第1話 ダンジョンバトルチュートリアル
ひとつ、この世界は未知に覆われている。手の届かない天の先にある広大なる宇宙星々そしてそれよりももっと身近、世界各地で続々と発見されていった未知の空間に繋がる入り口、外部亜空間を総称してダンジョンと人は呼ぶだろう。
ふたつ、昔はダンジョン探索者育成専門学校なるものも存在していたが学生の遭難事故が絶えずその危険性がいつの日か問題視されるようになり、結果、続々と廃校が決定。それに伴い関連団体の多くも解体もしくはその規模を縮小された。一部の学校では流行に乗りダンジョン部なるものも創設されたが……これもまた闇に葬られてしまった。
みっつ、発見報告で見つかったダンジョンはその入り口を封鎖工事される。その身近さ故にふらっと引き寄せられる者が多いからだ。厳しく特殊な訓練を受けた極一部のスペシャリストたちが国や世界政府の命を受けて準備万端で挑むのがダンジョンに挑む正当な道であり、結局現在ダンジョンは一般市民にとっては世に気まぐれに現れる災害の一種であり多くが無関係な空間なのである。
しかし、ダンジョンとは世に発生した草創期元々は災害という意味の日常ではなく。裏返せば身近で興味心のくすぐられる自由な存在であった。興味を持ち勇気を持ちはたまた一攫千金などの夢を持ち行き来していた世代がいた事もまた事実。
黒歴史というにはその挑戦と失敗の歴史は浅い、そんな短くも濃いグレーな時代背景もあってか……
世にはダンジョンの魅せる魔力に取り憑かれてしまいあえて邪道をゆく者もいる……。
さわやかな早朝の校門前でひとり突っ立ちその赤い目をギラリと凝らす者がいる。
(はずれ、はずれ、はずれ、スカ、オーラなし……今年の新入生もスカばかりか)
青い上下ジャージを着た、青いロングヘア。竹刀を杖代わりにしドンと見晴らしのいい中央に鎮座するその存在を、緑のブレザーを着た学生たちはどうも近寄り難く避けて通っていく。
すれちがう九割九分がスキルなし一分がダンジョンで使用可能なスキルを持つ。魔に満ちた赤い目はその1パーセントの存在を…………。
(緑のブレザー、いや……これは……微かなミドリのオーラ……! ────風か植物に関するタイプか……回復系!)
じっと遠くから訝しみを深め……やがてハッと極限までおおきく見開いた。その赤い目の視界に入ってしまった至って普通の容姿をした黒髪黒目の男子学生は、呼び止められた。
「おいそこの生徒」
「おれ? ……はい?」
「ここは学びの場まずは先生にあいさつをしようじゃないか」
「あ、おはよう……ございます?」
「よし、ついて来い」
「よし? ええ!? ちょっ────」
▼
▽
▼第イチ体育倉庫(閉鎖中)▼
連れられてきた謎の古い体育倉庫のなか……。
人目があるとまずいという事で閉じられたそのなかで、既に先生が初対面の生徒へと話を聞かせて、なにやら熱烈な勧誘行為をしていた。
「────────てことでダンジョン部に入れ。私がこの目で確認したところお前にはちょっとした未知の才能がある」
「はは……ダンジョン部? ダンジョンってたしか……えっと、先生? そんなの危ないしあるわけ……あの俺ここ来たばかりの1年でもう教室に行かないと遅れ──」
話す内容の荒唐無稽さに苦笑いを浮かべ、男子生徒が閉ざされた重い扉にそろそろと手を付けようとしたそのとき──
パンッ。
素早い平手が生徒の右上の青扉に突き刺さっている、あまりの唐突な出来事とその音に彼はびっくりしその背を振り返ると。
現在の状況……ここを出ようとした男子生徒は女教師に壁ドンならぬ壁パンされてしまっていた。
心臓を打たれるような音と、前のめりに見つめてくる見知らぬ女教師の圧と、まったく理解不能な謎の行動の連続に彼が身じろいでいると……。
見つめられる長ったらしい時と共に────
じっと近付く圧と息遣い、
