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紺碧のメサイア  作者: 蒼空駿
第2章
12/12

第2章4話 文化祭開幕!

  ——————

  1

 

 昔、彼女は言った。高校に入ったら文化祭を楽しみたいと。一たちの通っていた小学校も中学校も合唱や絵を飾るだけの、いわゆる文化活動発表会という形をしており、正直なことを言うと盛り上がりに欠けているような気がしていた。

 だから高校に入ってクラスのみんなと買い出しや大道具を作ったり、焼き鳥やパンケーキを売ったりしてみたいと、そう一に話していた。

 そんなささやかで小さな願いすらも、叶うことはなかった。

 

 

 

  ——————

  2

 

 十月も終わりに差し掛かり、段々と肌寒くなってきた頃。青藍高校では待ちに待った文化祭が始まろうとしていた。

 ここA組でも九時の会場に備えて小道具のセット、お化け役のメイク等最後の準備を済ませている最中だ。廊下に出ると慌ただしい生徒たちの往来で溢れかえっている。この日のために準備を進めてきて、皆気合いが入っているのだろう。


「みんな、今日は頑張ろう!」


 委員長の掛け声と共におうという威勢のいい声が響く。開場のチャイムが鳴り、いよいよ青藍高文化祭が始まった。

 

 

 

  ——————

  3

 

 開始から三十分。まだ少ししか立っていないというのに、廊下は行き交う人々に溢れている。正午にはもっと混み合っているだろう。

 一の仕事は受付。教室の前で待機してお客さんを案内する役だ。ここに座っていると色んな人が横切っていく。友人同士、カップル、親子といった様々人たちが手にお菓子や景品を持って通り過ぎている。各々文化祭を楽しんでいるようだ。


「おっ、やってるねぇ」


 馴染みのある声と共に姫華がやってきた。その手には何かの景品であろう騎士のぬいぐるみが抱えられていた。ちゃっかり文化祭を満喫しているようだ。


「雛菊さん、いらっしゃい。来てたんですね」


「まぁ従姉弟の晴れ姿だからね。見に行かない訳にはいかないでしょ」


「じゃあどうぞ。そこそこ怖いので注意してください」


「侮ってもらっては困るなぁ。大人の私が高校生の作ったお化け屋敷で怖がることはなかろう」


 そう言って、意気揚々よ中へと入っていった。数秒後、中から女性の大きな叫び声が聞こえたが、つまりそういうことであろう。

 

 

 

「あの人そんなわかりやすいフラグ立ててたのか」


 一時間ほど経って、颯がクラスの友人たちを連れてお化け屋敷に訪れた。


「うん。まぁ、仕方ないよ。俺もリハーサルの時に入ったけど、結構怖かったし」


 単純にメイクや仮装道具のクオリティが高い。猟奇的かつリアリティがあり、暗いところでは本物と見間違えるほどだ。


「でも出てく人はそんな怖がってねぇし……何かあんのか?」


 A組から出ていく人たちは余り怖がっている様子ではなかった。おそらく優も携わったあれの効果だろう。恐怖から抜け出した後に見るあの絵は、安心感も混ざり合ってとても煌びやかに見える。委員長や美山の目論見は成功したと言っていいだろう。


「それは実際に入ってからのお楽しみかな。あ、そうだ。鉄寺君が颯のこと盛大におどかしてやるーって息巻いてたよ」


「あいつまだ懲りてなかったのかよ。ありがとな」


 礼を言った後、颯たちは中へと入っていった。そして気がつけば交代の時間となっていた。九十分の交代制で動いており、一はここから自由時間となる。

 ただ一にはもう一つ仕事がある。委員会に所属しているものは見回りをすることになっているのだ。そんなわけでもう三十分の仕事のため、運営室へ足を運んだ。




  ——————

  4

 

