33 葬送
翌日、郊外にある共同墓地へと向かう馬車内。
体調不良の母ハンナとバルデを乗せ、墓地へと向かうフェリクス一行。
「フェリクス、これ……」
伏し目がちにハンナから差し出された一枚の手紙に目を遣るフェリクス。
「母さん、2年前からいつかフェリクスに手紙を出すんだって、文字の勉強をしていてね……昨日の掃除中に見つけたの……」
堪え切れずにまた涙するハンナ。
目を通すと、たどたどしい文字と文体ではあったが、無私と慈愛に溢れた、実にハンナらしい言葉が綴られていた。
ゲルトとクルトを許してやって欲しい。
どうか救ってやって欲しい。
せっかくのお金を無駄にしてしまってごめんなさい。
私は、幸せな人生だった。
そして、フェリクスを愛しているといった趣旨の言葉が書き連ねられており、フェリクスの涙腺は、脆くも決壊した。
◇
共同墓地。
フェリクスたちが到着すると、身内の参列者だけではあったが、昨日のメンバーに兄のハインツも加わり、ハンナの棺を埋めるための墓穴を人夫と共に掘っていた。
「やめておけ、フェリクス」
フェリクスも急いで、手伝いに加わろうとしたが、ハインツから待ったの声がかかった。
「せっかくの高そうな服が汚れるぞ」
「何を言ってるんだ、兄さん。こんなときに」
構わず、木製のシャベルを手にし、不慣れな穴堀りに参加するフェリクス。
バルデは「さすがに俺は加わらないぞ」と言った風に、手のひらを天に向け、肩をすくめた。
◇
葬儀には、ヨハネス教の司祭が呼ばれていた。
昨日、途中で別れたテオドールによる手配であった。
形式ばかりの言葉の典礼が執り行われる最中、フェリクスはこれまでの行いをずっと悔いていた。
なぜ、もっと積極的にクララの生活に介入しなかったのか?
自主性を尊重した不介入などと、自分自身に都合よく言い聞かせてはきたが、それは単なるナマケだったのではないか、と。
どこまでも「物語の中の世界」のように、この世界とどこか距離を置き、前世の家族や仲間たちの日々ばかりを考えてきた自分自身の冷酷さに頭が痛くもなった。
―― そんな中、バルデが不意に謳い始めた。
物悲しく、故人を偲ぶ、即興の詩を。
バルデは、クララのことを全く知らなかったが、普遍的な母の愛を歌うその内容と歌声に、参列者たちは、おんおんと号泣し始めた。
このまま見捨てるか、それとも今更介入するのか?
答えの出ぬままフェリクスは、クララの息子で、ハンナの兄であるクルトに声をかけた。
「……クルト伯父さん、貴方はこれまでどんな仕事をしてきたのですか?」
フェリクスからの思わぬ呼びかけに目を丸くし、長い沈黙のあと、振り絞るようにクルトは答えた。
「…………雇われ鍛冶師だ」
「では、なぜその仕事を辞めたのですか?」
「そ、それはお前っ……いや……辺境伯が郊外にお造りになられた技術者専門の町が、原因だ」
「……どういう意味ですか?」
「インジュニア・シュタットが出来るまでは、うちの鍛冶場は立地もよく、それなりに仕事もあったんだが、あれが出来てからはうちは<二流>の下請け鍛冶場の烙印を押されてな……」
インジュニア・シュタットは、辺境伯ジギスムントの肝いりで建設された技術者専門の町のこと。そこには一流の技術者のみが一挙に集められ、現在のシュヴァルツヴァルト全域の反映を支える基幹部となっていた。
そこにクルトが働く鍛冶場が選ばれなかったということは、庶民たちからそういう扱いを受けても必然といえば、必然であった。
「仕事がどんどんと減っていく中、ある日、辺境伯があの町を造った原因にお前が関係しているという話を親方が偶然耳にしてな……それで口論になり、俺は……解雇された」
「っ!……」
フェリクスは絶句した。
