23
「あの、マーサは朝ごはんはまだでしょう?食べてくるといいわ」
マーサが私の体を心配そうに見た。
「大丈夫よ」
私が見ていると言おうとしたけれど、マーサがいたころのユメアはルイーゼを嫌っていた。その記憶があれば信用などできないだろう。
「……そうですね……。目が覚めたときにおそばにいて差し上げたいからと言っても、食事はとらなければいけませんね……」
そうか。
「目を覚ましたら、いつもマーサはすぐに飛んできてくれたものね」
しまった。
不審な目をマーサに向けられた。
「わ、私、乳母が居なかったから、乳母ってどういう仕事をする人なのか、その、尋ねたことが……あって……」
苦しい言い訳だなと思う。まだマーサはおかしな顔をしている。
「あ、そうだ、マーサの食事を運ばせるわ。部屋で食べれば離れずに済むでしょう?」
逃げ出すように部屋を出て、使用人にマーサの食事を部屋に運ぶように指示した。
部屋に戻ると、ベッドに寝転がり布団を頭までかぶる。
「まるで、小さな子供に戻ったみたいだ」
マーサにあえて嬉しくて甘えたくて、構ってほしくて、気が緩んで……。
近づきすぎてはだめなのに。近づきたい。
話すぎてはだめなのに。もっと話がしたい。
自制できなくて、失言ばかり。
もう、あと1日……いいえ、2日……。3日目には、お母様の話を聞いくから。
お母様の名誉を回復したあとは、ユメアが公爵令嬢ではなかった事実も明らかにして、罪を受け入れるから……。
マーサのいる部屋の壁に耳を当てれば声が聞こえてくる。
「ルイーゼお嬢様、目を空けて私の姿を見たら驚くかもしれませんね。3年の間にずいぶん白髪が増えてしまったんですよ」
「ルイーゼお嬢様、さぁ、少し体の向きを変えましょうね。ずっと同じ格好ではだめだとお医者様がおっしゃってましたからね」
幸せ。
「ルイーゼお嬢様、退屈していませんか、お歌を歌って差し上げますね」
聞こえてきたのは、昔よく子守唄代わりにマーサが歌ってくれた歌だ。
途中から私も歌いだして……。
マーサの歌に合わせて歌う。
子守歌としては全く役に立たなかったのよね。
でも、二人で終わりまで歌い終わると、お母様がやってきて拍手をしてくれたっけ。
庭に出ると、何かもめている声が聞こえた。
何かしら?
近づくと、門番が押し問答している。
「今は誰も入れるなと命じられています」
ああ、お父様が命じたのね。そりゃ、ルイーゼお姉様の容態を知られるわけにはいかないものね。
「では、無事かどうかだけでも教えてもらえないだろうか」
この声……。
小走りで門まで近づく。
「カーク様」




