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いつか、こんな日が来るのではないかと、どこかで思っていた。
「ルイーゼ、お前との婚約を破棄する」
学園の卒業式を終え、王太子の祝賀パーティー。
大広間に降りる大階段の上で王太子アレン様に言われた。
本来なら、パーティーの主役である王太子殿下は、婚約者である侯爵令嬢である私の手をとり大階段を皆に祝福されながら降りていくという、その場面で。
皆の注目が集まっている中、私の手を取らずに、アレン殿下が宣言した。
どよめく会場。
殿下の柔らかな金の髪が揺れ、後ろを振り返る。
「さぁ、行こう」
殿下の後ろから、ストロベリーブロンドの軽くウェーブ下髪を左右の高い位置で結んだ義妹が現れた。
「婚約破棄の理由をお聞きしても?まさか、真実の愛を見つけたなどという、物語のような理由ではありませんわよね?」
流石に、この会話は他の者に聞かせるわけにはいかないと、殿下に顔を近づけ声を潜める。
そのような浮ついた理由で婚約破棄をしてしまえば、王家の威信にかかわる。
王太子の愚かさを世の中に広めるようなもの。
「近づくなっ!汚らわしい!」
小さな声が聞き取れるようにと近づいただけなのに、アレン様は過剰に反応した。
殿下の右腕に体を押し付けている義妹のように私も殿下の体に身を寄せるとでも思われたのだろうか。
触れられたくもないと、大きく腕を振る殿下の姿を、大階段を落下しながら目に入れる。
ニヤッと笑う義妹の顔が見えた。
ゴロゴロと30段はある階段を転げ落ちた。
「きゃーっ!」
悲鳴が聞こえる。
「殿下、何と言うことを!」
と、私の身を案じる声も聞こえる。
痛い、体中が。
でも、立ち上がらなければ。
もしここで、故意ではなかったとしても私が怪我を負ってしまえば、王太子殿下にも処罰が下る。
痛みをこらえながら、何とか上半身を起こす。
「大丈夫ですか」
子爵令息のカーク様が私に手を差し伸べる。
「手を貸さす必要などない!」
子爵令息はぴたりと手を止めたけれど、その顔は不満げだ。
「すぐにで医者に見せないと」
カーク様が医者を呼びに行くためか立ち上がった。
「余計なことをするな、ルイーゼはもはや公爵令嬢ではない、ただの罪人だ」
アレン殿下の言葉に、会場のざわめきは再び大きくなる。
「罪人……、私……が?」
むしろ、アレン様の方が、王太子とはいえ私を突き落として怪我を負わせた罪を問われるというのに。
意味が分からないでいると、アレン様が、義妹のユメアの手から本を1冊受け取った。
「これは、そこにいる罪人ルイーゼの母親の日記だ」
え?お母様が残した日記?亡くなったあと、お母様の遺品の整理には立ち会ったけど、日記なんて見当たらなかった。