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「今まで通りではないと言うと?」
印象付けるためにしっかりした口調で尋ねる。
「頭……その中にある脳が傷つくと、それが原因で体が動かなくなることがあるのです」
「ああ、時々倒れたあとに、歩けなくなったり、体の半分が動かなくなる人がいると聞いたことがありますが、そうなってしまうってことですか?」
医師がうんと頷く。
「そうです。そればかりではなく、話ができなくなることがあったり、記憶を失ってしまうこともあります」
「記憶を失う……?別の人のようになってしまうとか?」
医師が私が期待した通りの言葉を返してくれた。
「そうですね、記憶を失い別人のようになってしまうことがあります。……記憶はあるけれど別人のように変わってしまうこともありますよ。穏やかだった人が急に乱暴になるとか、逆もありますが……人によっては、悪魔にとりつかれたという表現をすることもありますね」
これなら、例え目を覚まして「私が本物のユメアよ!」と言い出したとしても、誰も取り合ってくれないだろう。
医師の診察が終わり、報告のため父の執務室の前まで来ると、怒鳴り声が部屋から漏れ聞こえてきた。
部屋に入る前に立ち止まって聞き耳を立てる。
「どういうことだと聞いている!使用人が一斉にやめるなど前代未聞だぞ!」
なるほど。
毒殺犯に仕立て上げられるのを恐れて、逃げ出したというわけね。
それとも、公爵家が泥船だと思って逃げ出したか。
「紹介状を出してやらんとでも言え!」
「いえ、すでに紹介状はいらないからすぐにやめると言う話でして……」
家令の声だ。
「じゃあ、退職金も給料もやらんと言ってやれ!」
……紹介状も出さない、働いた分の給料も出さないなんて、公爵家の不評がますます広がるだけなのに……。
「退職金はまだしも、先月分と今月10日間の給料まで払わないというのは……」
「急に辞めるんだ、迷惑料としてこっちが金を払ってもらいたいくらいだ!」
とんでもないことを言い出したな。
「未来の王妃であるかわいいユメアの世話ができるんだぞ?何が不満なんだ!まさか、給料か?王妃の世話をするのに安いとでも言うのか?……まてよ、確かに、今の倍だ。倍の給料を提示して、新しい使用人を、もっと優秀なやつを引き抜いてこい!いいか、すぐにだ、分かったな!」
ふぅーん。今の倍の給料ね。
「給料を、倍……ですか?それなら残ると言う者も……」
ダンっと乱暴に机をたたく音が聞こえる。
「残りたいと言う者は給料半分だ!一度辞めると言った者なんか使えるかっ!もっと優秀な者を集めるんだ庶民なんか必要ない」
家令の言葉が聞こえる。
「……私には到底無理です。私も、辞めさせていただき」
これはだめだわ。家令にはまだいてもらわないと。
慌てて部屋に入る。