41 報告
「―― して、どうであった、シュヴァルツヴァルトは。本当に噂のような変貌を遂げておったのか、マルティンよ?」
「変貌どころの騒ぎではございません、父上。我々が商人たちより耳にしていた話よりも、さらに進んだ状態にございました」
「まことか……それは?」
(ザールブリュッケン大司教クレメンス近影)
ザールブリュッケン大聖堂の一室。
大司教クレメンスと実子である司祭マルティンによる一幕。
シュヴァルツヴァルトより帰着したマルティンは、その足で大司教のいる居室へと足を運んだ。この度の「婚約の儀」の取り仕切り自体が、ザールブリュッケンによるねじ込みであり、その実はシュヴァルツヴァルトの現状を直に視察するのが目的であったためだ。
まずは農村部の豊かな暮らしぶりと、見るからに収穫高の多そうな農地。畜産物の管理、加工。機能的に整備された各村落と街道。通信手段や自警団の仕組みなどについてをつまびらかに報告し、クレメンスの目を丸くさせるマルティン。
「―― しかし、まだまだこんなものではございませんぞ。驚くべきはやはり領都シュヴァルツブルクの異様なまでの繁栄ぶりにございます」
「ははは……聞くのが少々恐ろしくもなってきたが、続けよ」
「まずは市のメインストリート。道幅も広く、また馬車が全く揺れぬほど滑らかに舗装され―― 」
「馬車がまったく揺れぬだと?いったいどのような技術を使っておるというのだ?」
「細やかな砕石を敷き詰め、耐久性を高めた舗装(※1)なのだそうですが、これがなんとも素晴らしく」
「砕石だと?どのようにして、そのような石を作るというのだ?いや、お主はその工法とやらをいったい誰から聞いたというのだ?」
「通りを歩く市民たちからにございます。専門技術者の町で作られたものらしく、輸出も可能であると……あ、これはジギスムント殿の長子マクシミリアン殿よりお聞かせ―― 」
「んっ、待て待て、そのようなことを辺境伯一家の者から直接聞き出したのか、お前は?」
「えっ、ええ……専門技術者の町にはマクシミリアン殿に直接ご案内いただき、それで少しばかり帰着も遅くなってしまいました」
目を丸くし、思案を巡らすクレメンス ――
これまでザールブリュッケンに対し、半ば冷蔑の態度を示してきた辺境伯ジギスムントが、ここに来て、急激に態度を軟化させてきたのは、いったい何のためか?
選帝侯の就任には乗り気ではないと聞いていたが、やはりここにきてザールブリュッケンよりの票を確実なものとするため、一時的な協調を示してきているに過ぎぬのか?
近隣のバーゼルにではなく、わざわざこのザールブリュッケンに婚約の届け出を送ってきたことにも、また別の意図が何かあるというのか?
「……して、お主はどう考える、マルティン?」
「実に素晴らしきことかと」
ニコニコとそう返すだけのマルティン。
「まあ、よい……続けよ」
後継者であるマルティンの質問の<裏の意味>を読み取っているとは思えない返事に少し溜息をつきながら、先を促すクレメンス。
「……ご心配召されるな、父上。シュヴァルツヴァルトの意思は、すでに神の子・フェリクス様より全てお聞かせいただいておりまするゆえ、我々はそれを謹んでご享受させて頂くのみにございます」
「―― !」
絶句するクレメンス。
それはマルティンが質問の裏の意味を理解していたことにではなく、理解した上で件の問題児フェリクスを<神の子>と呼んだことによるものであった。
「か、神の子とはいったいどういう意味だ、マルティン! お、お前……」
「……ご心配召されるな、父上。私は至って正気にございます。これから私がお話するフェリクス様の御業の数々をお聞きになられれば、父上もきっとご安心いただけるはずにございまするゆえ」この上なく、うっとりとした表情でそう返すマルティン。
(あ、悪魔にでも魅入られおったか、この愚息めっ!)
神は信じぬが、悪霊についてはその存在を半ば信じている大司教クレメンス。息子に憑りついた悪霊を取り祓うのに有効な聖句を一所懸命に思い出そうとするが、暗唱できる聖句がひとつもないことに気づき、冷や汗が止まらない恐慌状態に陥るクレメンスであった。
コント回?
いいえ、至って真面目です。
推敲はいずれ(またかよ)。
(※1)は「マカダム舗装」のこと。
もちろんフェリクスによるパラレル伝承の産物。