  青藍高校の楽しげな雰囲気は校外まで届いていた。それは近くの住宅街の中にひっそりとたたずんでいる古い一軒家にも。


「楽しそうな声が聞こえるねぇ」


 縁側でゆったりとお茶を飲んでいる老婆も、高校から聞こえてくる楽しげな笑い声を聞いて、微笑ましい気持ちになってい太ところだ。自分の若い頃を振り返りながら思い出に浸っていると、耳元に謎の羽音が響き渡る。虫がとんでいるのだろうかと辺りを見渡しても、特に何もいない。おかしいと思いつつ、一人のお茶会を再開した。しかし、彼女の背後には確かに数匹の虫に似た何かが迫っていたのだ。




  ——————

  5


 見回りが終わると、今度こそ何をしようか。学校中を回っていると、縁日、ジェットコースター、占い、食べ物であればわたあめやパンケーキ、焼き鳥など、実にバラエティ豊かなお店が開かれていた。講堂では合唱部と吹奏楽部、小ホールでは軽音楽部がライブを行なっている。美術室では部員の絵が飾られ、家庭科室では部活で作った焼き菓子が販売されている。クラスだけではない。それぞれの部も個別で店を開いている。実に多くの生徒、団体によってこの文化祭は稼動しているのだと、しみじみ感じる。

 そうだ、最初に行くなら颯のクラスに行こう。お楽しみと言っていた思い出のゼリー。一体どんな味なのだろうか。胸を躍らせながらB組の教室の前まで行くと、扉ががらっと開いて中から颯が出てきた。


「お、一」


「あ、颯」


「ちょうどいいや、これから狼樹んとこの演劇観に行くんだよ。ちょっと付き合ってくれ」


「宝田の?」


「おう。あ、もしかして行きたいとこあった?」


 本当は颯のゼリーを食べにきたのだが。しかし狼樹のクラスも行きたいと思っていた。ならゼリーは後でもいいだろう。折角誘ってくれたのだから颯に付き合おう。


「いや、俺もちょうど行こうと思ってたから」


「じゃあ行くとするか」


 そして颯と共に会場の体育館へと向かった。

 中はパイプ椅子が並べられており、照明は落とされ薄暗い雰囲気を纏っている。ポツポツと人がいるなか、二人は最前列に腰かけた。

 劇の内容はロミオとジュリエット。舞台の代名詞的な作品だ。子供の頃見た記憶はあるが、はっきりとは覚えていない。折角だからここでどんなものだったか思い出しながら見てみよう。

 開演のブザーと共に緞帳が上がりだす。

 不思議だ。数歩歩めば届いてしまうほどの距離の舞台上が、今だけは十四世紀のイタリアの世界に見える。役者の演技もさることながら、背景の絵の完成度も目を惹きつけられる。まるで本物のような街並み、美しいお屋敷等、世界観を引き立たせている。おかげで今はどこなのかがわかりやすい。話の構成も、限られた時間内で濃密な話がまとめられておりとても見やすくなっている。

 あっという間に時間は過ぎ去り、気づけば拍手喝采が体育館で巻き起こっていた。

 

 

 

 

「すごく面白かったね。あの背景の絵もすごく綺麗だし、さすが宝田だね」


 出口へと進んでいく往来の中で、颯にそう話かけた。


「だな、やっぱ、あいつはすげぇよ」


 そう答える颯の顔は、どこかほっとしているような、そんな不思議な顔をしていた。


「それよりさ、この後どっか回らね? 俺もこの後暇でさ」


 もちろんオーケーだ。見回りの時に一通りの店はチェック済みのため、いくつか目星はつけている。いや、それよりも颯のクラスに行きたい。あの話を聞いてからずっと楽しみにしていたのだ。じっくりと味わってみたい。

 それが終わったら縁日に行ってみようか、焼き鳥を食べようか、ゆっくりとプラネタリウムでも見てみようか。行きたいところがたくさんで、どれだけ時間があっても足りない。

 文化祭ってこんなに楽しいものだったんだ。

 そんな刹那の言葉が、一の奥に眠っていた記憶を呼び覚ました。


 

 

 "私ね、高校の文化祭っていうのが楽しみなんだ。"

 

 

 

