観覧車乱反射
少女に後光が差していた。真黒い影の中で、白んだ三つの点だけが辛うじて確認出来た。ごく僅かな反射の成果だった。
眩しげな陽光に目を細める。寒さに身を震わせる。浅縹の群れが上空を侵略していた。鉄と山、樹脂の大群、塗料の洪水。人の夢を収容した楽園。この遊園地は閑静な地元で有数の遊び場である。視界に飛び込む無人の情景は、より一層の淡い幻想を感じさせた。
禿げた塗料ごと照り返す日差しはその見た目に反して氷点下の気温を変えてはくれない。冬に体を揺らすのは自然なことだ。少年はそう自分に言い聞かせた。
やっとの思いで漕ぎ着けた。少年は想い人と予定を組むことに成功したのだ。身の丈に合わぬ挑戦を、非行少女に臆さず選んだ。想いが芽生えた以上、十把一絡げの雑草だとしても、花を振り向かせることに全力を注ぐと決めた。こうして宿願が目前に迫ると、動悸が止まらなくなる。
「お待たせ」
薄氷が頬に触れた。道中の霜柱を崩す音は聞こえなかった。当たる少女の指。末端の低い体温がまざまざと伝わる。
「肩ぽんぽんしなくても引っ掛かる人いるんだ」
内気な少年に似つかわしくない派手な格好の少女が言った。拭いたばかりの少年の眼鏡が曇る。
「同級生なのに何だか初めて会ったみたいだ」
「何それ」
二人は観覧車に乗り込んだ。少年が有する一択のプランだった。中からでさえ太陽はその存在の主張を落とさず、それどころか位置を変えるにつれ輝きは一段と強くなっていった。
「そ、そのピアス? おしゃれだよね」
十四の齢で異彩を放っていた少女の風貌。金属の装飾品や頭髪の染色、肩から腕にかけての刺青が艶美であった。少女は少年に応えるように己の眉尻と頤唇溝を指差した。
「アイブロウとラブレット」
まるで戯曲の題名でも述べるように少女は言った。淡白で素っ気ない一言だった。
やがて二人は頂上に位置した。
逆光で少女が見えなくなった。丸く見えるゴンドラでも、その細部は微かに凹凸を持っている。接合部やネジや、当たり前の複雑な形状が光を拡散させる。狭い空間が徐に色褪せていく。
鈍重の沈黙。少年は眼鏡を外した。
「僕は眼鏡を掛けないと学校に居られないけど、君がそれのせいで学校に来れないのはおかしいと思う。勉強に見た目は関係ない筈だよ」
少女がくすりと笑うと、影からの脱出に成功した半面の笑顔が見えた。あまりに端麗な、少年のモナ・リザだった。