04 転機
―― 6歳の初秋、突然、大きな転機が訪れた。
◇
「急な話だが、フェリクス……お前には明日、辺境伯様の第二公子・テオドール様の誕生日パーティーに参加してもらうこととなった……」
そう告げた父のテオ本人も、自分で自分が何を言っているのか、あまり理解出来ていないといった困惑の表情。
領都である、このシュヴァルツブルク市だけでなく、シュバルツヴァルト全域を支配する辺境伯ジギスムントが次男・テオドールの誕生日パーティーに、同年代の家臣の子供たちを招待するという話であった。
寄子となっている貴族の子弟たちが集められるというのは、理解もできる。だが<従士の子倅>風情にまで、お声がかかるというのは、いったいどういうことか?
「どうしてフェリクスだけなんだよ、ボクだって行きたい!」兄のハインツが駄々をこねたが、誰も相手にはしなかった。
「ちょっと待ってよ、そんな急に。畏まったパーティーに着させていけるようなフェリクス用の服なんて、うちにはないわよ」狼狽する母のハンナ。
「そこは私に任せておきな」祖母のクララには、何やらツテがあるらしく、テオとハンナは少し胸をなでおろした。
◇
翌朝、父に手を引かれ、私はシュヴァルツブルク(=黒き城)へと向かった。城は市の中心部にある小高い丘の上にあり、城壁の中に入るのは、もちろんこれが初めてだ。シュヴァルツブルクは、その名に反し、真っ黒な姿はしておらず、ごく一般的な様式の城であった。
「もしかすると来年、帝都の貴族学院に留学なされる予定のテオドール様の従士役を、このパーティーでお選びになられるおつもりなのかもしれない ―― という話。もし本当にそうであったなら、しっかりとアピールしてくるのだぞ、フェリクス!」
道中、ずっと鼻息を荒くし、興奮し続ける父のテオ。私が、このパーティーに呼ばれるきっかけとなったのが、何度か家にも遊びに来たことがある父の上官、騎士コンラートの強い推薦によるものであったことが、今朝方になり、判明したためであった。
コンラートは、男爵家の出身で、今は辺境伯家の騎士を務めている。テオよりも少し年下ではあるが、思慮分別に富んだ、なかなかの紳士だ。些細なことでも、深く会話が広がる機知にも富んだ男。テオにとっては少し気難しく、何を考えているのかイマイチ掴めない上官であるそうだが、私とは非常にウマが合った(いや、合わせてくれていたというべきか)。そんな準貴族でもあるコンラートが、直々に私を招待してみて欲しいと推薦してくれたというのだから、テオの目の色が変わるのも無理もない話であった。
◇
物々しい警備兵が、何名も立つ城門前。
そこで父と別れ、警備兵とはまた別の兵士から、城内への案内を受けた。
どこを歩かされているのかも分からぬ、長い通路と回廊を抜けると、整備の行き届いた、美しく大きな中庭が目の前に現れた。
着飾った少年たちと、それに準ずる恰好の少年たちが、すでに多数いた。数にして、ざっと二百名前後といったところか(正確には数える気もない)。
「じゃあな、上手くやれよ」私の頭の上に、ポンと手を置き、さっさと立ち去る案内の兵士。
(何の説明もなく、いきなり置き去りかよ!)
……とりあえず、パーティーの主役である<テオドール様>とやら探す。立食パーティーのエリアには、それらしき姿は見当たらない ―― が、すぐに発見。
中庭からは一段上がった、城と接続するテラス・スペースに、彼は陣取っているらしく、そこに向かって長い列が出来ていた。
私は、列に並ぶ少年たちの表情が見える、ギリギリの距離にまで近づき、花壇を目の前にした城壁に背もたれながら、その様子をしばらく観察することにした。
(無事に着飾れたフェリクスくん 6歳)