 重なってしまったのだ。ありしの彼女の何気ない言葉と。未来で体験できると信じていた頃の彼女と。

 彼女は高校の文化祭というものをずっとやってみたいと考えていた。彼女はお祭りごとが大好きで、もし彼女が生きていたら、今この瞬間をめいっぱい楽しんでいただろう。けれどそれはもう叶わぬ夢。彼女はもうこの世にはいない。彼女の未来は奪われてしまったのだ。他の誰でもない、一自身に。

 だというのに、自分はこうして、幸福に満ちた気持ちでこの場にいる。

 なぜ自分がここにいる。ここにいるべきは彼女のほうだ。こんなにも賑やかな場所が似合うのは、彼女のように誰よりも他人の幸せを願い、周りを笑顔にできるような人。

 それを奪った自分に、この幸福を享受する資格など、ありはしない。


「どうかしたのか?」


 一の様子がおかしいことに気づいた颯が、心配そうに顔を覗き込んだ。


「あ、なんでもないよ。ちょっとトイレ行ってくるね」


「ちょっ、一!」


 折角の誘いを断る形になってしまい申し訳なさが募る。颯はいい人だ。明るくて、眩しくて、いつも大勢の友人に囲まれて、本当にこの祭が似合う。

 自分は違う。いてはいけない楽しんじゃいけない。はなから来るべきではなかったのだ。

 たった一人の幼馴染さえも守れなかった、無力な罪人など。

 気がつけば、随分と人里から離れてしまった。職員室が集まる本館の一階。教員のほとんどが出払っており、いつも以上に静かに感じる。とても心地よい、無の世界。それも、長くは続かなかった。


「さっさと金だせや!」


 すぐ近くで誰かを恫喝しているような声が耳元に届いた。嫌な予感を感じずにはいられず、すぐに声の方へ足を進めた。外を出て、校舎を盾に覗き見ると、そこには同じクラスの男の子がカツアゲされているところを見てしまった。背の高い男が三人。服装から他校の生徒だろう。まさかこの祭りの裏で、このような悪行が行われていたとは。

 しかも同時に、頭に不快な気配が近付いていると警告が入る。フォートだ。

 

 

 

  ——————

  6

 

 同じ頃、フォートの襲来を感じ取ったゆうと狼樹もまた、生徒の波をかき分けながらも向かっていた。


「どうしてこんな時に、」


 今日は本来、生徒たちが各々工夫を凝らして作った出し物を楽しむための祭り。そんな時にフォートが現れてはどうなってしまうかなど、考えるまでもない悲劇となりえる。

「宝田!」


 走っている途中、狼樹と同じクラスの男子二名に呼び止められた。二人とも焦った様子をしており、一度立ち止まって呼吸を整えている。


「大変なんだよ! 鳴瀬が足を怪我したんだよ!」


「それ本当⁉︎」


 鳴瀬とは、狼樹のクラスの演劇でロミオ役をやっている生徒だ。素行も成績も申し分なく、狼樹と同じく優等生に分類される人物である。


「それで、代役の子は?」


「他の時間のやつも今動けないみたいで、他にセリフ全部覚えてそうなのお前くらいなんだよ。頼む! 代役で出てくれないか」


「えっと、それは……」


 狼樹は回答に悩んでいる。

 主役がいなければ劇は成り立たない。このままでは中止にせざるおえず、次の時間から見ようと思っていたお客さんもがっかりするだろう。狼樹だって、フォートさえ来なければ迷わず手を貸すだろう。きっと狼樹にしか務まらない。なら手立ては一つだ。


「た、宝田」


 思い悩む狼樹に、優はか細い声で話しかけた。


「行っていいよ。俺は、大丈夫だから」


「でも……」


 狼樹は優の目をじっと見つめる。

 一人じゃない。一だって、颯だっている。けれどもこれは狼樹にしかできない。だから信じてほしい。


「……わかった。無茶しないでね」


 想いが伝わったのか、承諾してくれた。狼樹がいない分自分たちでなんとしてでも食い止めねば。

 そうしてまた、走り出した。

 

 

 

  ——————

  7

 

 文化祭ということで廊下には人が溢れており、どうにも進みにくい。人と人との間を縫って早足で歩くので精一杯だ。かき分けながら進んでいくと、目の前に見覚えのある頭が見える。颯だ。同様に気配を感じ取ったのだろう。往来を突き抜けて、颯の元へと合流した。