おおきく覆われていくカゲ、
パーソナルスペースを悠々と侵していく目の前迫る青髪赤目のアクションに、
「え、え?」
「お前はダンジョン部以外ありえない。ハイか入るか返事は?」
「いや無茶苦茶……ちょほんともう行きま」
これ以上の接近はおかしい。
おかしな人だと呆れてその青ジャージのつくる牢の隙間を抜け出そうとすると──うなじに電撃がはしった。
それは一瞬のことだった。
鋭い痛みがうなじから全身に伝うと、目はぼんやりとうつろに……意識がトんでいく。
やがて、青いジャージの胸元へと力なくもたれかかる生徒を、ギュッと抱きとめて……
薄暗い第イチ体育倉庫内の、赤い瞳がニヤりと灯った。
▼
▽
閉鎖された青と赤の夢から覚めるとそこは────────
「────ンん…………んぁ?」
寝そべる天は濁ったシャボン玉の色合いのようで、まったく訳が分からない。
夢でもこんなのは気持ちが悪いものであり、それでいてやけにハッキリと視界に映っていて瞬きしても混ざり合うようにゆっくりとその色が動いているだけである。
数秒ソレをぼーっと眺めても彼は釈然としない。
やけに身体が冷える、夢のナカでそんなのは初めてだ。
体育倉庫に居た彼は全然違った様相の景色の中に今いる、この光景がなんなのか考えども凝らせども納得のいく解にはたどり着けやしない。
くるくると巻かれたミドリのマットを枕に知らない床に寝ていた。
じゃりつく土色の床だ。寝心地はきっと良くない。
寝覚め悪くボサボサの黒髪が起きる──そして手をつきゆっくりと上体を起こすと、
ミドリのジャージを着た青い髪……そんなすこし何かの色違いな気がするものと醸し出される雰囲気にあてられデジャヴする。
見てはいないけどどこかで見たような背姿がお目覚めの彼の目の先にあった。
不気味な程に静寂に包まれた空間でちいさな気配と音に気付いたのか、ソレはうしろの彼へとパッと振り向いた。
その女性の表情は明るく元気な赤い目をしている。
彼が夢で覚えているあの目だ。
男子生徒はそんな印象的な赤い色をふたつ見つけ、ハッとじぶんの目を見開いた。
「ん? 回復系男子生徒起きたか! ならッ、ダンジョン部の絶対的顧問、雷夏ちゃん先生の新入部員に捧ぐダンジョンバトルチュートリアルといこうかァァ!!!」
「な、なに!? バトルチュート??? マエぇッなんかいる!?」
不意にカタチを成し現れた鼠色の鼠顔、全高170cm程の不気味な人形のような敵がふにゃふにゃとした手足で雷夏へと迫る。
「なんかいれば先ずは! 斬ィィィる」
取り出したちいさな木片から光が発する──何が出るか、種類が分かっていた武器を召喚。
右手に取るシンプルな鉄の刀を地から左上へとしなやかかつ素速く払い、敵の殴る手より何手も速く威勢の良い掛け声とともに、左腕と胴をブッた斬った。
パリン、砕けはじけるような音がポップに鳴る。
彼女の目の前がすぐさま数多の鼠色の三角片へと分解されていき、ダメージ限界を迎えたバケモノの存在が失せていく。
「ダンジョンでは当然武器が必要だ。武器はチップと呼ばれる小さな板から入手召喚できる。乱暴に扱いすぎると壊れてしまうからな取り扱いには注意だぞ♡存分に刃を労わりながらド派手に痛めつけるように手早く斬れ!」
一殺一仕事をした刀を勇ましく地に払い、振り返りながら生徒の目を見て得意気にさっきの流れを先生は説明をしている。
呑気に説明をしている間にも男子生徒はまた必死に何度も指を指す。
彼が必死に指すのは先生ではない──そのウシロ、さっきと似たような敵がもうそこまで来ているのだ。
「ははは次ィィィに、」
「きてッ!!! あっ!?」
そんな男子生徒の鬼気迫る指摘ジェスチャーもむなしく……先生は生徒の方を向いたままニヤついたとぼけ顔をしている。
