38 求婚
「―― おお、まだ帰らずにここにおったか」
先触れもなく、リーシュカの執務室に従者をぞろぞろと引き連れ、唐突に現れたのは、ボヘミア王にして、皇帝のヴィクトールであった。
「フェリクスよ、ジギスムントへの伝言だ。
来春の選帝侯選出会議の開催地は、此処プラークではなく、お主らの本拠地シュヴァルツブルクで行う事とする」
ヴィクトールの発言に三者三様に目を丸くするフェリクス、リーシュカ、ミロスラフ。
「兄上!いえ、陛下……ということは私が名代としてシュヴァルツブルクへと赴くということですか?」目を輝かせ、返答を待つミロスラフ。
「何を言っておるのだ、お主は。選帝侯選出会議に余が出席せずしてどうする?」
「……長期に渡り、帝都をお空けになるおつもりで?」
続けて問う宰相リーシュカ。
「兄上!いえ、陛下はシュヴァルツブルク市の現在の状況をその目で確認したいだけにございましょう!
」
「何を当たり前なことを……帝国随一の繁栄の地とも言われておるシュヴァルツブルク市を余が見ずしてどうするのだ?」抗議にもなっていない弟の言葉を一蹴するヴィクトール。
「ということだ。他の選帝侯らへの歓待も含め、万難を排し、無事ジギスムントが選帝侯となれるよう、今からしっかりと根回しと準備をしておけ、フェリクス」
「りょ、了解いたしました」
ヴィクトールからの下知を持ち帰る約束をし、しばし考え込むフェリクス。
せっかく皇帝自らが宰相府に現れたのだから、リーシュカを介しての上奏ではなく、直接ヴィクトールに金融事業の裏付けの願いを非礼を承知した上で切り出すことにした。
「―― よかろう。名を貸すだけで手数料を支払うというのであれば、いくらでも使うがよい。金額の設定は……そうだな。長期的に事業が続けられるよう多少は負けておいてやるがよい、リーシュカ」
ヴィクトールの鶴のひと声に安堵するフェリクスと眉をしかめるリーシュカであった。
◇
「―― して、フェリクスよ、お前はどう考える?」
「此処、シュヴァルツブルクに選帝侯たちを迎え、選挙を行うというのは我々にとって非常に有利な条件。その目でシュヴァルツブルクの現状を見てみたいという気持ちが本心でしょうが、ご配慮としても完璧かと」少しくたびれた表情を見せているジギスムントに、そう返すフェリクス。
「たしかにそうだな。そうではあるが……」
「一見面倒くさそうなことほど、最終的には最も近道であったということも往々にあります」
「……そのとおりだ。よかろう、ヴィクトールにはこの件、了承したと伝えておこう。ところでヒルダとの婚姻のことなのだが……」
「な、何かありましたか?」
すでにジギスムントには、帝都でのいきさつを伝えていたフェリクスの首筋に嫌なものが這う。
「勝手にお前との婚姻の約束を切り出したことに怒っておってだな、あやつが……」
「なるほど……たしかに私ではヒルデガルト様のお相手としては役不足……」
「そういうことではないようなのだが……一度、ヒルダと話し合ってみてはくれぬか、フェリクス」
◇
「―― 夜分、美しき妙齢の女性の部屋をこのような無作法な男が訪問してしまい、誠に申し訳ございません。ヒルデガルト様」
「はっ、何をいまさら。
それに何よ、その”ヒルデガルト様”って?
私たちは夫婦になるんでしょ?
なら私のこともちゃんとヒルダと呼びなさいよ、フェリクス」
室内を左右にうろうろしながら、そう答え、ベッドに座ったかと思うと、横に座れとフェリクスに合図を送るヒルダ。
「その婚姻の件なのですが……ヒルデ、ヒルダ様がお怒りになられているとジギスムント様からお聞かせいただきまして……」恐る恐るヒルダの横に座るフェリクス。
「なんで私が怒るのよ!それに”様”もつけるな!」
怒るヒルダ。
「年下で身分違いの私ではヒルダさ、のお相手として役不足。そのことにお怒りなのではないのですか?」
「は、馬鹿じゃない?
賢いフリをして、やっぱり馬鹿なの?
アンタが私の相手として役不足なんてことがあり得ると思ってるわけ?
アンタ以上に私をワクワクさせる男なんてそうは……」
目を見開いたかと思うと、一気に急下降し、落ち着くヒルダ。
「物事には何でも……手順てものがあるじゃないの?」
「手順……にございますか?」
ヒルダの部屋を訊ねる前に、バルデから受けた助言を思い出すフェリクス。バルデ曰く、ヒルダはフェリクスが書き起こした前世の恋物語などを何度も読み込み、ドラマティックな恋に憧れている節があるらしく、おそらくは今回の怒りの原因もそこにあるのだろう、という話であった。
(それこそ私では役不足ではないか)
心の中でため息をつき、しかし苦手分野とはいえ、女性からの期待を裏切るわけにはいかない、と腹をくくるしかないフェリクス。
「……たしかに私の方からちゃんと直接、ヒルダ、に求愛したのち、ジギスムント様に許可を得るというのが筋でしたか」
「そ、そうよ!
てアンタ、私のことはど、どう考えているわけ?
私の方がアナタよりも4つも……年上だし……」
「中身では私の方がだいぶと年上なのですが?」
「そ、そうね。
聞いた話では、バルデと同い年くらいってバルデが言ってたけど、本当の……話?」
「ええ、おそらく合計年数ではバルデよりもすこし……年上かと」
「嘘でしょ、呆れた!
アナタって本当に秘密主義者よね。
バルデや、テオドールだってまだ知らないんじゃない、アナタがそんなに年嵩だなんて」
少し目を輝かせ、興奮したように語るヒルダ。
「私がまだ誰にも語っていない前世の秘密も、これからはヒルダにだけ少しずつ語っていければと」
勝手に茹で上がるヒルダを見て、そのままベッドに押し倒し、軽くおでこにキスだけし、「ではまた」と自分なりの色男を演じ、立ち去るフェリクス。それを最大解釈で都合よく捉え、ベッドで身悶えするヒルダであった。
この時点での登場人物の年齢)
ジギスムント 40歳
ヒルダ 17歳
フェリクス 13歳
にしても初心過ぎるな、これ。
時代背景、文化レベルなどを考えれば、このへんが妥当だとは思うが、なんというか……苦笑。
そしてまた推敲ゼロの野性味あふれる野ざらし投稿。毎度すまん。