「なぁ、どんどん気配が強くなってねぇか?」


 颯の言葉の通り、怪物はこの青藍高校へとまっすぐ向かっている。こうして急いでいる間にも、少しずつ気配は強まっていっていた。


「こっちに来てる。このままじゃ間に合わないかも……」


「おい、それまずいんじゃねぇのか⁉︎」


 もしこの場にフォートが現れれば、屋台や展示は建物ごと壊され、人々はパニックに陥る。しかもこれだけ大勢の人間がいれば守り切れる保証もない。そうなっては確実に中止となる。それだけは絶対にあってはならない。みんなこの日を楽しみに一丸となって頑張ってきたのだ。そんな楽しい祭りを、悲しみで終わらせるわけにはいかない。

 できる限り人や建物から遠ざけて文化祭の一部と思わせるしかない。だがそんな手などあるのだろうか。


「あ、そうだ! 優、ちょっと耳貸せ」

 

 

 

 その頃狼樹は舞台の準備をしていた。金の装飾のなされた、僅かにサイズの合っていない衣装を身にまとい、動きやセリフのタイミングの確認を行っていた。幸いなことに立ち稽古などは見ていたため、どう動くかはある程度頭に入っている。後は本番でそれを出し切れるか。

 稽古の時間は、まさか自分が舞台に立つなど思いもしなかった。母が午前中に来たのは不幸中の幸いだろう。

 もし母がこれを見たら、どんなに気分を害しただろうか。他のことにうつつをぬかすなどと苦言を呈したであろう。今日に関してはやむおえない。みんなの頑張りを無駄にするわけにはいかないのだから。


「よしっ」


 観客席にはすでに大勢の人たちが期待感を募らせながら待っている。今からその視線の中心に行くのだ。自然と身が引き締まる。

 客席側が暗転、舞台の幕が上がり、光と視線が一か所に集中した。狼樹はが輝く舞台へと、一歩踏み出した。

 

 

 

「なぁ、さっさと金出せよ」


「いじいじしてて腹立つんだよ」


 同時刻、校舎裏で一人の男子生徒が恫喝を受けている場に、一は出くわしてしまった。校舎の影に隠れているため、まだ見つかってはいない。不良が怒鳴るたびに、自分にまで嫌な痺れが肩を震わせる。

 助けなければ。そう思っているのに、足が動かない。次だ。この次。五秒経ったら出ていこう。さっきから同じことばかりを繰り返している。ここで助けなければ彼はどうなる? 今日を楽しみにしていたのに、折角の思い出を涙で溺れさせることになる。わかっている。なのに動けない。

 一はこの感覚を知っている。助けたいのに勇気が出ない。差し伸べた手に刃物を刺されるのが怖い。だから隠れて、穏便に収まるのを震えながら待つだけ。その先にあるのは取り返しのつかない悲劇であることを、己の心臓を燃やし尽くしてしまいたいと思うほどの激痛であることもわかっているというのに。

 同じだ。あの時と変わらない。何もできず、何もやれず、ただ祈っていただけの非力な自分と。

 恫喝する声で震える体が、それをより一層感じさせる。フォートが近付いているだけあって、さらに気分が悪い。

 フォート……そうだ。自分はあんな不良なんて目じゃないほど恐ろしい存在を知っている。その手を一振りしただけで簡単に命を奪えるほど強大な力を持った化け物を。それらと戦ってきたのは誰か。対抗しうるだけの力を持った存在を。

 あの時とは違う。誰かを助けるための、弱い人たちを救うことができる力を、悪意を持った強者を打ち滅ぼせるほどの力を持っているではないか。

 そうして不良たちの前に姿を現す。その手に白く輝くライドクイルを持って。

 

 

 

  ——————

  8

 