そしてあらぬ方向にぐねった鼠色の腕が重く叩きつける、迫る危機に余裕をかましていた雷夏は鼠人形のモンスターに体を殴りつけられてしまった。
その結果の乾いた打撃音が空間に響く。
「ふふふふふ必死か、安心しろこの程度で絶対的先生はしっなーーーーん!」
敵へと素早く向き直った防御態勢。
しっかりと畳んだ腕でガードを固め受け止めることに成功。敵の攻撃のインパクト時に微かに見えた、彼女を覆った青透明のおおきな卵型の膜が光り煌めいた。
「ブッ刺す受け取れっ!!! ────ひゅふぅーー……DSシールド値。略さず言うとダンジョンソウルシールドの値だ。ソウルは魂や精神、気合いの意味があるだろ! 気合いで作った精神の膜が探索者を守る基本の盾と言っていい。こうして攻撃を受けると当然モノは減る。やがて膜はひび割れて失せる、それをシールドブレイク状態という! 我々人類のやっわい身体のやっわい生命が剥き出しで敵に晒されるパッリ~~ンと死に近付くヤバイ状態ということだ! わかったな!」
既に鼠人形の気味の悪い面に右に溜めた刃を鋭く突き刺しながら殴り飛ばしていた。
あまりの鋭さに彼方へ吹っ飛んでいったバケモノはやがて四散。
「次にィィィ」
ビッと風を鳴らし刀を横払い、前傾姿勢そのままどこからか湧いてきていた敵の第二陣へと勇ましくも青と緑の背姿は駆けていった。
「Dオーラ解放。砕けッでええええええあああああ!」
解放──刀身に青く荒い炎のようなオーラを纏わせる。
素速く迫りやがて跳躍急襲──
そして頭より尻が上になるほどの勢いで、天から刃を振り下ろして敵集団をまとめて面打つ。
面打ち地まで打つ。
並々ならぬ青いオーラが地を砕く。
そのままやがて壊れた噴水のように豪快に溢れ湧くオーラが、判断の遅い鼠の集団を巻き込み……まとめてアオく滅した。
目に映るその衝撃の破壊行動は鼠人形たちとの戦闘の終了を意味する──────
全てを雷夏のオーラ色に染め上げ焼き加減はげしく平らげた。
土色を砕きさらに焦がして白煙がしゅーしゅーと……ついさっき出来上がってしまった力強いクレーターアートから上っていく。
そして遠くにいた人物は振り返りゆっくりとした足取りで、一歩一歩味わうように誰かに味わわせるように近づいていく。
近付いていく────男子生徒へと……のぼりつづける白煙をバックに、高まったテンションで熱く彼女は語りかけながら。
「今夏ちゃん先生がやってみせたのはDオーラをすこしノセたただの初歩的な斬撃だ。DオーラとはDはただのダンジョンでオーラ量。分かりやすくいえばRPGのMPといったところだ。というかその認識でいい! 膜とはまた違った利用方法の多いモノだと覚えておけ。ただし無駄撃ちには気をつけろよ♡」
不意にでたエネルギッシュに煌めく赤色のウインク。
チャーミングなそれを受けて余計に受け取った側は彼女のテンションについていけず困惑顔が深まっていく。先ほどの破壊行動とその笑顔のギャップもあわせて……。
何を言っているのかほとんど分からない……男子生徒の耳には理解追いつかず彼女の言う懇切丁寧らしきどれもが念仏に聞こえた。
そして、それよりも……。
それよりもききたい。
とにかくここが何処なのか分からなくて不安で不安で彼はたいへん気になった。
本当に不安気な表情で身を縮こませなんとか立ち上がっていた男子生徒は、先生にそれはそれは非常にシンプルなことばで質問をぶつける。
「あの分からないんですけど……ここ……どこですか!??」
「フフフふふ……はっはっは────分かれよ寝坊助、ダンジョンだ♡」
剥き出しの刀身を肩に担ぎのせ、斬れない棟のほうで小刻みにリズム良く首筋を打つ。
赤い瞳はワラっている。この人はよく笑う。
それは正気か狂気かどうかは彼には判別はつかず、ただただ彼の目に映る……。
其処にいる雷夏ちゃん先生のこれまでの表情仕草声色スベテが、こどもが広い庭ではしゃぐように楽しそうに見えてしまっていた。
