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【ナーロッパではない中世へ】この転生には、いったいどのような<意味>があるというのか?  作者: エンゲブラ
本編

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44 ステファノ

ここでバーゼル大司教ステファノについて少し触れる。


プブリウス、すなわちフェリクスの()()であったアリストテレス(推定)の転生体を火あぶりにした(くだん)のバーゼルの大司教のエピソード。

挿絵(By みてみん)


バーゼルは、アルプスを源流とするファーター・ライン(ライン川)の流域都市で、シュヴァルツヴァルト領の南側に隣接する大司教領。


元は御用商人からの成り上がり。「爵位を金で買った」貴族家の末裔。豪族シャフハウゼン伯爵家がステファノの出自であったが、彼はその来歴を否認するかの(ごと)く、金銭を遠ざけ、清貧を()とする、一族の「変わり種」でもあった。


幼少期は非常に無口で「扱いやすい」と(もく)され、母方の血筋も悪くなかったため、一族から大司教位へと推された男である。しかし、実際に大司教に就任するとその態度が一変。教会権威をちらつかせ、金満一族を脅迫する一族にとってのまさに「悩みの種」へと変貌を遂げる。


ステファノは非常に思い込みが激しく、「正義感」の強い男であった。貴族家出身の聖職者にとっては<方便としての聖書>を真剣に読み込み、そこにさらなる「()()()()()()」を次々と付け加えてもいった。


「金銭は(けが)れたものであり、それらを好んで取り扱う者たちは悪魔と契約をしている」「異教徒の指導者たちは悪魔の化身であり、それに従う者たちの魂を救うには、神の火をもってその肉体を焼き払う必要がある」「聖書の教えに従わぬは(これ)全て異端であり、それは教皇庁の内部にも深く蔓延(はびこ)る悪魔の根である」


彼のこういった過激な思想は、幼少期における「()()()()()()()」によって発芽したものであるが、そのエピソードについてはおぞましい部分が過分に含まれており、ここでの言及は控えるものとする。


(読者世界の)現代であれば「ドーパミンの分泌過多によって引き起こされる精神の変調」と診断されるような症状を彼は早い段階から有していたわけだが、もちろんこの時代にはそのような判断はなく、単なる変人(あるいは狂人)として彼を見る者が大半であった。


だが民衆、特に貧しい農村部の者たちにとっては、この評価が反転する。彼の正義感に基づく善とは、貧しい農民たちの日々の暮らしぶりの中にあり、時に彼らの農作業を手伝い、時に(ほどこ)し、彼らの権利を守るために地主や商人との交渉(という名の脅迫)をも積極的に行った。よって領地の郊外の方へと行けば行くほど、彼の人気は高まり、熱狂的となり、また「生ける聖人」として彼は(あが)(たてまつ)られもしていた。


日々の苦しい暮らしの中で<異端者・異教徒の火あぶり>は、農民たちにとって一時的にでも辛い日常を忘れることが出来る一種の<(いや)しの娯楽>でもあった。そしてステファノにとっても、火刑時の農民たちの炎に歪んだ笑顔と苦悶に満ちた表情で焼かれる悪魔の手先たちの姿、その匂いが、自らへの最高の()()ともなった。


「バーゼルの街道では口を開くな。いつ難癖をつけられ焼かれるか、分かったものではない」いつしか、これが旅人や行商たちにとっての合言葉となった。


バーゼル近辺を通る際は外套(マント)のフードを深々と被り、わざとボロボロの衣服に着替え、親族の葬儀に参列しているような面持ちで無言で歩く。バーゼル領を出れば、放浪楽士たちも滑稽(こっけい)歌にするほどのひどい話。で初期は済まされもしたが、その後も定期的に知り合いや仲間が焼かれたという情報を耳にすることにより、やがて旅程からバーゼルを外し、本格的に迂回(うかい)する者たちで後を絶たない状態へと突入。これがステファノが大司教になって以降のバーゼル周辺の状況であり、ファーターラインの上流に位置する好立地であるにも関わらず、経済的停滞と閉塞感がバーゼルを包み込む原因ともなっていた。