 祭りの喧騒は、案外遠くまで聞こえてくるものだ。それはこの屋上までも。見下ろすと校門に建てられたアーチを華やかさ、中庭の屋台など、そこら中に人がいる。

 高いところからだとなんでも見える。今こちらに向かっている招かれざる客も。

 住宅街をものすごい高さでジャンプしている物体が一つ。あれほどの跳躍力を誇るフォートは見たことがない。

 フォートは等々アーチを飛び越え、学校の敷地内へと入ってきた。

 面長で首と一体となった顔にバネがつけられているかのような足、バッタのフォートだろう。


「おい、なんだあれ?」


「仮装か? にしてもリアルすぎるっていうか」


 突如空から降ってきた存在に対し、周りの生徒たちも不穏などよめきをしだす。


「やるぞ、優」


「う、うん」


 正直、颯の案には気乗りしない。だがこれしか手がない以上はやるしかない。

 二人揃っていつものように変身する。ただ今日は少し違う。颯は赤の、優は白のスカーフを首に巻きつける。一体どこから持ってきたのだろうかこれを。


「はーはっはっはっはー!」


 学校中に聞こえるほど大きな声で颯は叫び出した。それにつられフォートに向いていた視線が一斉に屋上へと向けられる。


「赤いスカーフは正義の証、青藍グリーン!」


「し、白いスカーフは自由の証、青藍ブラック……」


「我ら青藍ヒーローズ!」


 二人は揃って名乗りをあげた。颯は自信満々に、優は少し恥じながら。


「青藍ヒーローズってなんだよ」


「これあれか、ヒーローショーか」


 そう、これこそが颯が考えた作戦。ヒーローショーという出し物にすることで混乱を最小限にしようというものだ。


「とう!」


 まずは颯が飛び立ち、フォートの元へと突進する。フォートもその足を使い校舎の三階ほどの高さまでジャンプした。狙い通りだと、颯はガラ空きになっている腹に掴み掛かり、運動場へと投げ飛ばした。


「え、今飛んでるよな? てか怪人役のやつ大丈夫かよ」


「行ってみようぜ」


 校門にいた生徒たちは一斉に運動場へと駆け出した。生徒たちが来る前に倒さないと。優も屋上から飛び降りて落下地点へと向かう。

 運動場には砂煙が上がっておりその中心でバッタのフォートがゆらりと立ち上がっていた。やつの特徴はそのジャンプ力。その源は足のバネにあると見た。となれば足を切り落とすのみ。

 深淵の剣アビステイルを構え突撃する。足を目掛けて刃を振おうとしたその瞬間、ものすごい風が頬を掠めた。いや、風に見えたそれはフォートの蹴りだった。幸いにも掠める程度だったが、あれを食らっていたらどうなっていただろうか。風圧により、後ろの木の葉が全て空へと舞い散っている。

 跳躍のみならず足技の威力も凄まじい。だが手はある。足首を目掛けて転ばせる時のように自らの右足で回し蹴りをする。そうすると予想通り跳躍した。


「はや、グリーン!」


 宙にいる颯に呼びかけると、猛スピードで翼を羽ばたかせバッタのフォートに特攻した。やつは飛ぶことはできても、空を自由自在には動けない。なら今のうちに足を切り落とせばいいのだ。双剣デュアルウィンドを構え、抵抗しようともがくフォートの膝から下を切り落とした。切り口からは漆黒の血液が吹き出し、サラ砂の運動場に黒い雨が降り出す。


「トドメは任せたぞ、ブラック!」


 颯の叫びにコクっと頷く。

 優が右腕に力をこめると、禍々しい紫の炎が拳に纏わりつくように燃えさかる。そのまま落ちてくるフォートの心臓目掛けて煉獄の拳を突き上げた。

 クライシスアッパー。炎を纏った右腕で相手の体を貫き、体内に引火させて内側から焼き殺す技だ。実際にバッタのフォートの体は紫の炎に包まれ、果てには灰となって消えていった。


