59 驚愕の街
専門技術者の町に着いたヴォルフラムは、唖然とする他なかった。
千名以上の専門技術者と、その家族。彼らを相手にサービスを提供する者たちによって、住民は三千名を優に超え、町ではなく、街。シュタットは都市の風格を見せていた。
完璧に区画が整理され、道は完全舗装。上下水道完備で、生活排水と工業廃水は分けて処理されているともいう。街は活気にあふれていたが、路地裏からすらも汚い部分が見られず、一瞬、夢の中の世界に迷い込んでしまったのではないかと、シュタイアーマルクの面々を困惑させた。
生活分野、科学分野、工業分野、兵器分野ほか、分野別に工房が集結し、区画ごとに棲み分けが成されていた。特にヴォルフラムを驚かせたのは、3つの機械式時計塔と各公共施設であった。入浴施設やマッサージ所、食事処などが、街の各所に設置され、住民に対し、すべて「無料開放」されていた。他にも、各専門学校での講座なども無償で受けることができ、子供だけでなく、大人たちの姿も、そこにはあった。
「―― いったい、何という街なのだ、ここは。それにこの食事。非常に美味いが、ほんとうにこんなものまで無償で提供しておるのか、ここでは?」
口いっぱいにパンとシチューを頬張りながら、フェリクスに訊ねるヴォルフラム。馬車の後を追い、着いてきていたグライフ家の家臣三名も同席し、フェリクスの言葉に耳を傾けた。
「ええ、もちろん。ここの住民は大半がお抱えの扱いですし、人材もまた財産ですからね。それにこれがシュヴァルツバルトにおける<標準的待遇>であると伝われば、さらに他国の職人たちも移り住んできやすくなるでしょう」
「……ノイシュタット子爵、これほどの街を築き上げるのに辺境伯殿は、いったいどれほどの資金を注入したとお考えですか? 私にはまったく想像も出来ぬのですが、子爵はご存じですか?」ヴォルフラムの腹心のひとりが訊ねた。
「私も正確には分かりかねますが、シュヴァルツブルク家が三代に渡り貯め込んでいだ、私財の大半を注ぎ込んで、この街の十分の一程度の町。そこから毎年、黒字化した収益から半分以上を投入し、現在に至るといった感じでしょうか」
「……なんと」
皆から溜息が漏れた。
私財の大半を投入しても、この街の十分の一程度の町という話は、グライフの面々を絶望させるのに十分な威力を持っていた。実際のところ、シュヴァルツバルトは辺境ではない。辺境なのは、むしろ領地の多くが山岳地帯にあるシュタイアーマルクの方であった。山からは銀や鉄が豊富に取れたが、それらの大半は武器や食料の調達、軍隊の維持に充てられ、蓄財はほとんどないというのが現状であったためだ。
「おお、フェリクス。お前も来ていたのか。それにシュタイアーマルク伯の御一行も」
食堂の軒先から声をかけてきたのは、テオドールであった。そして、彼の背後にはヴェローナ伯ロドヴィーコの一向の姿もあった。
「おお、これはシュタイアーマルク伯。貴方もいらしていたのですね。もう見ましたか、あの素晴らしき各水車の働きを。あれは是非とも我らが領内にも設置させてもらう必要があるでしょうな!」
「なんだ、水車のいったい何が素晴らしいというのだ、ヴェローナ伯?」
ロドヴィーコからの呼びかけに、困惑するヴォルフラム。まだ街の大まかな概要と一部の工房、施設を覗いたに過ぎぬが、シュタイアーマルク一向には「……このうえ何が?」という恐怖しかなかった。
「穀物の粉挽きだけでなく、紙漉きから鉄の精錬まで、よくもまあ、あれほどの使い方を思いつく。人間では不可能な仕事の量・質を水の流れる力だけで、半自動的に行うのだから、<神の叡智>というものよ。いったい何者があれほどのことを思いつくのやら。シュヴァルツブルク家には、人知を超えた何かがついているらしいな。果たしてそやつは天使か、悪魔か」
そう言いながら、不敵な笑みでフェリクスを見遣るロドヴィーコであった。
ザールブリュッケン大司教クレメンスとドレステン大司教エルンストと出くわす予定で書き始めたら、なぜかロドヴィーコが登場の流れに。おそらくクレメンスとエルンストも、そこらへんをうろついているに違いない。
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