シュヴァルツブルクの風聞(ふうぶん)に対するステファノの印象。それはひと言でいえば「享楽と堕落の都市」であった。商人や地方貴族たちが目を輝かせ、語られるシュヴァルツブルクの隆盛ぶりは<衆愚(しゅうぐ)を惑わす禁断の果実>のようにも、ステファノには聞こえた。しかし、それをぐっと堪え、これまで噛みついて来なかったのは、ステファノにとってのある大望(たいもう)のためであった。


ステファノには夢があった。

それは自身がラティウム語版より<解訳(=大胆な意訳)>をした「帝国語による聖書」の活版印刷とその普及である。この大望を叶えるためには、()()()シュヴァルツヴァルト辺境伯家との敵対は現段階では好ましくない。()()()()()()()()()フェリクスなる異端者への積極的な糾弾(きゅうだん)も、今のところは我慢している理由でもあった―― 教会本部への報告はこれまでにも何度も行っており、教皇に対しても「悪魔の子フェリクス」と記載した書状を何度も送りつけてはいたが、ステファノとしては、それでも控えているつもりであった。


そんなバーゼル大司教ステファノが、何の間違いか<選帝侯>のひとりでもある。春の選帝侯会議で初めて訪ねるシュヴァルツブルクで、ステファノはいったい何を見、何を感じるのか? 


この冬を越えれば、予想のつかぬ春が訪れる。

今のところ、ステファノは<自分に都合のいい未来>を夢見ながら、同時に<シュヴァルツブルクへの神罰>についての思案を巡らせる日々を送っていた。



補足)

ステファノのロール・モデルの一部には、宗教改革者でプロテスタントの祖マルティン・ルターの<二面性>がモチーフとなっていることは言うまでもない。


実のところ、中世の魔女狩りの大流行は<活版印刷の登場>によるところが大きく、これは民間レベルでのキリスト教の信仰の拡大時期とも非常にリンクする。


ルターによって聖書がドイツ語に翻訳されたことにより、民間人たちにもその意味が理解しやすくなり、活版印刷の力も借りて、信仰が一気に拡大。同時に異端者に関する書物も聖職者たちの手により産み落とされ、異教徒に対する悪魔的曲解とレッテル貼りの伝播でんぱにも、活版印刷が大きく寄与することとなった。


ルターが主導した宗教改革とプロテスタントの登場は異教徒、特にユダヤ教徒に対する弾圧の手を強め、16世紀に魔女狩りを激化させた大きな要因のひとつとも言える(カソリック会派との火あぶり競争の引き金)。


ここでいう<魔女>は、女に限定されない。

異教徒や異端と一度でも烙印を押されれば、老若男女関係なく同じ扱いを受けることとなった(=火あぶり、斬首、引き裂き)。また魔女が行うとされる儀式の多くの描写は、ユダヤ教の宗教儀式の光景が意識されており、それらを戯画化カリカチュアライズさせ、様々な本に。魔女や悪魔の民間レベルでの刷り込みにも活版印刷が悪用されることとなった。


最も有名な魔女本としては、ハインリヒ・クラーメルとヤーコプ・シュプレンガー(ともに今も存在する会派の会士であり異端審問官)の著書『魔女に与える鉄槌(Malleus Maleficarum)』があり、これが活版印刷され、版を重ねる大ヒット(1486年出版)。


ちなみに、火あぶりの刑は拷問ではなく、異教徒や異端者の罪を消し<救済する神の炎>という設定でもあったため、火あぶりが<正しき行為>として、民間の娯楽ともなったという経緯がある(斬首や引き裂きも同様)。


―― ほんともうひどい時代である(いや、20世紀に入ってもKKKがいたり、現代に至ってはさらに……抑圧の反動としての攻撃性の形成ってやつだね)。


てか、後書きなげーな!

ほとんど本編並みになっとるやないかい。

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なろう系 オススメ 異世界転生
― 新着の感想 ―
 狂信者……確かに怖いです。  そしてそういう人間は得てして他人の言葉を否定するものですし。  とある漫画の言葉を借りるなら「種に交われば種にあらず」って感じ……って、こういうのは見ないんでしたっけ。…
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