ダンジョン部顧問雷夏ちゃん先生の懇切丁寧なバトルチュートリアルその①は終了し、辺りの敵をついでに殲滅した。
そして、ダンジョン。
先生からおどけるように発されたそのワードを聞き唖然とする少年。
そんなはずはないだろうと……先ほどのバトルの説明以上にここがこの場がこの空気が『ダンジョンだ♡』とは訳が分からなく、とりあえず持て余していた手は頭を掻く。
しかしいくら黒髪を掻いても、どうしようもない。なんでそんな進入禁止で行方不明者が出るほど危険だと言われているうわさの場所。その親しみやすいゲームじみた名前をかえて、ニュース災害警報で時たま目にするさらにその奥に……ただの今春4月高校1年生になる自分がいるのかが理解できない。
この土色の地面と濁るシャボンの空間がダンジョンだと先生は生徒に言う。
生徒はダンジョンを知らない、ネットの情報などでまた聞きし少し知っていても生のダンジョンを知らない。自分がそこにいるなどやはりわかるはずもなく聞き返すしかなかった。
「ここがダンジョン……?」
「そうだこここそダーーーーンジョンっ!」
生徒の目の前の人物はすらり長い脚をクロス、手をおおきくいっぱいに風船でも膨らませるように広げて、陽気にようこそと出迎える。
快活に笑う青髪ロングとは対照的に……苦い顔をした緑ブレザーの高校生はもう一度辺りをキョロキョロと見回して────
「……えええええダンジョンなんでェ!?」
息を溜めて今一度おおきく驚いてみせた。
「なんでぇ? シールド値がピンピンにマックスになったんだそんなのダンジョンに行くに決まってるだろ? ははははは」
大袈裟な彼のリアクションには答えて笑い飛ばす。
そしてビュンビュンと元気よく二度、握る鉄刀を虚空に躍らせた。
「じゃ、いくぞこのステージはまだ終わっていない。そこの荷物を持って雷夏ちゃん先生に付いて来い!」
「ええ!?」
その場でえっほえっほ急かすようにおどけた足踏みをし始め、そのままどこかへと青い髪をはねさせ駆けてゆく。
こんな不気味で異質な空間でも明るく笑う雷夏先生に置いていかれないように……焦る。
説明されてもどんよりとした不安が解消されていない男子生徒は、今は先生の言葉通りに、慌てながらも置かれていた荷物を背負い後を付いていった。
▼
▽
代わり映えのしない広大なエリアを探索すること数分────
またさっきと同じ種類の気味の悪い鼠の集団と遭遇してしまい、襲い襲われるのが当然のルールのように始まった戦闘。
先生はさっきのチュートリアルと同じように鉄の刀を握り躍動し慣れたように鼠達を処理していった。
そしてあれよあれよと倒していき、ご丁寧に残していた一匹と対峙し攻撃をいなしながら注意を引き付けて、
「よぉし、今だ撃て!!!」
余裕を持った実戦にて援護射撃のタイミングを指示。
生徒はこの威勢の良い声に覚悟を決め、指示通りにやった事のない狙いを付けてターゲットから15m程離れた距離から数発撃つ。
トリガーを引き銃口から撃ち放たれたピンクのエネルギー弾、その放った連射が鼠に2発当たった。
ラッキーにも撃ち抜いた右脇腹と左肩口をジワリ染め上げて、致命傷──
先生が散々その刀でしていたようにパリンと三角片に砕け散りターゲットにした敵が滅されていく。
銃口と見据える彼の目の先に居た敵を倒した。ぼーっと破片の散る前方を確認し、生徒は次に両手でしっかりと構え持っていたガンを今更ながら確認した。
チップから召喚し先生に貸し出してもらった物はいかにも未来的な銃のフォルム。彼が見たことがないものだ。一般的に想像し得るハンドガンにしては少し大きくがっしりとしている。上部は白、下部握り手トリガーは黒く、広い台形の銃口から実弾ではなくピンクのエネルギーガンが飛んでいったと思われる。銃口から上る熱い白煙が少しだけ現実感を演出しているようであった……。
