20
次の日には、お母様が生きていた時に働いていた使用人が何人かやってきた。
そして、日もすっかり落ちた夜遅くに、マーサが息を切らして部屋のドアを叩いた。
小さくドアを開いて隙間からマーサの姿を見る。
「ルイーゼお嬢様は?お嬢様は大丈夫なんですか?」
マーサは鞄一つだ。
身の回りの物をとりあえず突っ込んで慌てて家を出てきたのだろう。
こんな夜遅くだというのに……日が昇るのも待たずに駆けつけてくれた。
だめだ。泣いてしまう。
マーサが部屋に入るのを見届けて、音をたてないようにドアを閉めた。
私の体はもともと私が過ごしていた部屋に横たわっている。ユメアが来てからはユメアの部屋になった。
その部屋の隣に私はいる。
壁に耳を当てて、マーサの声を聴いている。
「ああ、お嬢様、おつらかったでしょう。美しい顔が腫れていますね。すぐに冷やしましょう」
廊下に出て水と手拭いを取りに行ったのだろう。すぐに戻ってくるとまた、私の体に話かけている。
「ほら、こんなに腫れて熱を持っているから、気持ちいいでしょう?大丈夫よ、打撲なんてすぐに直るわ。すぐに元通りの別嬪さんよ」
マーサ……。
「ふふ、そういえば、4歳のころに階段を転げ落ちたことがあったのは覚えてますか?あの時も大丈夫だったんですから、階段から落ちたくらいで……お嬢様、きっと、大丈夫……ですよ……。お嬢様……」
マーサの嗚咽が聞こえてきた。
ああ、マーサ、マーサ!
私のために泣いてくれている。
壁に縋り付いて、声を殺して私も泣いた。
今すぐにでも、隣の部屋に飛び込んで、マーサに抱き着きたい。
マーサ、マーサっ!
あああああっ。
気が付くと夜が明けていた。
ベッドを降りると、壁に張り付く。
隣から何も聞こえてこない。
「おはようございます」
部屋に、私付きとなった侍女が入ってきた。
「おはようメイ」
メイが驚いた顔をしている。
「おはようございますユメアお嬢様」
あ、そうだ……私はユメアだ。
5年ぶりになるだろうか。メイは、ユメアが家にやってきたのと同じころに出産を理由に辞めていったんだ。
ほぼユメアとの面識もないのに、名前を知っているのもおかしいか?
「家令のセバスに聞いたのよ。私の侍女になるメイでしょ?」
「はい。よろしくお願いします。朝の準備の手伝いをさせていただきます。まずはお着替えを」
ふふ、良く手伝ってもらったなぁ。
他の侍女が着替えを手伝うときと違って、メイはなぜか右腕の袖を抜いてから左腕の袖を抜く。
思い出しながら右手を前に出すと、慣れた手つきでメイは袖を引っ張った。
次に左腕。
袖が裏返らなくて服を傷つけずに済むとかなんとか言ってたかな?
そのまま着替えを手伝ってもらうと、メイが変な表情をしている。
「どこか、変?」
鏡に姿を映すと、ユメアがピンクのドレスを着て立っている。
ああ、そうだ。私はユメアだ。何度も忘れそうになる。
「その……まるでルイーゼお嬢様の……いえ、なんでもありません」
しまった。言われる前に手も足も頭も動かしちゃったけど、メイがどう着替えさせてくれるかを知ってるわけなかったんだわ。
はい、次は右足を上げてください、その次は左足です、後ろを向いてください……と、小さいころずっと聞いていたメイの言葉を脳内で再生させていた。
気をつけないといけない。




