67 エティエンヌ
選帝侯会議における各種接待と後始末を終え、帝都プラークに舞い戻ったフェリクスとテオドール。学業復帰が表向きの目的ではあったが、実際には、すぐにはそうはならなかった。フェリクスが立ち上げた、貴族学院におけるコイン交換組合からの出頭要請が、ふたりにかかったのであった。
「―― おい、フェリクス。噂の金貨は、ちゃんと持ってきてくれたのか?」
フェリクスの肩に、馴れ馴れしく手を回す少年。
「当たり前だろ」
鼻で笑いながら、返すフェリクス。
「おい、ちゃんとノイシュタット子爵様と呼べよ、エティエンヌ。彼はもう爵位を持つ立派な貴族家の当主様であらせられるぞ」
フェリクスの肩に手を回す少年に、注意をする子爵家の少年。
「かまわないさ。僕たちの仲じゃないか」
「ほら見ろよ、フェリクスもこう言ってるだろ。そんなことよりも金貨だ、金貨。ジギスムントが選帝侯に就任した祝いとして作られたという記念金貨。最新の鋳造技術が散りばめられた傑作と噂に聞くが、本当にそれほどの自信作なのか?」
「……それでは、今からお見せしよう」
フェリクスが、持参した巾着の中から、小さな木箱を取り出した。大きなテーブルを取り囲む、数十名の会員たちが、一斉に息を呑んだ。
「「「「う……うぉーー!!!」」」」
蓋を開けられた木箱。
そのの中には、裏表の二枚の金貨が並び、その上にはガラス板が載せられた、完全に観賞用の貨幣セットの体が取られたものが入っていた。
「並べ、並べ!一斉に押し寄せては誰もじっくりとは見れまい。順番だ、順番」自分は一番良いポジションを取りながら、偉そうに整理を始めるエティエンヌ。
エティエンヌ・ド・モンレーヴ(Étienne de Montrêve)。彼は、隣国であるフランカ王国からの留学生である。宮中伯家の次男で、フェリクスが始めたコイン交換会にも、初期から参加しているメンバーである。「王家からは諜報活動の密命も受けている」と、いきなり告白しており、「流してよい情報とまずい情報の判断は君にすべて委ねるとする」と、自身の仕事をあっさりとフェリクスに預けてしまった、何とも読み切れぬ少年でもある。
整列は、あっという間であった。
通常であれば、家の階級順に並ぶはずであるが、それでも同一階級内での争いが発生する。しかし、このコイン交換会においては、交換頻度や提出コインにより、貢献度を顕す点数が与えられ、それによって会員の序列が明確であったためである。それゆえに、伯爵家の子弟の前に子爵家の少年が立っていたりと、事情を知らぬ者からは「ありえない光景」が、そこにはあった。
「これほどのコインは、かつて見たことがないぞ」
「これまでもシュヴァルツヴァルトの硬貨は、どれも群を抜いていたが、これは格別だな」
「交換レートはどれほどになる? そもそも何セット、ノイシュタット子爵はお持ちなのか?」
「テオドール殿もお持ちのはずだが、これは大変な値になりそうだな……」
「うーむ、私は交換に相応しい硬貨も持ち合わせてはおらぬし、これは手も足も出ぬやもしれぬな……」
皆が、口々に唸り声を上げながら、チラチラとフェリクスやテオドールを見つめながら、つぶやく。子爵家を継いだフェリクスは、彼らにとって既に階級が上であり、許しを得ずに直接質問を始めることが憚られたためでもある。
「全部で千セットの鋳造だが、私とテオドールが私用で動かせるのは、各々十セット少々だからね」
「おおー、合計二十セットも!さすがはノイシュタット子爵とテオドール殿!これは急いで用立てし、何としてでも手に入れねばだな!全部合わせても千セットであれば、今後、途方もない価値にもなろうぞ」
実際には、それよりもはるかに多くのセット数を動かせる権限を与えられていた二名であったが、最初の釣り上げには、これくらいの牽制が相応しいというフェリクスの判断から、出た言葉であった。
各々が様々な交換の対価を考える中で、ふたりが早くもフェリクスに接触してきた。ひとりはエティエンヌであり、今ひとりは、教皇庁に隣接する領地を支配するモンタルド子爵家のアレッサンドロであった。
エティエンヌくん、15歳。
エティエンヌ(Étienne)の名は、ギリシャ語で「冠」「花冠」「栄冠」を意味するステファノスが源流。ドイツではシュテファン、イタリアではステファノ、スペインやポルトガルではエステバンと呼ばれるフランス名である。ちなみに教会ラテン語では、ステファヌスともなる。
あいかわらず、読み返しなしの書き殴り投稿でスマンヌ。修正は後からチマチマ。
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