「別にお前の責任じゃないさ……うちの鍛冶場がその程度だったってだけの話だからな。だが、それ以降どうしても仕事が見つからなくて、そんな折に母さんが……」
クルトの話はこうである ――
クララは最低限度の生活費以外のお金は使わず、仕送りをずっと貯金していたという。だから、お前の仕事が当分決まらなくても困らない程度には、蓄えがあるから安心しろとクルトに告げた。
それに心底安堵し、しばらく平穏に暮らしていたある日、父のゲルトが彼らにとっては莫大な、クララのへそくりの場所を発見し、クルトにそれを見せた。
そこから全ての歯車が狂ってしまった。
―― というのがクルトの話であった。
フェリクスは頭を抱え込み、溜息をついた。
自分がこの世界にもたらした影響についてを。
すべてをコントロールしようとするのは、不遜というものではあるが、こういったことが身内に限らず、起こりうるということは、想像の範囲内のことでもあった。
多少の痛みは伴うが、社会は良い方へと向かうのだから、構わないという姿勢に、実際に身内が巻き込まれると、こういったことになるのか、と愕然もした。
「……ところでクルト伯父さんは、その……アルコールで手に震えが来ていたりはしないのですか?」
「いや……俺はそこまで酒は飲まない。基本的に親父に付き合う程度だからな、飲酒は」
「なら、伯父さんの新しい職場は私が手配します。今更で申し訳ありませんが、それでお願いします」
「今更……本当に今更だが……よろしく頼む。俺が変なプライドを持たずに、最初からお前に直接頼っていれば……あぁ……」自身の情けなさに肩を揺らし、嗚咽するクルト。
「あとゲルト祖父さん、貴方はたしか肩を痛め、仕事を辞めたのでしたね」
クルトの身の振り方を決めた後、今度は祖父のゲルトに問いかけるフェリクス。
「ああ、そうだ……だから今更働けと言われても、何も出来んぞ……儂は」
「貴方にはふたつの選択肢があります。ひとつはノイシュタットに移住し、温泉地の従業員となること。もうひとつは、この共同墓地で管理人のひとりとなること。どちらを望みますか?」
「ああ……ああ……」
肩を揺らし、号泣するゲルト。
「ぜ、是非……是非ともここの管理人にしてくれ、フェリクス!クララとはもう離れたくない……」
「……借金に関しては、私が立て替えましょう。今後はお二人ともクララ祖母さんに恥じない暮らしをお過ごしください。それが祖母に対する報いともなるでしょう」
バルデの歌の効果で、皆が酔っている感も否めなくはなかったが、彼らの言葉のすべてを本心とし、手打ちとすることにフェリクスは決めた。
「……お前にはかなわないな」
兄のハインツが、フェリクスの横でぼそりと呟いた。
何か言葉を返さねば、とフェリクスは焦ったが、何も言葉が出て来ず、呆然と立ち尽くすフェリクス。
「そんな顔をするな……悪かった、フェリクス。これは恨みつらみでも何でもない。ただ、素直にお前が羨ましかっただけだ」
ハインツの兄としての立場、思いに感情移入してしまい、やはり言葉が出て来ないフェリクス。その光景を黙って見つめる親族とバルデであった。
お久しぶりです。投稿をサボってました。
このシーンを書くテンションが出ず、しばらく放置。
いろいろと、あーだこーだと落としどころを考え、ようやく重い腰を上げ、書いてはみたものの、やはり書きたかった展開にはならず、こんな感じに。
いつもより1話が長めですが、これを途中で区切ると、さすがに冗長に過ぎるので一気に。
テンポ重視で書いている作品で、ボリュームを出し過ぎるとあれなので、だいぶとディテールを端折っていますが、そのへんは上手い具合に脳内補完していただけると助かります(丸投げ)。




