46 試技と威嚇
「―― それにしてもノイシュタットでの飯と温泉は最高だったな。この旅程では一番よ」
「ああ、あそこがシュタイアーマルクと隣接しておれば、今すぐにでも切り取ってやるものを。バイエルン公領とは大違いだったな。さすがは飛ぶ鳥を落とす勢いの辺境伯家の直参貴族の領地とでも言ったところか」
「日頃から良いものを食い、育っているせいか、町娘たちもみな美しかった。帰りに二~三名ほど攫っていくか?」
馬上で、様々な種類の笑いが起こる。
ノイシュタットから北上し、シュヴァルツブルクへと進む一団。数にしておよそ九十から百名ほど。選帝侯であるシュタイアーマルク伯ヴォルフラムとその随員たちの姿であり、先ほどの会話は、三十名ほどいる直属騎士団たちによるもの。他にも騎士見習いや貴族侍臣、参謀役に秘書官・文官、その他の随員たちが、ヴォルフラムを先頭に付き従っていた。
小春日和。グライフ家の本拠地グラーツからシュヴァルツブルクまでの二~三週間に及ぶ旅程も、残すところ後二日ほどのところにまで来ていた。
◇
「ん、あの旗はもしや」
「たのも~う!そちらに居わす一団は、選帝侯であらせられるシュタイアーマルク伯ヴォルフラム様の御一行で間違いはございませぬか?」
ヴォルフラム一行の前方から、五名ほどの軽装の男たちが現れ、声をかける。
「ああ、そうだが、お主たちは何者だ」
答えは分かっていたが、敢えて問い返すヴォルフラム。
「遠路はるばる誠に、ご足労痛み入ります。我々はジギスムント様の命により、ヴォルフラム様御一行のシュヴァルツブルクまでの道先をご案内するように給わった辺境伯家の騎士団の者にございます」
「ふ、あのような優男でも騎士団が務まるのか。それになんだ、あの軽装は。いくら領内とはいえ、油断が過ぎるのではないか?」貴族侍臣(※領内有力家の次男・三男など)のひとりの言葉に、シュタイアーマルク騎士団からも同意と嘲弄の小さな笑いが起こる。
「くっ、あやつらめ、いったい何を?」
ジギスムント側の案内の騎士のひとりが、リーダーを馬鹿にされていると感じ、苛立ちを見せる。
「止めておけ、テオドール。何を言っておるかは想像がつくが、我々が目くじらを立てるようなことではない」笑顔を崩さず、味方を嗜める優男と呼ばれた騎士。
「しかし……コンラート様」
「様はもうよせ。お前はもう騎士で私とも同格。年も私より少しばかり上なのだから、もう少し堂々としていろ」優男の正体は、コンラート。テオドールと呼ばれた男は、フェリクスの実父であったテオのことであった。
―― ガサガサ。
遠く三~四十メートルほどの距離に不意に現れた野生の鹿が二頭。こちらの様子をうかがっている。
「惜しいな……狩れるか?」
「ディーター、クリストフ」
ヴォルフラムの視線を読み取り、従士に指示を出すコンラート。
「はっ」
ふたりは、腰にぶら下げていた<四角い筒状の箱>のようなものを構え、瞬時に引き金を引いた。
―― シュンッ!という細く、硬質な音が空気を切り裂き、鹿の方へと飛んで行ったように感じたが、もちろん視認出来るものではなく、シュタイアーマルクの一行も状況があまり理解出来ないといった顔。
「……なんだ、今のは?矢か何かか?」
「しかし、鹿には何も突き刺さっては……ん、血しぶきか、あれは?」
ディーターとクリストフと呼ばれた従士たちが、当然のことのように、仕留めた鹿の方へと馬を走らせる。
「なっ!……(まさか、この距離を一撃で?しかも貫通だと?)」ヴォルフラムは、信じられないといった表情で、馬上で言葉を失う。
「期せずして、新鮮な鹿が二頭獲れました。今夜の食事には鹿肉もお出し致しましょう」事も無げにそう話す優男コンラートの姿に、今度は後ろ寒いものを感じ、困惑するシュタイアーマルクの一行。
「……お主、名を何と申す?それに、あの兵器は……いったい何だ?」
「これは申し遅れました。私はジギスムント様直属の騎士長コンラート。隣が同じく騎士テオドール。そして後ろがテオドールの子で騎士見習いのハインツにございます。閣下」
「で、先ほどの武器はいったい何だ?」
少しばかりの苛立ちを噛み殺し、再度問うヴォルフラム。
「あれはフェリクスが―― 」
自慢気に話はじめようとしたが、コンラートの冷たい視線と笑みに言葉を止めるテオ。
「ふっ……あれはノイシュタット子爵フェリクス様が考案なされたクロスボウの改良版にございます」仕方なしに代わりに答えるコンラート。
「あれが噂の新型クロスボウか」
「噂のと申しますと、ボヘミアの軍務尚書殿のもとへと送られた物のことにございますか? あれとはまた別型です。あちらは甲冑を貫通するほどの殺傷能力ですが、こちらはせいぜい突き刺さる程度のものです。その代わり、一般兵でも少しの訓練で誰でも扱えますので、汎用性の高い武器となっております。一度試しに撃ってみますか?」コンラートは、腰にぶら下げていた新型クロスボウ<ヴァイスクリンゲ(=白刃の意)>をヴォルフラムに手渡し、照準の付け方と引き金を引くジェスチャーをして見せた。
―― シュンッ!
ヴォルフラムも見様見真似で、適当な距離にあった木の幹を狙い、引き金を引いた。ヴォルフラムの腕もあったが、狙った場所と寸分違わぬところに突き刺さった矢を見て、驚愕するヴォルフラム。そしてそのヴォルフラムの表情を見て、硬直するシュタイアーマルクの騎士団たちであった。
補足)
ちなみにここで登場した二頭の鹿は、フェリクスによる仕込みであり、コンラートとディーター、クリストフは、端から共犯。ディーターとクリストフは、領内でも一流の射手としての腕前があり、選ばれた従士たちであったが、ここにヴォルフラムの天性の腕前が加わり、「誰でも簡単に扱うことができる驚異の小型クロスボウ」という幻想をシュタイアーマルク一行に植え付けることに成功した辺境伯一味であった(まだ腹芸が出来ないテオとハインツは蚊帳の外)。




