66 不穏
長い朝食を終えた面々。
マクシミリアンは、ジギスムントとシャフハウゼンからの婚儀の打診を協議するとし、テオドールを伴い、立ち去った。ウルリヒは当然のように、じぃーっとフェリクスを見つめ、この後の接待の言葉を待っている様子。
「……ところで、各選帝侯の方々がご領地にお戻りになられる前に、一度お会いになられてみては如何でしょうか。皇帝陛下の一団はすでに帰路にあられますが、他の方々でしたら、私の方からご連絡させていただきましょう」
「うむ、出来れば帰路につかれる予定が早そうな一団からの方が良いのだが……そういった情報も把握済みですかな、フェリクス殿?」
「ええ、それならシュタイアーマルク伯からお会いになられた方が良いでしょう。本来であれば、会議後すぐに帰路につく予定でしたが、街の見学等に逗留を延長なされている由に」
「それではお手数であるが差配のほど、宜しくお頼み申す」
「その代わりと言っちゃなんだが―― 」まだ、その場に残り、二杯目のカフワを楽しんでいたバルデが割り込む。「プブリウスが遺していった新たな著述の全記録の手配もよろしく頼むぞ」
「……ああ、それはかまわんよ。彼が残した著述は、どのみち我々が使う言語とは少々違い、解読には時間を要するものだからな。しかも、彼の哲学的な視座からの社会論のようだから、金にはならん。そのくらい対価としては、いくらでも渡そう」
「はっ、それは素晴らしい」
バルデは、ウルリヒがプブリウス(=アリストテレス)の言葉の真価を理解していないと思い笑った。だが、ウルリヒは、すでに膨大な時間をプブリウスとの対話に費やし、彼の哲学や様々な過去の例証を検討し合っていたため、実のところ、著述のすべても、すでに読み終えていた。
フェリクスも、そのことを直観的に見抜いており、まんまと乗せられているバルデの姿に、苦笑いした。
◇
―― それにしても、フェリクスというあの少年は異質だな。プブリウスが予想した、どうやら我々がいる時代とは、また異なる時代から流れ着いた<漂流者>という説にも、信憑性が帯びてきたように思える。街もそうだが、やはり彼自身の価値観そのものが、時代のズレを感じさせる。プブリウスの見立て通り、過去からではなく、未来から訪れた旅人だとすれば、手に入れぬ手はないのだが……。
「お待たせいたしました、ウルリヒ・フォン・シャフハウゼン殿。どうぞ、中にお入りください」
シュタイアーマルク伯ヴォルフラムとの会談は、ちょうど昼頃に行われた。フェリクスの手配の早さに舌を巻きながら、心ここに在らずのまま、ヴォルフラムとの会食に挑むウルリヒであった。
◇
教皇庁の一室。枢機卿たちによる会話。
「―― なんだと、ステファノが死んだというのは、まことか!?」
「あの面倒な男が死んだというのか、これは重畳」
「あやつの教皇庁批判は目に余るところがあったゆえ、きっと天罰が下ったのであろう」
「宗教改革などと謳っておったが、この手で始末をつけてやれなかったことが残念だな」
「しかし、亡くなったのがシュヴァルツヴァルト領であれば、シャフハウゼンとも小競り合いがあるのではないか?」
「それはそうであろう。選帝侯会議の閉幕直後の事件だ。訴え方によっては多額の賠償金もせしめれよう」
「シャフハウゼンには、こちらからも訴状の請求の打診を送るか?」
「やめておけ、ボヘミア王も参加した選帝侯会議での事件だ。訴状を送るならそちらに送るのが筋であろう。皇帝裁判でもつれた場合にのみ、こちらから声をかければ良かろう」
「それにしても直前までステファノと揉めていたという孺子、ノイシュタット子爵とやらも、このまま放置しておいてもよいものか?」
「ああ、領民たちからは<神の子>などと呼ばれているらしいな。シュヴァルツヴァルトの隆盛は、その孺子のおかげとかなんとか」
「はっ、買い被りもよいところだが、ひとつ呼びつけてみるか?」
「ん、異端審問か? 罪状はなんとする?」
「そうだな、それっぽいものを近隣の司祭にでも書かせ、訴状を送らせるか」
「巧くいけば、強請れそうだな。ジギスムントのお気に入りであるという情報は間違いないようだからな」




