49 不快
控える家臣二名との手短な協議の末、シュタイアーマルク伯ヴォルフラムは、ジギスムントの選帝侯就任に「条件付き」で同意した。その条件とは、辺境伯側からの「新型兵器」の供出案であったが、ジギスムントは「善処しよう」とだけ言い、具体的な明言は有耶無耶にした。
ヴィクトールの背後からシュタイアーマルク一派を睨みつけるヴルクの露骨な態度に、テオドールは俯きながら、笑いを堪えた。
残すは、バーゼル大司教ステファノの同意のみとなった。しかし、ステファノは誰に相談するでもなく、辺りにギョロギョロと視線を走らせ、ぶつぶつと「独り言」に終始。堪りかねたヴィクトールが催促し、ようやく口を開いた。
「……私が求めていた<帝国語版の聖書>の活版印刷の件は、どうなっておるのだ、ジギスムントよ。選帝侯就任の同意が欲しければ、早く結論を出せ」分を超えた横柄な態度と物言いで、皆をギョっとさせるステファノ。彼はシュヴァルツブルクに到着と同時に、ジギスムントに、この活版印刷の件を掛け合っていた。
「……その件に関しては、出版の全権を担っておるノイシュタット子爵の判断次第だ」煩わし気にステファノに返すジギスムント。
「ならば、その悪魔っ……いや、そのノイシュタット子爵とやらをここに呼べ!いつまで裁可に時間をかけておるのだ!」感情を抑えきれず、無価値な罵倒を繰り返すステファノ。居合わせた全員が<悪魔>という発言を聴き逃さず、会議室に更なる小声のさざ波が立つ。
「この会議には、各陣営二名の高官までしか随員させれぬというルールがあろう。無理を言うな、ステファノ」<悪魔>の文言に明らかな苛立ちを見せ、バーゼル大司教を呼び捨てるジギスムント。怒りは彼の後ろに控えるマクシミリアンとテオドールにしても同様であった。
「話がこれ以上進まぬようなら、よかろう……ノイシュタット子爵をここに呼べ。シュヴァルツヴァルト辺境伯。余が特例を認めよう」フェリクスがステファノを相手にどのような立ち回りを見せるのか、内心興味を抱きながらも、威厳を整えた態度で命じるヴィクトール。
他の選帝侯たちも、<噂の神童>の実物を見る機会だと、シュヴァルブルク陣営を見つめ、小さく頷き、同意を示した。
「……承知致しました。それではノイシュタット子爵を呼びに行かせましょう」背後に控えるテオドールに指示するジギスムントであった。
◇
(おいおい……本当にまだ年端もいかぬ少年ではないか。あれがまことに<神童フェリクス>とやらなのか?)
二冊の分厚い聖書を抱え、現れたフェリクス。
各陣営、種々雑多な感情で、噂の神童を値踏みするように見つめた。そして、フェリクスの明らかに不機嫌そうな態度に、当惑するボヘミア陣営。
「……どうなされたのでしょうな、フェリクス殿は?」
ヴルクに小声を飛ばすノイマン。
「分からぬ……フェリクス殿ともあろう御方が、人前でかような態度を見せるとは、よほどのことであろう」すっかりフェリクスシンパなヴルクの言葉。
「おい、そこのあく……小僧!ノイシュタット子爵とやら!我が帝国版の聖書の出版の判断は、もう決したのか!」また悪魔と言いかけ、止めたステファノではあったが、今回も全員がそれを聞き逃さなかった。
(おいおい、勘弁してくれ、この気○いステファノ!これ以上、他国との関係性を悪いものにしてくれるなよ!)
―― そう心の中で悲鳴を上げたのは、ステファノの本家筋=シャフハウゼン伯爵家から、随員としてねじ込まれた家令セバスティアンであった。ステファノは当初、シュヴァルツブルク訪問に際し、随員として領内の農民代表ばかりを選出していた。だが、それではさすがに「シャフハウゼン伯爵家の体面にも大きな傷がつく」と本家が介入し、数名の随員が追加されることとなった。そしてセバスティアンは、その追加人員の最高責任者であった。
(これはやはり例の計画を……)
何やら考え込むセバスティアン。
そして、その苦悶の表情を目ざとく注視していた者がひとりいた。テオドールであった。