06 謁見①
パーティーの翌日、さっそく辺境伯家の使者が家を訪れた。
「二日後の太陽日(前世でいうところの日曜日)に、また参内せよ」とのお達し。当日の朝は、馬車を手配してくれるという。
馬車は非常に助かる。
私はこの日、前日の疲労から少し寝込んでしまっていた。こどもの肉体で家と城までの徒歩での往復は、思いのほか堪えたらしい。
◇
二日後、ジギスムントの執務室にて ――
「よく来たな、フェリクス。待っておったぞ」
(ジギスムント近影)
「早々のお招き、誠にありがたき幸せに存じまする」
「ふんっ、まずはそれよ、それ。そのような言葉遣いをお主はいったい誰から学んだというのだ?」訊ねつつ、フェリクスに着席を促す、辺境伯ジギスムント。
「失礼致します。敬語という意味でしたら騎士コンラート様からでしょうか」
「コンラートがお主の家を幾度か訪ねたことがあるという話は、すでにコンラートからも聞いてはおる。だが、それも数えるほどだというではないか。たかがその程度の機会で、多少の違和感はあるものの、それほどの言葉遣いが果たして本当に身に付くものか?」
「やはり違和感がございますか……まだまだ勉強不足で申し訳ございませぬ」
「コンラートからは、お主が<真の異才>であると聞かされてはおるが、にしても その知能の発達ぶり……お主の生活環境でそのような知性が身に付くというのは、どうにも納得が出来ぬ。いったいその裏には何がある。畏まった言葉は抜きに分かりやすく説明せよ」
「はっ、閣下。ただ……私が今から申し上げることは先日、閣下が私めに申された悪魔との契約よりも、ある意味、突拍子のない話となるやもしれませぬが……」
「……構わぬ、申せ」
「私には、その……<前世>の記憶というものが……ございまして」
「前世………前世とはあれか? 古代の哲学者や東方の連中が主張する生まれ変わりのあれのことか?」予想外の答えに、微妙な表情を浮かべるジギスムント。
「おそらくはそれで相違はないかと……ただ、私はこの世界について、まだほとんど何も知りませぬゆえ、概念上の差異は多少あるのやもしれませぬが……」
「前世と来たか……で、お主はいったいどれほど前の時代からの生まれ変わりだと申すのだ?」少し落胆し、熱が引いたような声音で続きを促すジギスムント。
「いえ、私は過去ではなく……未来からの生まれ変わりにございます」
「未来、とは何だ? その……今よりもさらに先の時代からの生まれ変わりだとでも申すつもりか?」
「厳密には、この時代の先にある未来ではなく、並行世界という概念における、この世界とはまた少し別の世界における未来からの……とでも申しましょうか」自分でもこの時代の人間に伝わるような話ではないということを理解しているため、俯き加減となるフェリクス。
「はははっ、次から次へと………で、何なのだ、その並行世界というのは?」
並行世界の概念を要約し、ジギスムントに説明するフェリクス。
「―― あまりにも荒唐無稽な話、ではあるが……それゆえに面白くもある。が、このような話は儂以外の人間にはするでないぞ。特に教会関係者の耳にでも入ろうものなら、お前は悪魔憑きの烙印を押され、拷問の末、火あぶりにされよう」
「閣下は、私のこの話をどうお考えでしょうか? 頭のおかしなこどもの世迷言とは思わぬのですか?」
「信じるか信じないかは……そうだな。
これからお主に訊ねる未来とやらの内容次第ではあるが……お主には少々変わった記憶があるというこの話、家族や近しい者にはすでにしたことがあるのか?」
「いいえ、まだ……その……閣下が初めてにございます」
「……はははっ、よりによってなぜ儂が初めての相手なのだ?」苦笑しながら顎ヒゲを撫で、フェリクスを見つめるジギスムント。
「これは一種の賭けにございます」
「ほお……賭けとはなんだ。説明せよ」
「それは、これから私が閣下にご提案させていただきたい未来の知識を用いた様々な施策などに関しても、閣下であれば、或いは お活かし頂けるのではないかと淡い期待を抱くためにございます」
「未来の知識を用いた施策とな。面白い、続けよ」
「はっ、まずは都市部における衛生管理の重要性などについてから、ご説明させていただきたく存じます」