51 逡巡
会議初日の夕餉。
用意された食事会場では、これまでに前例のない、奇抜な形式が採用されており、参加者たちを大いに困惑させた。
長テーブルにズラリと並ぶ、手間のかかった料理の数々と給仕たち。階級に関係なく、どれを選び、テーブルに運ばせようが、参加者たちの自由。いわゆる「ビュッフェ形式」であったわけだが、この時代、このような食事形式は、まだ公の場には登場しておらず、皆をまごつかせることとなった。
「どれを選んでも良いとは、いったいどういうことだ?」
「なぜ、みな同じメニューにせぬのだ?」
「実に素晴らしい。好き嫌いの多い儂には非常に助かる方式よ」
「なんと無駄の多い。狂気の沙汰だな。これほどの量……残りはすべて使用人たちにでも食べさせる気か?」
「この方式であれば、特定の個人を狙った毒物の混入などにも、効果がありそうですな」
「ん、この料理に入っている肉には、いったい何が使われておるのだ?」
各々が、それぞれの感想を述べながら歩き回り、各料理を吟味し、調理人たちに質問を重ねる。
「これもお主の発案か、フェリクス?」
「はい、陛下。少々、品位に欠ける形式ではございますが、お目こぼし頂けると幸いです」
「たしかに品はない……が、実に面白い。各領の名産や郷土料理を揃えるだけでなく、これまでに見たことのない料理の調理・盛り付けも、目の前で行うとは、見世物としても優秀だ。それに……」
途中で言葉を止め、しばし思案に耽る皇帝ヴィクトール。取り揃えられた豊富な食材、料理の数々は、シュヴァルツヴァルトの財力と流通網の凄まじさを、まざまざと見せつけるものでもあったためだ。ヴルクは、能天気に大好物のフルーツの盛り付けを給仕にさせている。だが、ノイマンもヴィクトール同様、この一回の食事にかかっている全コストの計算に思いを巡らせている。
「―― あの孺子、噂どおり、本当にボヘミアの帝室とも懇意にしておるようだな。平民出身であるとも聞くが、どうなっておるのだ、あの立ち回りぶりは」
「これ、孺子などと呼ぶでない。(バイエルン公)ルプレヒトの件も、あの者が裏で暗躍した結果という話。あれは絶対に敵に回すべきではない、傑物ぞ」
視線を移すと、会場の隅でひとり落ち着かない様子の男がいる。バーゼル大司教ステファノに同行してきて、ステファノの本家筋=シャフハウゼン伯爵家の家令セバスティアンであった。
「ああ、困った……困ったぞ」
ステファノは「体調不良」を理由に、この食事会を欠席している。だが、それ以上に顔色が悪いのは、このセバスティアンであった。
「―― 私に手伝えることは何かあるかな?」
背後からの不意の声かけに、びくりと身を震わせるセバスティアン。恐る恐るふり返ると、そこにはテオドールが立っていた。
「本家への早馬の手配が上手くいっていないのではないか?」
続く言葉に、さらに凍り付くセバスティアン。
「早ければ、早いほど良いだろう。すでに取返しのつかぬ状況となりつつはあるが ――」
「おい、テオドール。シャフハウゼン伯爵家の家令殿と、いったい何を話しておるのだ?」
そこに、さらにフェリクスが登場する。
「あまり極端な決断を促すでないぞ、軽々に」
「―― !?」
フェリクスからの意外な釘刺しに、一瞬、戸惑い見せるテオドール。
「どういうことだ。アリストテレスの件への恨みは、もうどうでもよいのか?」
「恨み? ああ、今更その件に固執するつもりはない。それよりも……だ」
「アリス?トテレス の件とは、いったい何のことにございましょうか?」
「その件に関しては、今はどうでもよい。
それよりも本家に極端な行動を促すような報告はするでないぞ、家令殿。君の報告書とともに、私の方からも具申書を送ろう。感情に任せ、判断するよりも、自然な形での失脚の方が長い目で見れば、穏当であろう。今回の件は、すでに現在ある汚名への付け足し程度でしかあるまい。であるなら、教皇庁に働きかけ、療養名目で表舞台から退場させてやるのが良かろう。落としどころとしても、そう悪くはあるまい」
「そ、それは……」
フェリクスの言葉に、返答を濁すセバスティアン。
「甘いな、フェリクス。実に甘いよ、お前は……。あのような者は、後顧の憂いとならぬよう、早めに始末をつけてやるのが正解だ。何か使い道があるならまだしも、温情だけで生かしておくつもりなら、やめておけ」
テオドールの意見が正しいことは、フェリクスも理解している。だが、それと同時に人命に直接的に関わる謀略は、これが初めてのことでもあった。問題の先送りにしかならないことを重々理解しながらも、決断が出来ないフェリクスであった。
シーン背景と史実)
史実における晩餐(Abendmahl)の風景では、序列を元に厳格な席順があり、本作のように、自由にテーブルを行き来するといったスタイルは、もちろんありえない。
本作では「各勢力ごとのテーブル」が、会場に配置されている。だが、行き来に制限はなく、各々自由にテーブルを移動しても構わない、無礼講に近いスタイルが採用されている(無論、配膳は給仕が行う)。
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