36 望外
帝都プラークの王宮内を足早に移動するフェリクス。
再訪早々、ノイシュタット子爵家の爵位相続の届け出を行い、宰相リーシュカとのアポを取り、彼の執務室へと向かう。
ジギスムントの選帝侯選出の推薦の意図の確認と、教会勢力との関係性の再考のお願い、その他もろもろに対する打ち合わせのためであった。
道すがら、家来を引き連れ歩く王弟ミロスラフとも出遭い、共にリーシュカの元へと向かうこととなった。
「―― それにしてもフェリクスよ、あの温室なるものは実に素晴らしい。そろそろ風も冷たくなってきているが、あそこにいる限りはまだまだ常春の気分でいられるからな。エステルも大変気に入ったらしく、毎日のようにあそこでお前の活版印刷本を読んでおるぞ」
上機嫌にフェリクスの向こう肩を手のひらで軽く叩くミロスラフ。
城の上階のテラスに設置したガラス張りの温室は、王族たちにとってまさに憩いの場となっているらしく、隙を見つけては閣僚の連中までもが、こっそりと利用しているという話である。
「皇帝陛下も、あれに対する褒美を何か別に考えねばならぬ、とおっしゃられておったし、もしかするとお前にエステルを輿入れ……なんてこともあるかもな」
「えっ!」
あまりにもな話に一瞬、思考が固まるフェリクス。
「いやいやいや、それはさすがに……ないでしょ?」
「君はまだ自分自身の価値というものをあまり理解出来ていないようだな。私としてはエステルを輿入れさせ、君と縁戚関係を結ぶという案にも大賛成なところだぞ」
それまでの上機嫌具合とは打って変わり、至って真剣な顔で語るミロスラフ。付き従う家来たちからは、どよめきが起こる。
「それは少々、困ります……まだ少し先の話とはいえ、ジギスムント様より息女ヒルデガルト様との婚姻の打診が先日ございましたゆえ……」
条件付きの話ではあるということは伏せ、断るための口実を必死に絞り出すフェリクス。
「それは誠か!いやいやそ、れは少々困ったな、兄上が何と申すであろうか……」
歩きながらではあるが、あご髭を撫で、考え込むミロスラフ。
「この度、私も子爵家を継ぐことにはなりましたが、さすがに王家とはまったく家格に釣り合いが取れてはおれませぬ。それにエステル様はまだ御年7つにございます。エステル様の為にも、殿下の方からこのお話は内々に……よろしくお願い致します」
「家格に関しては、ボヘミアの伯爵家の地位をお前に用意するつもりであったが……そうか、ノイシュタットをいよいよ継ぐのか。すべて一歩遅れであるか、うちは」
悔し気に頭を掻きむしるミロスラフ。
ヒルデガルトとの結婚の打診にしても望外の話であるのに、皇帝の娘との結婚に、さらに伯爵家とはいったいどういうことだ?と自分に対する評価の高騰具合に血の気が少し引くフェリクスであった。
◇
「おお、よくぞ、舞い戻って来た、フェリクスよ。ん、それにミロスラフ殿下……も?」
執務室で待ち受けていたリーシュカ。
初対面の頃とは違い、完全に打ち解けた雰囲気で、ふたりを眺める。
「お忙しいところ、誠に申し訳ございません。宰相閣下とは選帝侯会議に向けての確認と、少し話を詰めたい部分がございまして……」
「よかろう、まぁ、掛け給え」
ミロスラフと共に応接セットに腰掛けるフェリクス。
「ああ、お前らはもう下がれ」
ふり返らず、座ったまま、家来に執務室から出て行くように手で指示するミロスラフ。
◇
「―― そうか、教会勢力との関係性を再考したいと申すか、フェリクスよ」
あご髭をもてあそびながら、フェリクスを観察するリーシュカ。
「今更、また開明派のバーゼルではなく、ザールブリュッケンとドレステンの大司教どもに媚を売るとでもいうつもりか、フェリクスよ!」
感情を露わに、隣に座るフェリクスに目を見開き、問うミロスラフ。
「問題は、その開明派という認識であったのです……」
苦々しげな表情で、認識を改める原因となった出来事の詳細をふたりに告げるフェリクスであった。
無修正書き出し回。
あとで大幅改稿する予定ですが、今回は敢えてネームをそのまま載せる的なノリで祝日投稿。