「やったな、優」


 空にいた颯も翼をしまって降り立った。


「うん、誰も犠牲にならなくてよかった」


 どうにかしてフォートを処理することはできた。問題は生徒たちがヒーローショーと思ってくれているかどうかだが。


「あれ、もう終わってる?」


 声が聞こえ振り向くと、フォートを追って来た生徒たちが大勢運動場まで来ていた。


「なんだよもう倒したのかよ」


「ちょっと見たかったのに」


 よかった。ちゃんとヒーローショーだと思ってくれている。これなら中止にはならないだろう。


「諸君、悪はすでに倒した! ではさらばだ!」


 そう言って優の体を抱えて、翼を広げ空へと飛び去っていった。

 空を飛んでいるのを見られて怪しまれないだろうかと思ったが大丈夫だろう。フォートに関する記憶は無くなる。このヒーローショーも、少したてば無かったことになるのだから。

 

 

 

 外で怪物が暴れているなどつゆ知らず、体育館ではC組のロミオとジュリエット無事に終わりを迎えていた。今は舞台袖で待機しており、この後すぐにまた舞台に出て挨拶をしなければならない。


「すまない宝田くん。突然主役を頼んでしまって。僕の代わりなど荷が重すぎただろう。この時間帯なら皆僕の美しさの評判を聞い太お客さんがほとんどだろうからね。あ、宝田くんが美しくないと言っている訳ではないからね」


 足に包帯を巻いている鳴瀬が申し訳なさそうに狼樹に謝罪する。


「いや、気にしなくてもいいよ。俺にとってもいい経験になったからね」


「そうかい。なら、礼の時間も素晴らしいものとなるだろう。ほら、行ってごらん」


 鳴瀬に促され、舞台へと出る。するとたくさんの拍手が狼樹を迎え入れた。客席を見ると、みな笑顔を浮かべている。


「ありがとうございました!」


 全員で例をすると、再び盛大な拍手が体育館中に響き渡る。その一拍一拍が宝石となって体育館中をキラキラと輝かせているようだった。

 この光景には覚えがある。これまで様々な絵画のコンクールで入賞しては、ここよりももっと大きな会場で、今以上の栄誉を賜ってきた。拍手も賞賛もはち切れないほどに貰ってきた。

 けれども今日の物は少し違う。胸がドキドキするような、むず痒いような、不思議な感覚だ。鼓動の音がうるさい。けれどもそれが逆に心地良くもある。

 自分たちの作ったものがこれだけの人たちを笑顔にしたのだという事実が、こうして目の前に現れているのだと思うとどうも照れくさくなる。


(やったよ、秋津さん)

 

 

 

 文化祭の日の校舎裏とは普段より静かだ。ほとんどの人が表に出て、お店を回ったりして遊びまわっている。裏に行くことなどあるはずがない。誰も気にする事はないだろう。

 そんな校舎裏に、一人立っている人物がいた。青みがかった白の鎧にユニコーンを思わせる仮面。拳を握りしめ、立ち尽くしている。彼の周辺には、不良たちが倒れている。唇を切ったのか血が垂れており、腕や足は赤く腫れている。

 そして壁の隅には怯えている少年が一人。少年はひっと声をあげながら逃げだした。不良たちも起き上がると、すぐさま一にひどく怯えた目をむけた。その目は少年が不良たちにむけていたものよりも一層ひどいものだった。


「ば、化け物……」


 そうつぶやくと、一斉にその場から全速力で走りだした。

 『化け物』。確かに不良たちはそう言った。突然現れて不良たちをなぎ倒した一角獣の戦士のことをそう形容するのはある意味当然のことかもしれない。

 だが、それはあいつらも同じだ。

 人の悪意や欲は他者を殺す。そんな人間は怪物と何ら変わりはない。

 怪物を退治するのは、メサイアとしての使命だ。


(この力が、あの時もあれば……)


 今でも思い出す。虐められていた彼女に自分は何もしてやれなかった。自分が再び標的になるのが怖かった。そんな自分勝手な感情が彼女を殺した。そんな人間にこの先を楽しむ権利などあるのだろうか。

 一の脳に、あの日託された最後の言葉がこだまする。


 

 

 "これからも、誰かを救い続けてほしいの。"


 

 