「ほぉ冷静に当ててくれるとはやるじゃないか! どうだそのチップはガンだぞガン、エネルギーガン。このノット銃社会な日亜国でSF地味た兵器をぶっ放せるなんて特別アガるだろ新入部員? さぞ男のロマンってヤツを感じたことだろう」
語り終わりに左でつくった手銃でウインクしながら生徒を撃つ。不意にお茶目に身体を空砲で射抜かれても……男子生徒は初戦闘で高ぶる脳での情報の処理がどうも追いつかず……。自分が敵を撃ち殺したという事実でさえあいまいであり返す言葉があまり出てこず困った。ただただ感情が錯綜し、困った。
「ロマン……というか俺イロイロとそんなの感じてるどころじゃ……。あとなんか倒したら浮いてきたんですけど……」
生徒はチカラなくへなっとした指でソレを差し示す。
なにやらヘタな絵が描かれた木片がそこに存在を誇示するように浮いている。
取ってくださいと言わんばかりの手頃な位置に、ふわりと。
「ん、それは? ほぉほぉまたネズミかぁ……! ──あぁ、そうだアジのある絵の描かれたそれは切符チップだな。てことでやったな、それを見つけたらこのステージにもうそれほど用はないという事だ」
「……きっぷチップ?」
歩き──パシリ、いい音を鳴らしそれを豪快に手に取ってみせた先生は疑問ばかりを浮かべる生徒をくすりと笑う。
そして目を見て一度深く頷きしっかりと説明を始めた。
「んーーーー先生はこの未知の外界であるダンジョンのランダムシステムみたいなものだと聞いたなぁ。1ステージ1ステージ一歩一歩、このどこまでも広大であろう先に進むための分かりやすい切符がいるだろ? モンスターを倒したりエリアを探索していれば見つかるぞ。あぁ、あと飽きさせないようにかは知らんがこの先電車旅のように景色も変わっていく。様変わる環境に適応できるよう常に心掛けておけよーー回復系男子生徒!」
先生の話を真面目に聞いていた生徒であるが……ある言葉が彼のナカで喉に刺さって気になり仕方のない魚の骨のようにつっかえ引っかかり、
「先へ? え、ちょっと! 行くのは先じゃなくってこれどうやって帰るんです!?」
必死に浮かんだ疑問をぶつける。それは彼にとって解消されなければならない問題だ。
そんな男子生徒は溜まった唾をぐっと飲み込み────顎に手をやり考え込む目の前の青髪女教師を見つめる。
ただただ見つめ続ける……。
にやにやと目を細めて顎をさすりあそぶ動作の果ての……もったいぶった返答を待つ。
「なんだ男の子がもう帰りの心配かぁ? ふふ、安心しろ帰りの切符を手に入れれば帰れるぞ。稀に落ちているから人数分探せばいい」
安心しろ、さきに聞こえてきたその先生の言葉と落ち着いたトーンにすこし安堵し……生徒はやっと息をひとつ吐き胸をなでおろす。
「はぁーっ、なんだぁ……そうなんすか。──ん、稀に……? …………えっと、その帰りの切符ぅ?」
「ははははは、ふふふ、ふっふーー……今はない!!!」
さっき見たような気のするお茶目な手銃に撃たれた。
雷夏ちゃん先生のふざけた態度のそれは決して可愛いものなどではなく。
ネズミの落書きが描かれたなぞの片道切符しかないという現状に……さぁーっと、男子生徒の表情は小天国からド地獄へと青ざめていった。
緑蜜高等学校第イチ体育倉庫から目覚めたら入場。
そして夢の中のステージからステージへと乗りついでいく片道切符……アジのある鼠の絵の描かれた切符チップを使用。
雷夏と回復系男子生徒の2人は先を目指し、用のなくなったステージからぶわりと魔法のように存在が消えて行った。
▼
▽
バチバチと雷電伴う演出で2人は召喚され、辿り着いた先は────────ネズミ工場だった。
鬱々とした風通しの悪そうなやけに広大な工場内。
ウィーンと響く機械の稼働音と謎のガイド光が騒がしく。
