある疑問が浮かんだ。並んでいる人達がみんな親子だった。普段はお年寄りやカップルなど、もっと色んな人たちが並んでいたが、今日はそういった人たちはいない。疑問を持ちながらも並ぼうと最後尾を探すと、そこにはプラカードを掲げたスタッフが立っていた。内容を見てみると、どうやら今日は親子限定らしい。

 完全に見落としていた。今までこういったことは無かったため今日がはじめてなのだろが、リサーチ不足だった。おかげで期待値を上げたのに全て蒸発してしまった。


「あの、ごめん。俺の、リサーチ不足で」


「いや、気にしなくていいよ。俺も気づかなかったわけだし」


 俯きながら謝罪する優に対し、一は特に気にした様子を見せていなかった。


(また失敗しちゃったな……)


 作戦が二度も失敗したことにより戦意が折れかけてしまっていた。

 

 

 

 次のエリアは水中トンネルのエリアだ。時間は三時を回り、水族館も丁度折り返しの地点にきていた。大きな水槽の中にあるガラスのトンネルは百八十度見渡せる造りとなっており、まるで海の中に入っているかのような気分が味わえる。優もこのエリアは特に気に入っている。


「すごい……」


 その光景に一も息を飲んだ。見渡す限り海色の空間が広がっており、魚達が元気に泳いでいる。


(よかった、楽しめてるみたい)


 優も水槽の中をじっと見つめていた。上を見ても右を見ても左を見ても、魚達の楽園が広がっている。ずっと見ていても全く飽きない。気になった魚がいれは後を追ったり、真上を魚の列が通るのを観察したりと、様々な楽しみ方がある。ずっとここにいたいと思わせるほどの魅力がこのトンネルには詰まっていた。優が見入っている間にも、様々な人達がトンネルを通過していく。そんなことも露知らず、完全に水中世界の虜になってしまっていた。

 そんな時、通りがかりの人と肩をぶつけてしまった。その衝撃で、意識は現実へと返ってきた。


「あ、あの、ごめんなさい」


 互いに謝罪の言葉を述べ、その場はなにごともなかった。だが、優はあることに気がついてしまった。

 普段は短くても三時間位はこの場に留まっており、先程までいつもの感覚で見入っていた。しかし今日は一もいる。一の方に視線を向けると、水槽を見ながらも優の様子を伺っている様に見えた。ここでの自分の体内時計が他の人よりも遥かにズレていることはわかっていた。しかしそのことを忘れ、完全に没頭してしまっていた。


「あ、ごめん、また……」


「いや、全然気にしなくていいよ。俺もすごく見入ってたから。いくらでも見れちゃうよね」


 そう言いながら励ます一。二人は静かにトンネルを抜けていった。


(また気を遣わせたな……さっきから失敗続きだな……)


 完全に自信を無くしてしまった優。ここまで立てた作戦は全て失敗に終わっている。一が本当に楽しめているのか、自分のせいで不快な想いをしているのではないかという考えばかりが反芻する。

 落ち込み俯く優の耳に、張り裂けるような声が入ってきた。何かに怯え、戦慄しているかのように細い女性の声。それと同時に二人にとって覚えのある禍々しい気配を感じとった。


「い、今のって」


 二人は声の方へと急いで足を進めた。

 

 

 

  ——————

  6

 

 気配の元は水族館の屋上、展望広場からだった。公園のような芝生に、亀や鯉の池があり、海を見渡すことができる憩いの場。そんな安やぎの場所を荒らしていたのは、サメのフォートだった。見るからに強靭な肉体、尾ひれにあたる部分からは足が生えており、顔は逆三角形型となっている。鋭いキバや目は健在だが、その手にサメの歯のような形のスパイクがついた剣を持っている。

 フォートは無秩序に目に映るものを破壊してまわっていた。へし折られているベンチ、齧り付いた痕のあるコンクリートの壁、地面の小さなクレーター、へし折られてた数本の木など、美しい屋上の景観はめちゃくちゃに荒らされていた。

 ここで休憩していたであろうお客たちはみんな恐怖に顔を歪め、必死に屋上から逃げ出していた。本来ならここで穏やかな時間を過ごしていたはずだというのに。水族館はみんなが楽しむ場所だ。その時間を奪うなど、あってはならない。


「いくよ!」


 一の言葉に優は無言で頷き、青紫色のライドクイルをとり出した。ペン先から水滴を垂らすと、インクの渦が舞い、二人の体を包み込んだ。そうして一は一角獣の、優は龍の戦士へと変身した。

 二人はフォートに向かって刃を振り下ろしたが、怪物は剣で軽く受け止めた。そのまま弾き返し、お返しと言わんばかりに二人の腹を鋭いスパイクが並ぶ刃で斬り裂いた。

 痛みにマスク下の顔が歪む。怪物は地面の上を水の中を泳ぐようにスイスイと動き回る。その縦横無尽な素早さを利用し、二人を何度も刃で切る。頭、肩、腹、腕、膝。そして剣からスパイクを射出するといった技まで繰り出し、その鋭い針が鎧に突き刺さる。怒涛の攻撃に地面に膝を着いてしまった二人。


「速い!」 


 その素早さに攻撃を当てることすらできない。人々はすでに避難しているが、この屋上には亀を飼育している池がある。このまま戦い続けて、池が壊されてしまえばどうなるのか。絶対に避けなければならない。