 それ以来、その言葉通り生きてきた。彼女は自分を犠牲にして一を助けた。結果死んでしまった。今度は一の番なのだと感じた。

 自然に目に涙が滲んでくる。だが泣くことすら許されない。彼女の最後の願いを人生をかけて果たし続ける。誰かを救い続けることこそ生きる意味であり、贖罪なのだと。

 空を見上げると、もうじき暗くなろうとしていた。オレンジ色に輝く空を、紺碧の夜空が染めていく。


「絶対に果たすから……さち


 彼女の名を呟く。

 たとえどんなに苦しくても逃げてはならない。逃げることはできない。自分の幸福を求めてはならない。彼の中にある強迫観念がそう耳元で囁く。

 これが、天乃一が受けた呪いだ。

 

 

 

  ——————

  9

 

 文化祭も終わりの時を迎えた。暗くなり始めている空と肌寒い風が、冬の訪れを感じさせる。

 運動場には特設ステージが立てられており、生徒たちはその前に集まっていた。後夜祭、それは文化祭最後のイベント。舞台の上で生徒たちが漫才や歌、ダンスなどを披露する。

 観客の生徒は笑い、頑張った成果に涙し、肩を並べて互いの絆を高めた。賑やかで、楽しく、笑顔にあふれている。

 だがその中に、一の姿は見えない。


「なぁ、優。一はどこ行ったか知らないか?」


「えっと、用事があるからって、先に帰ったよ」


「そっか。あいつ後夜祭見れねぇのか」


「だったらさ、動画に撮って天乃くんに送るのはどうかな」


「おっ、いいアイデアだな!」


 颯はスマホを取り出してステージにカメラを向けた。

 

 

 

 背中から楽しげな声が残響のような儚さを持って響き渡る。日の沈んだ薄暗い住宅街を、一はたった一人歩いていた。後夜祭に参加する気になれなかった。いや、そんな権利も資格もない。本当は来てはいけなかったのだ。こんなところに。

 スマホの通知がなり、開いてみるとメッセージが来ていた。そこには颯から送られた後夜祭の動画や写真でいっぱいだった。どれもこれも賑やかで、自分も混ざりたいとすら思えてくるものばかりだった。それでも引き返すことなく、寂しげな通学路を一人歩いていく。

 ただ、心残りが一つ。約束して、自分も楽しみにしていた物が一つだけ。


「颯のゼリー……食べ損ねたな」

 

 

 

  ——————

  おまけ

  

 フォートが現れる少し前。そろそろ見回りの当番の時間だと、狼樹は中庭を通って運営室へと向かっていた。

 始まった時に一通り見たが、やはりここは食欲を掻き立てる香りが漂っている。焼き鳥の焦げる匂い。カステラが焼き上がる匂い。とうもろこしの匂い。こんなところにいては自然とお腹がなってしまう。見回りが終わったら、何か食べに行こう。そう思った直後、往来の中に見知った顔を見つけた。


「天乃くん」


「あれ、宝田」


 どうやら今の時間、一は見回りをしていたらしく、狼樹と交代となっていた。


「お疲れ様。何か変わったことはあった?」


「ううん特には。それよりも色んなお店が見れて楽しかったよ」


 確かに学校中を巡るということは、何があるかを把握するのにピッタリだ。この中庭だけでもこれだけの物があるのだから、校舎の中はどうなっているのか。今から楽しみだ。


「ここの屋台だけでも色んなものがあるよね。ほら、あのわたあめとか、ユニコーンだってさ」


 そうしてある屋台を指差した。ピンクや紫などのカラフルなわたあめをツノや毛の形に加工して、あたかもユニコーンの顔のようにして販売している。東京でしか見たことのないような、いわゆる映えそうな見た目をしている。もしかしたら都心で流行っているのかもしれない。


「あ、あぁ。確かにすごいね」


 意外にも一は微妙な反応をしていた。ユニコーンがあまり好きではないのだろうか。もしくはわたあめは苦手なのか


「えっと、もしかして苦手なのかな?」


「いや、苦手ってわけでもないけど……」


 少し言い出しづらそうに視線をずらしている。やはり何かあるのだろうか。


「俺が食べたら、共食いにならないかなって……」


「……ん?」

 

 

 

 第二章 完

ここまでご覧いただきありがとうございます。

第3章の投稿は2026年の春頃を予定しております。

今度とも、紺碧のメサイアをよろしくお願いします。

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