ベルトコンベアに灰色が運ばれていっている……つい先程直立する姿をどこかで見た事のある力なく横倒れの人形たち。
その光景はまさに異様で突拍子もないモノであった。
「え……先生……なん……」
「あぁヤバイなこれは……工場だ。ははははは」
「工場!? ええ、さっきのモンスターの!? なんですかそれええええ」
「どうやらあの切符チップは先程のようなイージーな鼠駆除のチュートリアルではなく、こんどは鼠達が我々を駆除歓迎する為のトラップだったようだな! ふふ」
「そんな馬鹿な……えでもこいつらまだ動いて」
「あぁいいから質問ばかりしてないで援護射撃の準備だ、ダンジョンで怠けていたら死ぬぞ! 渡したチップは全部使っていい! どこかにある生産機能を破壊するから先生の後ろにぴったり付いてきて援護しろ、ほらみろもう来るぞ! ならばこちらも同じく覚悟だ! イクゾ!」
「覚悟ぇ、援護ぉぉ!? うわちょ、先生待って!!!」
運ばれていった鼠人形達は流れ着いた先────機器精密アームの発する紫の雷電にその身を撃たれて、おもむろに起き上がり器に生命を得ていく。
やがて寝起き早々にも侵入者である冒険者たちを取り囲むように彼方からゾロゾロと現れた。
二本足立つ従順なイカれた鼠の集団だ。
「さっそく撃てえええ! どこでもいい垂れ流せえええ! ふっふーー!」
全く臆さない先生は笑い走りながら鼠をひと撫で、鮮やかに刀で頭を取り効率良く滅していく。流れるよう次々と、小うるさい鼠色の道を斬り裂き渡る。
そんな勇猛と狂気の混じった美しい背姿に必死に付いてきた────言われるがままの覚悟をキメた生徒は、二丁持ちしたハンドガンでとりあえずは先生の背に当てないように援護射撃をし始めた。
ピンクとミドリのエネルギー弾のヤケクソの連射が壁立つ鼠の集団に狙わずとも吸い込まれるように当たった。
次々と撃ち抜き人形を破壊する事に成功。その光景と握り両手のトリガーを引く異常行為により彼にとてつもないアドレナリンが分泌された。やがて残弾を撃ち尽くした銃がパリンと音立てとつぜんに散り失せた事に気付き、ダンジョン素人は両手に起こった予期せぬ事態に慌てだした。
そしてまた突如、そんなおぼつかないアクションを見せる生徒に灰色の弾丸が向かい飛んで来た。
「なんだガッ!?」
そこまで速い弾速ではないのに完全に予想外のソレに吸い込まれるように身動きまるで出来ず間に合わず、直撃。
緑ブレザーの生徒を覆う青いDSシールドの膜が少しひびを負いキラリと煌めいた。
ターゲットから中距離より放たれたのは鼠人形の練り上げたワザ【鼠弾】。シンプルな灰色の弾をぶつけるただそれだけの飛び道具。
刀右手に寄る鼠を払う──左手に構えたハンドガンが、さらに生徒を追い打ち狙おうとした鼠の腹を射抜き、粉砕。チラリと横見、一瞬の狙いをつけて生徒を助けた雷夏ちゃん先生は前方で戦いながらもハッキリとした声量とよく通る勇ましい種類の声で助言を垂れ流す。
「ナニやってる気をつけろっ当然相手もワザを放ってくるぞ! 垂れ流すだけじゃなくオーラを放出している企んでそうな気配を優先して狙え! チュートリアルのピクニックじゃないんだぞフフフフ!」
「痛ったァ…………ワザァ!? って先生マエ!! デカイの来て!?」
「あぁ、ワザとはこうだ! Dスキルチップ!」
熱量上げる頭そのおでこから……バチバチと光る一片を左手に引き抜く。
そして刀身を撫で上げつつ…生成したオーラの塊であるチップをインサートする。慣れた手つきで一連の準備を終え、ギラリと妖しく光る切っ先と赤い瞳は、聳え立つネズミの山を見上げ挑んだ。
「【電伝電柱雷酎斬】!!! ブッ刺すッ伝え散れええええええええ」
両足底と腹の底に力を込めた──高くすばやく跳躍し頭頂を鉄の刀が突き刺し刺さる。そしてすぐさまデカブツネズミは青く染まり飽和する。
