第1話 召喚の儀式
人間とは実に愚かな生き物である。
食欲、睡眠欲、性欲、生存欲、怠惰欲、感楽欲、承認欲。
この世には、この他にも様々な欲を人間は持っている。
その欲望を満たすために人は愚行する。「人は愛を知り、愛することで幸せになる」と誰かが言っていたが、本当にそうであろうか。
結局のところ、自分自身の欲望を優先させ、悪い立場に立たされた場合は正当化する。そんな生物である人間が幸せになることを許されるのであろうか。
つくづく思う。
なぜ人間は生きているのか。なんのために存在しているのか。
環境問題や貧困・戦争など、すべての起因は人間にあるというのに。
人間なんて滅んでしまえば良い――まあ……私は死ぬ勇気など持ち合わせてはいないのだが。
(ざわざわ……)
教室中にクラスメイトたちの話声が響いている。
この雑音を聴きながら読書するのが私の日常。
物語の世界は素晴らしい。
主人公たちはその物語の中心人物であるにも関わらず、己の欲望があまり存在しない。愚かな言動もしない。
完全に欲望が欠落しているわけではないが、こちらの世界に生きる者たちより、よほどましな存在といえよう。
どんなに夢や野望を抱いていても、努力し一生懸命に傷つきながら生きていても、どんなに素晴らしい才能を活かして輝いていても、どんなに悪役であっても、どんなに人間らしさを表現しても、どこかに必ず創造物である要素が、面影が残っている。
彼らはあくまで想像上のキャラクターにすぎない。
だからこそ――彼らに、彼らの生き様に魅かれるものがある。
絶対に彼らのようにはなれない。それを根底にて理解しているからこそ憧れてしまう。
ありえない事象に対する憧憬。胸の高鳴りを感じる高揚感。
人間という生物に絶望しているこの私、黒崎凛は物語の世界に魅了されている。
「あんたさ~、聞いてんの?」
机を蹴る音が教室中に轟く。
夏目美月の鋭い視線が、窓側の席で震えている川田琴葉に刺さる。
クラスメイトが一斉に夏目たちに注目した。
だがそうかと思えば、また先程と同じように違和感なく、何事もなかったかのように会話している。
「ご、ごめんなさい……」
これがこのクラスの日常なのだ。
その様子を横目に怯える者、我関せずと興味を抱かない者、助けに行きたくても行けないもどかしさを感じている者、様々な者がいる。
このクラスの担任、社会科の山本渉40歳。副担任で国語科の新任、川合花菜。
彼らもまたこの状況を黙認している。
教師としては終わっているが、実に人間らしいともいえる。
このクラスには男子20人、女子20人が在籍している。
ここの生徒たちは、実に多種多様な性格を有す。
常に集団の中心にいるような陽キャタイプ、部活のために生きているようなガチ勢タイプ、学級委員長をはじめとする真面目なタイプ、ジャンルを問わず何かに熱を上げているオタク気質なタイプ、特に何もない普通のモブタイプ、そしていじめの標的となってしまうタイプ。
私自身はどこに属しているのかわからない。多分どこにも当てはまらない。
そもそも当てはめるか否かということに対しても興味がない。そんな必要性を感じない。
別にクラスメイトとは普通に話すし、成績も悪くはない。
まあ、友達と呼べる存在はいないが――いや別にいらないか。
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【 クラス名簿一覧 】
担任:山本渉 副担任:川合花菜
男子:
岩崎陽翔 石原晃 江口翼 大森陽大 栗原碧 小泉剛 後藤颯太 小室樹 高橋新
武田大和 伊達勝 田中亜幌 田原次郎 中村航輝 中村大翔 村上湊 細川伊吹
宮岡悠 宮本陸 山田蓮
女子:
天寺結衣 井上莉子 織田遥香 加藤裕子 川田琴葉 黒崎凛 斎藤美咲 坂本玲香
篠田ひまり 手塚由美子 永井美空 夏目美月 野口芽衣 橋本桜 藤原玲 藤森一実
山崎真尋 山田ひかる 和田紬 渡辺心結
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今日もまたこの40人+2人で、普段と変わらない日常を過ごすはずだった。
何の変哲もない――つまらない時間を。
だが一瞬のうちにすべてが変わった。
昼休みも終わりに近づき生徒たちが教室に集う。
そして担任と副担任も諸連絡のために教室へやってきた。
最後の1人である橋本桜が教室のドアを開けたとき、それは起こった。
突然、教室の床一面を覆う魔法陣が現れたのだ。
そしてあたりは眩い光に包まれ、私たちは身動きが取れなくなってしまった。
「ようこそ! 救世主たちよ!」
私たちは気がつくと、見覚えのない場所にいた。
松明が円形状に置かれた薄暗く気味の悪い空間。
そこには多くのローブに身を包んだ男たちと中世ヨーロッパ風の騎士たち、そして明らかに高い地位の者であろう若い男がいた。
「なんだよ、コレ……」
「ここはどこ……?」
(ざわざわ……)
このクラスは常に騒いでいないと、気が済まないのか。
しばらくして心の整理ができたのか、学級委員長である藤原玲が前に出た。
「あの……これは一体? 状況説明を求めます。申し遅れました――2年B組の学級委員を務めております、藤原玲と申します」
怯えて震えながらも責任感ゆえ、前に進んでいく姿は実に勇敢であった。
クラスメイトたちも先程とは打って変わって静かになった。
彼女の行く末を心配そうに見守っている。
「もちろんだ! だがその前に――お前たちのステータスを確認させてもらう。かかれ!」
ローブを羽織っていた男たちが一斉にこちらに向かってくる。
それと同時に何やら呪文を唱えて魔法が発動した。
「きゃあ! なに! やめて!」
魔法に驚いた者たちが再び騒ぎ始めた。
中には逃げ惑う者もいたが、最終的には押さえつけられ、嫌々鑑定されていた。
「おお!素晴らしい!」
鑑定結果は以下の通りである。
彼らは40人+2人の中でも選ばれし者たちだ。
神官:川合花菜
剣聖:岩崎陽翔
聖騎士:江口翼
魔法戦士:小泉剛
狂戦士:小室樹
水の魔導士:高橋新
弓使い:伊達勝
神聖魔導士:田中亜幌
武術家:中村大翔
物理化学者:細川伊吹
賢者:村上湊
勇者:山田蓮
大魔法使い:天寺結衣
生物学者:井上莉子
槍術使い:加藤裕子
光の魔導士:川田琴葉
魔法少女:斎藤美咲
天使:坂本玲香
薬剤師:篠田ひまり
暗殺者:手塚由美子
盗賊:夏目美月
ドラグーン:野口芽衣
聖女:橋本桜
先導者:藤原玲
吸血鬼:山田ひかる
ネクロマンサー:和田紬
忍者:渡辺心結
以上、27人。
ここに記された者たちのみ、王城に滞在することを許された。
彼らは召喚主が求めた救世主たちであったのだろう。笑顔で別室に招かれていた。
他の者たちは用済みのようだ。
ステータス測定が終わると、騎士たちに連行されすぐさま城外へ追い出されてしまった。
召喚主のこともこの世界のことも、何も説明がなされないまま捨てられたのである。
まあ逆を言えば、どう生きても構わないということであろう。
「何だよ! あいつら! 勝手に召喚しておいて追い出すとか、ふざけんな!」
怒り狂っているのは、職業テイマーの栗原碧。
いつもクラスの中心にいるチャラ男だ。
「蓮も陽翔も、美月たちまで俺のこと馬鹿にしやがって――」
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