03 現状考察②
閑話休題。
ここで今世における我が家の現状について ――
まずは、父のテオから。
職業は、辺境伯家に仕える従士。
仕えると言っても、伯の直属ではない。
伯に従う騎士のひとりに侍る従士だという。
私が生まれる直前に、ふたり目の子供が生まれるということで、上官である騎士コンラートからの推薦を受け、一般兵からの昇格。一家は、現在の居住区へと引っ越すこととなった。
テオの実家は、近隣の農村部にあるが、貴族ではないため、名字は持たない。対外的には、街の名を取り「シュヴァルツブルク(=黒い城)のテオ」と名乗る。しかし、街の外へ出向くこともあまりないため、この呼び名は、あまり大した意味は持たない。さらに言うと、この市街地だけでも「テオ」という名の男は、ごろごろと転がっている。そのため、皆が住んでいる区画名と名を名乗るというのが、この街では一般的のようだ。
母のハンナは、この街の生まれだ。
長男のハインツが生まれるまでは、下町の仕立て屋で働いていたという。今は在宅でも出来る下請け業務=針子の仕事に従事している。街の外れには彼女の父と兄も住んでいるが、疎遠なのか、今のところ、顔を見たことがない。
ハンナの母である祖母のクララも、また針子である。
孫の面倒を見るため、毎日のように、この家に通い、ハンナと共によくおしゃべりをしながら、針仕事に勤しんでいる。クララとハンナのとりとめのない会話は、この世界における私の貴重な情報源のひとつとなっている。
もうすぐ7歳になる兄のハインツ。
彼は、まだ、どこにでもいる普通の子供といったところか。この世界では、この年頃になると、手に職をつけるため、様々な職種の徒弟を体験し始めるという(家業のある者は、実家の手伝いなど)。だが、ハインツは、父テオと同様に辺境伯家に仕えるつもりらしく、毎日広場で三十分ほど木剣で素振りをすることを日課としている。稀に城近くにある訓練所にも足を運んでいるようだが、すぐに戻ってきているところを見ると、まだそこまでは真剣になり切れない年頃か。
そして、肝心の私はというと、見様見真似でではあるが、テオ程度には読み書きも出来るようになってきている。文字はアルファベットもどきの筆記体に、ウムラウトのような記号がつくだけのシンプルなもの。やはりドイツ語あたりからの派生言語なのかもしれない(ドイツ語自体が未学習なため、ひょっとすると中世ドイツ語そのものの可能性もあるが)。
また当然ではあるが、この時代の一般人よりは計算能力も高く、さらに出所の知れぬ知識やアイデアなども時折、家族の前では披露している。そのため、両親や祖母からは、少なからず期待をかけられているようにも感じている。
ただ、経済的に裕福とまでは言えない世帯収入のようなので、貴族や商家、一部の上級市民たちの子息が通うような私塾には、進学することも出来ないだろう。この世界のことをもっと知るためにも、多くの書物に触れる機会をどうにかして得たいものだが、どうしたものか。
余談ではあるが、貴重な写本を多く保有するとされる<ヨハネス教>の修道院図書館は、教会関係者にしか入ることが許されていないという。またその記述に使われている言語も、ラティウム語と呼ばれる学術言語で、この国の言葉とは、また異なる言語であるため、イチからの学習が必要となる。現状、それらにたどり着くツテはまだなく、アイデアも思いつかない。非常に困った状況といえる。
ちなみに、神を信じられなくなった私に、再び宗教に帰依するという選択肢は、もうない。ただ今回の<転生>という現象を考えれば、人格は持たぬが、超然的な存在・摂理などはやはり存在するのであろう。
ともかく、まずは商家にでも奉公し、それなりに稼いだら独立。といったあたりを今後の目標とでもすべきか。どんな世界であろうとも、自由を確保するためには、一定の財力が不可欠である。幸い、この少しばかり遅れて見える世界であれば、私の前世の知識も、かなり有効に活用が出来るはずだ。駆け引きの分野などには、あまり自信はないが、そこはこれからの経験である。
前世では、国境を完全に封鎖され、<天井のない牢獄>とまで呼ばれていた居住区での生活しか知らぬまま、人生の幕が閉じた。何の選択肢もないまま、蹂躙され、最後には虐殺されるほかなかった儚い生涯であった。
それゆえに、今世では出来るだけ早く、それなりの力を得たいと考えている。いつ何時、無慈悲で無理解な略奪者たちに、再び蹂躙されぬとも限らぬのだから。幸い、前世との比較であれば、その機会と選択肢は、かつてよりも多くあるに違いない。
―― 私は、針仕事の手を止め、おしゃべりに熱中しているハンナとクララの横で、そんなことを考えながら、昼寝をしているフリを続けた。
ようやく長い導入部分が終了。
次話より物語が転がり始めます。
(読み返すと、何の設計もないエピソードの配置だな……)