63 先見性
ウルリヒとシャフハウゼンの部下たちを伴い、シュヴァルツブルクに帰投したフェリクスとテオドールは、その後も、ウルリヒの展開の速さに圧倒され続けた。
「―― ゆえに私どもと致しましても、ノイシュタット子爵、テオドール殿、両名の御調査の結果を全面的に支持いたします。今回は不運な事故に御座いましたが、この調査によって生まれた両家の誼を大事とし、今後の両家の発展について、お話させていただければと存じます」
ジギスムントと謁見を始め、ものの数分でこれである。
ステファノの死など、どうでもいい。
そんなことよりも、両領における新たなる関係性の構築こそが、今回の訪問の主題であると言わんばかりであった。
「時にウルリヒ・フォン・シャフハウゼンよ、卿は次期バーゼル大司教としての顔で、このシュヴァルツブルクへと訪れたのか、それとも当主レオポルドの名代として訪れたのか、いったいどちらか」
ジギスムントの口から出た「次期バーゼル大司教」という言葉に、顔を見合わせるフェリクスとテオドール。
「大司教位への就任につきましては、現在各所に調整中にございますが、もちろん双方の顔として、此度は参らせていただいたつもりです」
「レオポルドからもこの交渉における全権を委任されていると考えて良いのだな?」
「はい」
◇
ウルリヒの主張は ――
ステファノが此度の選帝侯会議で放棄した、シュヴァルツブルク側からのすべての提案の復活と、その見返りとしてシャフハウゼン側も、今後の通商再開のために、あらゆる便宜を図る準備がある。
―― というものであった。
「リースタルやラウフェンブルクの関所は、シュヴァルツブルクと行き交う者たちに限り、無料開放し、またバーゼルではノイシュタット子爵が構想する銀行業の支店の開設を許可し、シャフハウゼン側の裏書とそれに伴う権利などに関しましても、最大限譲歩させていただく準備があります。正直なところ、銀行業に関しては、我々も行ってみたいところですが、他領との友誼を考えれば、広域展開は今のところ現実味がなく、苦虫を嚙み潰しているところにございますが」
「ほお……お主はこのノイシュタット子爵が構想する銀行業なるものをそこそこには有望なものであると考えておるのか?」
「間違いなく、莫大な利益を生み出すことになりましょう。手形や信用状を取り扱うことによって、商人たちは大金を持ち運ぶというリスクが減ります。手形などは盗まれても、銀行会員としての身分証に、印章や信任状などの本人確認の符牒もあり、盗賊の類いが換金することも難しい安全性の高い持ち運び資産となります。その上、各種債権等の買取販売も行うと聞いております。バイエルン公の隷属化……もとい無力化の手法を見ても、本来であれば扱いの難しかった債権類の再評価が始まっています。下手をすれば、債権そのものを動かすだけでも莫大な富を得ることが出来るのではないかと」
ウルリヒの読みの鋭さに、唖然とするシュヴァルツブルクの一同。
先の選帝侯会議におけるバイエルン公ルプレヒトの豹変、懐柔には、彼がそこら中で作っていた莫大な借財のフェリクスによる取りまとめが、その背景にあったためである。バラバラの負債に対しては、強気でいられたルプレヒトも、取りまとめられたその総額に震え、結果として、様々なものを放棄することとなった。貸し付けを行っていた者たちにしても、回収しきれぬ可能性があった債権をフェリクスに買い取ってもらい、恩義すら感じていた。油断をしているとこの手法だけで、多くの他の領地も沈むかもしれない。その可能性を正確に読み切った上でのウルリヒの言葉であった。
ウルリヒに随行した部下たちは、彼の言葉の意味がほぼ理解出来ていなかったが、シュヴァルツブルクの反応を見る限り、「やはり若様は只者ではない」と感じ入ることとなった。
◇
「フェリクスよ、どう見る。あのウルリヒなる青年を」
「……稀に見る異才かと。私はこれらを興すことによって起こり得る未来を事前に知っておりますが、彼はまだ少なき、又聞き程度の情報だけで、ほぼ完全に近い未来予測を立てておりました。卓越した先見性を持つ、危険な人物にございます」
「ふっ、危険か。危険という割には、なぜ口元が緩んでおるのだ、お主も」
ジギスムントからの指摘に、慌てて口元を触り、自分に笑うフェリクス。
「計算の出来ぬ味方よりも、優秀な敵。そして、もしもその敵を味方にすることが出来れば、これほど心強い味方もございませぬゆえ」
ふたりの会話を眺めながら、頷くマクシミリアンと、嫉妬から苦虫を噛むテオドールであった。
レオポルド (Leopold)は、古高ドイツ語 liut(人々・民衆)+ bald(勇敢な・大胆な)からの名。「人々のために勇ましい者」の意。実際には、王侯や辺境伯、大公家などに多い名。
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