 だが疲弊している二人に対しフォートは容赦なく、剣を横ぶりにしてスパイクを射出する。広範囲に射出されたスパイクの進行方向の一つには、亀たちの池があった。

このままではまずい。

 何とか体を起こすが、それ以上に素早く動いたのは一だった。勢いよく立ち上がり、全速力で池の前に立つ。池を庇うように背中を向け、スパイクは一の背に突き刺さった。


「ウッ!」


 一は糸が切れたように膝から崩れ落ちた。鎧にヒビが入り、内部では赤い血が流れている。息を吸っては吐いて、何とか意識を保っている状態だ。


(まずい、天乃が倒れた今、俺一人でやるしか、相手はサメっぽいから弱点も同じ? 確かサメの弱点は……)


 剣を杖にして力いっぱい立ち上がる。そして記憶の底からサメに関する情報を探る。

 サメは多くの神経が集まる鼻の先が弱点と言われている。しかしあのスピードで動く怪物の鼻を的確に狙うのは不可能に近い。急所を狙うには一度動きを止める必要がある。


(そうだ、あの技なら)


 フォートは優を囲むようにぐるぐると動き回る。いつどの方向から攻撃がきてもおかしくない。優は剣に力を込め、全神経を研ぎ澄ませる。フォートがどのタイミングで仕掛けてくるか、先手を打つ必要がある。素早く行動を察知することが勝敗をわける。

 そして仕掛けてくるのを感じとったその時、刃を外側に体を竜巻のように回転させる。どの方向から来るかわからないなら、全方位から攻撃すればいい。優の回転斬りは怪物に命中。しかも剣を持っている右腕を切り落とすことができた。

 怪物は吹き飛んで、地面に背中を勢いよくぶつけた。右腕の切り口からは黒い血液がドクドクと流れだしている。倒れ込んでいるうちに、優は剣を鞘に戻し、勢いよくジャンプした。右足を上に突き上げ大きく股を開いて踵を斧のように振り下ろす技、"ナイトメアアックス"をフォートの鼻へと放った。右足は急所を的確に打ちつけ、黒い粒子となって消えた。

 変身を解いた優は真っ先に一の元へ駆け寄った。一は少し顔を歪ませながらもなんとか立ち上がる。


「痛た、ごめん。足、引っ張っちゃって」


 背中を抑えながら、謝罪の言葉を述べる一。背後についている赤いシミが痛々しく目に映る。


「あ、そんなこと、ない。池、守ってくれて……ありがとう」


 優の顔に笑みが零れる。怪物は倒された。しかし綺麗に整備されていた屋上はもう見る影もない。折られた木々、穴の空いた芝生、壊されたベンチ、踏み荒らされた花。そんな荒れ果てた屋上の中、優の肩を借りて、一はゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

  ——————

  7

 

 最後のお楽しみとして行く予定だった場所は水中展望台だった。古い展望台に地下室を付け、実際に海の中を見れるように改装したものだった。しかし、展望台へと渡る橋は崩落していた。先程の戦いの影響だ。治療を済ませたあとのアナウンスで知った時、優はその場に崩れ落ちそうなほど強いショックを受けた。

 ここまで優の作戦は全て、失敗に終わってしまった。

 帰り道の駅のホーム。オレンジ色の光か眩しく照らしている。しかし俯く優の顔には影がかかっている。楽しんで貰いたかった。しかし自分の不注意が原因でせっかく考えたプランも台無しだ。折角仲良くできるよう組んだというのに、結局自分は、一歩も前に進めていないのだろうか。そんな不安ばかりが脳内で反芻する。


「今日はありがとうね」


「え……?」


 一から出た感謝の言葉を上手く飲み込めなかった。負のループが、この一言でぴたりと止まった。あんな失敗ばかりのツアーに対し、どうして感謝を言えるのか。


「で、でも、亀も展望台もダメで、トンネルでも長くいちゃって、たくさん語っちゃったりもして。ごめん、気を遣わせて……」 


「気なんて遣ってないよ。むしろ、矢車君ってあんなに楽しそうに笑うんだなって知れたから。それに、俺のために色々考えてくれてたんでしょ。それだけでも、俺は嬉しいよ。」


 悪意のない青く澄んだ瞳、眩しいくらい優しげな笑み。それらは優の心に温もりを与えるのには十分すぎるものだった。


「うん……」


 顔を少し赤く染めながら、また笑みが浮かんだ。


「その……これからも、時々行こ……」


 一歩踏み出して、誘いの言葉を口にする。心の中に溶けるような優しい温もりが、体中をほぐしているように感じる。


「いいよ。その時も色々教えてほしいな」


「うん。それと……」


 深く深呼吸をする。心を落ち着かせて、胸の中にずっと言いたかったことを体から吐き出す。


「頼りないかもしれないけれど……これからもよろしくね、天乃」


 少し恥ずかしい気持ちを我慢して、勇気を出して言葉を発した。


「うん、こちらこそよろしくね。矢車」


 夕暮れの日が、二人を照らす。一人の少年の氷が、少し溶けた瞬間であった。

第3話ご覧いただきありがとうございます。

次回は8月17日投稿予定です。

今後ともよろしくお願いします。

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