できあがった雷電柱から垂れ流されるオーラが地と空を伝う……やがて辺りを徘徊していた小さき鼠共に青い雷電はビリビリと疾り繋がっていった。
辺りを効果的に焼き焦がす膨大なオーラ量を注いだ一刺。道に陣取っていたデカブツネズミ一匹と数多の鼠が激しく三角に散っていくと同時に、役目を終えた鉄色の刀が宙に砕け失せた。
「ナンダコレ…………やばすぎる」
「よぉぉし狙い通りのチャンスだ。このまま射程距離まで突っ込めええええ機器をとにかく破壊しろ。こぉら雷夏先生の美技に見惚れてボケっとするな着いたら先生と撃てええ!!!」
「ええ!?? そうかっこれが破壊チャンス……ハイーーーー!!!」
開いた道を一気に駆ける緑ジャージの尻についていき、生徒はまだ余っていたチップから召喚する未知のフォルムの2種類のガンのトリガーをとりあえず引く。ここまでのチュートリアルで分かったこと、トリガーを引けば素人でも鼠を殺せる弾が出る、また生徒は先生の発言に従い覚悟をキメて乱射する。
ディフェンス陣の崩壊したガラ空きの生産ライン、精密機器の数々に火力を全力集中────────。
先生生徒男女雄叫びを上げ砲火していく数多のカラフルがついに────激しい破壊行動明けて、工場の生産機能を完全に無力化することに成功した。
焼き焦げ崩れ落ちる鉄色のアーム枝と、
汚い鼠たちを乗せて止まった煤汚れたコンベアと、
バグったようにチカチカ点滅するガイドランプ。
その光景を作り出した張本人ペアは……すぐさま女がはしゃぎひとり大盛り上がりをみせる。さらに高まった極限のテンションで制圧した敵の工場内にピンク色の祝砲を一発撃ちあげた。
「ははははふふ、これはまた若い仕上がりだなぁーー! ふふ一丁上がりだー。ばーーーっン♡」
「ハァハァ……はぁ、ッこれが……ダンジョン……想像より殺しに来てた……」
対照的に彼女の生徒はひざに手をつき荒げた息を整える。思ったままの何かを考えず言葉にして発していた。黙していては狂ってしまいそうなテンションをなるべく平らに整えようと吐き出すように……。
「ふふふ。ここまでやっておいてなんだそのすこし分からない読書感想文は。──あぁ、ここがダーーーーーーーーんジョン!!!」
脚をクロス、未知のガン持つ両手をおおきく広げる、乱れた青髪のまま見開き過ぎた赤目をやがてニッと笑いしぼる。
激しすぎた……数多の気味の悪い鼠たち相手の戦闘は終了。
最後は生徒を元気づけるためかそれともただ元より底無しに明るいだけなのか、またも雷夏ちゃん先生は一層元気におどけている。
そしてそんな彼女の様子を余り見ていた1人の男子生徒は、少し釣られて自分も笑おうとしたが──できず。
一転、汗に染まる青ざめた表情で……ソイツにふるえる指を差す。
「ん? おいそんなに棒でつつくように指をさされたら流石の夏ちゃんも」
「ちがッなんか来てッ後ろおおおおおおにデカイのおおおお!!!!!」
「なんだよネズ……どうやら工場長のお出ましのようだな……。ははははふふ、ふふ……!」
「なんですそれええええええええ!!!!!」
壁面を派手に粉砕されたネズミ工場。
風通しの良くなったこの空間に……ゆっくりとずっしりとした足音は生き残ったちいさな4足の裏に震え伝い響いていく。
おおきな赤いキャップを被りアタマがあるのか分からない。ずんぐりと膨らんだ恰幅腹に鼠色のオーバーオールを着た緑肌の巨体がいる。
手に持つのはその背丈と重量に見合う巨大鉄色のミンチバット。
それが〝工場長レッドキャップ〟。
熱こもる額から下にまでゆっくりと流れ伝う汗を、彼女は舌を伸ばしその良い塩梅を舐めとり補給する。
そして一瞬目が合った先生は舌をチャーミングに出したまま、こくりと同調するように一度うなずいた。
同調するよりははげしくどうにかしてほしい。
回復系男子生徒の表情は最悪に驚き困っている。