16使用人
使用人視点です
**使用人の一人視点**
もう、おしまいだ。
紹介状がなければ、貴族のお屋敷で働くことができなくなる。
紹介状を書いてもらえば、毒を入れていたと書かれる?そんな紹介状なんてくれと言えるわけがない。
どうして、ただ、少しカビタパンを出しただけなのに。
それをみてユメア様は注意もせずにニヤニヤ笑っていたのに。
今になってなぜ?
いいや、あれはむしろ、ユメア様なりの優しさだ。
逃げろと。
アレン殿下が原因で、ルイーゼ様が大けがをして帰ってきた。
このまま命を落とすような怪我……。
いや、あれはもう駄目だろう。
ユメア様はルイーゼ様が庶民になったと言っていたけれど、公爵令嬢でなくなっただけだ。
その身に流れる血は、王家の血も入っている。薄い血だが、母親である辺境伯にも何代か前に王女が嫁いだと聞いている。
……曽祖母その前か。
父親が公爵ではなかったとしても、庶民になるわけではないだろう。
ユメア様がそう言うので合わせてはいたが……。
貴族のお屋敷で働くときに口を酸っぱくして言われた。
貴族が貴族を傷つけるだけでも厳しい処罰が下るのだ、庶民が貴族を傷つければ首が飛びと。
知っていたのに。
ユメアお嬢様が何とかしてくれる、公爵様がなんとかしてくれる。
だって、ルイーゼ様は嫌われているから。
ルイーゼ様に優しくすれば仕事を失ってしまうから。
だから、皆がしているのと同じようにカビの生えたパンを運んだ。
冬には暖炉の火を入れず、お湯の代わりに水を運んだ。
だが、一線を超えているつもりはなかった。
だって、他の使用人はもっとひどかったから。
服に針を仕込んでいた。
流石に血を流させたらまずいだろうと心の中でどうなっても知らないと思いながら見ていた。
お湯の代わりに雑巾を洗った水を運んでいた。
あれでも皇太子の婚約者なのだから、匂いが出るようなことをしては使用人が仕事をさぼっていると思わたらどうするつもりだとひやひやしながら見ていた。
真冬に靴をびしょ濡れにしていた者もいた。
それに比べたら私は大したことをしていないのに。
ユメアお嬢様が言った通りだ。
もしルイーゼ様が亡くなれば原因となったアレン殿下がおとがめなしというわけにはいかないだろう。
貴族が貴族を傷つけても処罰されるのだ。王族もまたしかり。
このルールを守らなければ、上位貴族は下位貴族を傷つけまくるだろう。
王族も、気に入らない貴族を殺しても何の罪にも問われなければ、国が成り立たなくなってしまう。
怪我をさせたくらいならば謹慎処分くらいで済むだろうが……。
もし、ルイーゼ様が死んでしまったら……。
ユメア様の言う通りだ。そんなことはあってはならない。
王太子は唯一の王子。代わりを探すのは大変だ。今の王族とはほとんど顔を合わせたこともないような者が国を治めることになる。
今力を持っている者たちが反発するかもしれない。
罪を犯したアレン殿下の罪をなかったことにするのが早いと考える者も当然いるだろう。
皆の前でルイーゼ様は怪我を負わされたとなれば……。
死んだのは怪我のせいではなく使用人が毒を盛ったからと、罪を着せられる。
もしかしたらそうするために、ルイーゼ様は公爵家に運ばれてきたのかもしれない。
酷い怪我を負ったのなら移動させるのも体に障る。王宮で、王宮医師に見せるはずだ。
まずいまずいまずい。
ルイーゼ様は今日にも死ぬかもしれない。
死んだときに屋敷に残ってい者が犯人にされるだろう。
紹介状がなくても辞めるしかない。
ああだけど、辞めたからといってどうしたらいいのか。
公爵家で働いているのよ?それに比べてあなたたちはかわいそうね~なんて言っていた友達には合わせる顔がない。
実家は商家だ。大商人の娘ということで公爵家で働き始めた。
親は根っからの商売人で損得でしか物事を考えられない。
紹介状を持たされず仕事を辞めた娘など価値がないどころか勘当され家に一歩も入れてもらえないだろう。
いや、待てよ?
大々的に王宮で行われた殿下の卒業祝賀パーティーだ。
参加者の口を全員塞ぐことは難しいだろう。アレン殿下がルイーゼ様に怪我を負わせたことはすでに話を持ち帰った貴族の口、その使用人、情報屋、いろいろな者の口から広まっているはずだ。
父の耳にも届いているはず。
しかし、その情報は王宮での出来事。
ルイーゼ様の怪我の状況までは知らないはず。公爵家で働いていた私が、情報を持って帰れば、父も迎え入れてくれるはずだ。
飛び切りの情報なのだから。
ルイーゼ様は怪我がもとで命を落とすという。
「なんだと?アレン殿下がルイーゼ様に怪我をさせたというのは聞いていたが、そんなにひどいのか?」
父はすぐにこの情報に食いついた。
「はい。公爵家でこのまま働いてれば、怪我で死んだことを隠すために使用人が毒を盛ったと罪をなすりつけられる可能性があり逃げ出して来ました」
こんな時は損得でしかものを考えられない両親がありがたい。
「そうか、もしお前が犯人されていたらうちの商会はおしまいだった。いい判断だ」
ほらね。
「しかし、商売のチャンスかもしれないな。確か、6代前の王子が隣国の王女に婿入りしていたはずだ。それから先隣国は王子が即位しているからな。男系男子が確実に残っている」
隣国?
「この情報を伝えれば、隣国は喜んで第二王子をアレン殿下の代わりの皇太子としてよこすだろう」
それって、半分国が隣国に乗っ取られるようなもの?
「大丈夫なんですか?それじゃあ、この国は、隣国の……」
「さぁな、属国扱いか、後々は吸収されるか」
「お父様、それは流石に……」
父がニヤニヤしながら頭の中で損得勘定を始めている。
「大丈夫だ。情報と交換で立場を保証してもらうさ。まずは証拠集めだ。どの医師が診察したかは分かるか?他の使用人の証言も欲しいな。それから……」
なるほど。情報を渡し、そのあと証拠を小出しにしていくのか。
商会の価値を最大限に売り込む。
「まぁ、王室御用達とまでいかなくとも、隣国貴族とのつながりができればめっけもんだ。この国がダメになっても隣国で商売が続けられればいいさ。このままでは、この国はおしまいだろうからな」
国の存亡よりも、商売か。じつに父らしいな。
「お前は公爵家の情報を探ってこい。いつ死んだか、死んだら死体をどうしたか、どこかに隠すために運ぶか、敷地の片隅にでも埋めるか、いいな。公爵家の使用人に知り合いはいるだろう、うまくやれ」
父から金の入った袋を渡される。
「はい、お父様」
鼻の利く父がこの国を見限る。いいや、自ら国を滅びへと導くのか。
いいや。自らというのはおかしな話だ。
この国を亡ぼすのはアレン殿下だ。
階段から落ちたところまでは事故で片付けられただろうに。
そのあと本で頭を殴りつけたらしい。そのあとルイーゼ様は意識を失ったらしい。
ここまで詳細な話がすでに父の耳にまで届いている。
明日には町中に広まるだろうか。
ルイーゼ様がその後どうなったのかと気にする者は多い。
亡くなったあとに流れる噂もあっという間に広がるだろう。
いくらアレン殿下を非難する声を不敬だと取り締まろうとしても、その時にはもう遅いだろう。
むしろ、噂の真実味が増すだけだ。