05 邂逅
「―― そこの少年、そんなところでいったい何をしておるのだ?」左手に剪定バサミを持った庭師風の格好をした男が、少し足を引きずらせながら、声をかけてきた。
「テオドール様への挨拶はもう済んだのか?」
「いえ、いま到着したばかりで、まだにございます」
「ならばなぜ、早く挨拶の列に加わらぬ?」
「いま私があそこに並び、皆と同様にご挨拶させていただいたところで テオドール様のご記憶に残る可能性は少しもありますまい。ですので、しばらくこちらで様子を伺い、然るべきタイミングと方法とを探らせていただこうかと」
「ほぉ……なるほど。その幼さにして、もうそのような駆け引きを考えるか、小僧」笑みを浮かべ、自らの顎ヒゲを撫でる男。「して、お主、名を何と申す?」
「騎士コンラートが従士テオの次男、名をフェリクスと申します、閣下」
「ほお、コンラートの……ん、なぜ庭師である儂に閣下などと申すのだ、フェリクス?」怪訝そうな顔で訊ねる男。
「それは貴方様が、このパーティーの主催者であらせられるテオドール様が父君、シュヴァルツヴァルト辺境伯ジギスムント、その人であらせられるのではないのかと推察されるためです。万が一、間違いであったとしても、辺境伯家の縁戚の方であられる可能性が高く、閣下とお呼びしても 、お咎めを受ける可能性も低いと愚考した次第です」
「いやいや、だからなぜ、庭師風情の儂が辺境伯様なのだというのだ、理由を教えよ!」
「はい、まず閣下と会話を始めてすぐ、テオドール様の取り巻きの方々だけではなく、テオドール様ご本人も こちらの様子を何度もチラチラと、お見つめになられておられます。次に閣下のお手は庭師と呼ぶにはあまりにも美しく、また庭師特有の日焼けのなされ方もされてはおりませぬ。初めはこのパーティーの監視役か何かが、私に接触してきたのだとも考えました。ですが閣下の相貌や身にまとう威厳、表情や特有のクセなどがテオドール様のそれと酷似なされており、少なくともテオドール様とは極めて近しい関係にある お方であると判断致しました。そこで最初に足をお引きずりになられていたのは、先日耳にした、先月の落馬事故による影響ではないのかと気付いたため、ほぼ確信に至った次第にございます」
しばらく絶句する男。
「……いったい何者だというのだ、お主は……
年齢を偽っておるにしても、あまりにも幼い。
お主はいったいどのような悪魔と、どういった契約をしたというのだ?」
「悪魔?……悪魔なるものが、本当に実在するのでございますか、閣下?(万が一、存在するのだとすれば、今世に対する捉え方も根本から考え直す必要が出てくるぞ……)」
「はっ、悪魔はただ喩えだ。
教会の連中は何事につけても悪魔と口にするが、儂から言わせれば、やつらこそが本物の……いや、ともかく儂はまだこの目で一度も悪魔なるものを見たことがないぞ」
「それを聞いて安心いたしました」
「なんとも得体の知れぬ小僧であるな、お主は……ともかく、これだけ注目を集めてしまっては、もう庭師の真似事も続けてはおれまい。まずはテオドールにさっさと挨拶してこい、フェリクス。お主とは一度じっくりと話をしてみる必要がありそうだ。追って沙汰するゆえ、後日また会おう」
そう告げると男は城内の方へと反転し、歩を進めた。従者らしき者たちが数名ほど彼に近寄り、剪定バサミやその他もろもろを受け取った。やはり、あの男は この城の主・シュヴァルツヴァルト辺境伯ジギスムント、そのひとで間違いはなかったらしい。
気付けば、私は周囲の視線を一身に集める状態となっていた。頃合いでもあったので、挨拶の列に私も並ぶことにした。
すると、このパーティーの主役であるテオドールの方から、庭園に降りてき、私にこう訊ねてきた。
「おい、お前、いったい父上と何を話しておったのだ?」
(お誕生日会の主役 テオドールくん6歳)
この時代の中世ヨーロッパの話)
本作は15世紀半ばあたりをイメージして描かれた作品ではあるが<並行世界>設定であるため、史実とは異なる部分も非常に多い(ご都合主義)。
史実では14世紀中頃、黒死病の蔓延により、人口構成が激変。14世紀初頭には8000万人ほどいたとされる欧州人口が、15世紀に入る頃には3分の1にまで激減したともいわれる。
15世紀頃の欧州主要都市の推定人口は以下のとおり――
イタリア半島で、ミラノ(経済)10~12万人、ヴェネツィア(交易)10~15万人、フィレンツェ(毛織物産業ほか)9~12万人、ジェノヴァ(海上貿易)8~10万人、ナポリ(政治)10万人、ローマ(教皇領)3~5万人。
フランスはパリ(欧州最大都市)で15~20万人、リヨン(交易の交差点)3~4万人。
ドイツ地方でケルン(商業)3~4万人、ニュルンベルク(手工業)2~3万人、アウクスブルク(金融)1.5~2万人といったところ(PerplexityAI調べ)。
本作の<世界線>においても、ペストに類似するパンデミックが前世紀に発生しており、この時代の欧州の人口は現代人が想像するよりも、はるかに少ない。このシュヴァルツヴァルトの領都シュヴァルツブルク市も現段階での推定人口を1万名未満としている(シュヴァルツヴァルト全域で数十万名といったところか)。このあと様々な要素が絡み、人口爆発が起こり、これらの人口構成が大きく変わってくる予定だが、作中の<スケール感>としては、現段階ではこのくらいの数字をイメージし、読んでいただけるとありがたい。