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第九章:知っている顔

ある曇り空の日、ししょくせんせいが言った。


「今日、新しい子がやってくるよ。迎えに行ってくれるかな?」


クマぐるみのぼくは、いつものようにうなずいた。

森の小道を歩き、木の門をくぐる。

見慣れた仕事。

はじめはみんな、泣いたり、無口だったり。

でも、ゆっくり、ゆっくり森になじんでいく。


そう思っていた。

――あの子と目が合うまでは。


門の前にいたのは、まだ少し幼さの残る、制服姿の少年だった。

不安そうな目。ぬれた髪。握りしめた指先。

その姿を見た瞬間、胸の奥が、ざわついた。


(……しってる……?)

なぜか、そう思った。


「こんにちは」

いつもと変わらぬ声で、ぼくは言った。


少年はぎこちなくうなずいた。


「……あの、キミは……クマ……?」


「うん。クマくんだよ。君の、案内役」


その言葉を聞いた少年は、はっとした顔をした。

目が、じっと、ぼくを見つめてくる。

なにかを思い出そうとしているような、探しているような。


そして、ぽつりと呟いた。


「……兄ちゃん、に……ちょっと似てる」


その言葉に、着ぐるみの奥のぼくの中で、何かが一気にほどけた。

記憶の断片が、波のように押し寄せてくる。


―手をつないで歩いた帰り道

―ゲームを一緒にやって、笑った声

―「いいか、ちゃんと守るからな」って言った、あの日の自分


(……ぼくの、弟……)


名前も、顔も、全部忘れていたのに、

心だけが、確かに覚えていた。

この子は、ぼくの大切な誰かだった。



少年はまだ、何も知らない。

これから、着ぐるみを着て、少しずつ“忘れていく”存在。

でも――ぼくの中の“かつてのぼく”が、囁いた。


(せめて、ひとりきりで忘れさせないであげて)


その晩、ぼくはそっと図書室へ行った。

古い白いノートの隅に、震える文字でこう書いた。


「君のことを、ぼくは覚えていた」

「全部は思い出せないけど、大切だったことだけは、ちゃんと残ってる」


ページを閉じて、本棚の奥に隠した。

誰かに見つかるとは思っていない。

それでも、その記憶はもう一度、誰かに届いてほしいと願った。



次の日。

少年は、クマぐるみを着せられた。

まだ少しぶかぶかのその姿で、ぼくの隣に立った。


「……へへ、変なの」

「似合ってるよ」


ぼくがそう言うと、少年は小さく笑った。

その笑顔は、昔と変わらなかった。


ふたりで教室へ向かう道。

ぼくは、もう怖くなかった。

“ふたりのぼく”がいるこの身体に、

また一人、大切な誰かが寄り添ってくれたから。


森の小学校で、

ぼくはまた、ひとつの記憶を守るために、生きている。

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