30 開明派
……欠損エピソード。
編集作業中にどうやら本文の一部を誤って削ってしまったらしく……。
よく分からない部分は、脳内補完で。
いずれ修正します(いい加減にしろ)
バルデの言葉に一瞬、呼吸を失い、全身の筋肉を硬直させたかと思うと、今度は戦慄き始めるフェリクス。次の言葉が出るまでの永遠に近い数秒の間、共に固まる一同。
「…こ、こ、こ……殺したのか……あ、あの、アリストテレスを……きょ、教会、が……?」
(((……おいおい、こいつは只事ではないな)))
テオドール、アルブレヒト、バルデの全員が、フェリクスにとって、アリストテレスが非常に重要な存在であったことを感じ取り、―― アリストテレスとは、いったい何者だったんだ?―― ということに思いを巡らせる。
「ああ……バーゼル大司教領でさっきの『オデュッセイア』を演っていたところ、運悪く教会関係者に見られてな。まあ、よくある<異端者狩り>ってやつだ」
「バッ……バーゼル……だと!?
ほ、保守派のドレステンやザールブリュッケンではなく、開明派のっ……バーゼル大司教領で異端者狩りとはいったいどういうことだ!!」大声を張り上げ、立ち上がるフェリクスに驚く一同。
「おいおい……その開明派ってのはいったいなんだ? ドレステンやザールブリュッケンでの拘束だったら、多少のワイロでも払えれば、助かりも出来たはずだが、一切の融通が利かない原理主義的なバーゼルじゃ、救いようがなかったって話だぞ、これは?」
「なっ………!」
目を見開き、血の気が失せたように、立ったまま絶句するフェリクス。
頭を掻きながら、諭すようにフェリクスを見つめる子爵アルブレヒト。「たしかに……そうとも言えるか。バーゼル大司教一派は信仰心に厚く、教会内部の不正にも厳しい。貧富の差などでの分け隔ても少なく、貧しい信者にとっても比較的暮らしやすい場所といえる。そういった点ではある意味<開明的>とも言えんでもないが……それはあくまでも信者に限定しての話といえよう」
バルデもフェリクスに向かい、言い聞かせでもするかのように説明を加える。「ああ、その通りだ。あそこで幸福に暮らせるのは信者に限ってのことだ。実際のところ、信者以外には地獄とも言えるような排他的な土地でもあるんだぜ、バーゼルって場所は」
「ならばなぜ……そのような土地でわざわざ公演を行ったのだ?」バルデに疑問を投げかけるテオドール。
「次の目的地までの路銀が尽きかけていたから、仕方ないだろ。最初はそのまま素通りするつもりだったさ」
「ふぅぅぅ………………」深い、深い溜息をつくフェリクス。「私の認識には、大きな誤りがあったようだ。これは大幅な方針転換が必要となってくるな……」
部屋の隅にあるロウソクの炎を睨みつけるフェリクス。
その瞳に揺らめく炎は、あたかもフェリクスの怒りの炎のようにも映り、居合わせた3名は黙って、その炎の行く末に思いを馳せることとなった。
◇
翌朝、バルデと話を詰めるフェリクス。
バルデ自身にも、バーゼル大司教領から捕縛令が出ているらしく、それに対する当面の保護方法を検討。そしてフェリクス自身も、己の秘密を早々にバルデに打ち明けることとなった。
「―― はっはっはっ、その<世界線>という仮説は実に面白いな。新たな叙事詩の創作にも使えそうなアイデアだ。しかもプブリウス……いやアリストテレスは<別世界の過去>からこの世界へと生まれ変わり、お前さんもアリストテレスのいた世界線の、しかも<未来>からやって来たという。
この現象は、いったい何を意味するんだ? こんな話、古今東西どのような天才・奇人にも思いつかない夢物語以上の何かだぞ?」バルデは、この時代において、卓越した知性を持ち合わせていることを示唆する、柔軟過ぎる想像力で、フェリクスからの<告白>をそう評した。
「……どう考える。馬鹿げた話、だろ?」
「おいおい、まだこの俺を試すつもりか?
俺はそういった面白い話には全面的に乗っかることを決めている男だと、お前さんだって知っているだろ?」
(……いやいや、知らねーよ)
「ああ……知らなかったか。その顔は」
「……心を読むな」
「しかし、この俺は放浪楽士さまだぞ。乗ってこないと考える方が、どうかしている」
「たしかに……いや、俺はもう自分自身の判断には、あまり自身が持てない状態でね。特にいまは……」
「……ああ、バーゼルのことはあれだ……<人生経験>の問題であって、そういった誤解は誰もが一度は通る道ってやつだ。お前さんはまだまだ若い。今回のことは<良い教訓>として、今後に生かすことだな」
「ああ……たしかに良い教訓になったよ、本当に……」
「まあ、これからは人生の大先輩であるこの俺が、お前さんに世間のイロハってものをちゃんと教えてやるから、そうあまり心配するなって」
(いや、前世で生きていた時間も合わせれば、俺とお前は、せいぜいどっこいどっこいくらいの年齢だろ。それにお前自身も世渡りは相当下手な部類じゃないのか?)
「ああ、たしかにそうだな。どっこいどっこいくらいかもしれないし、俺様もそこまでは世渡りが上手いとは言い難い、か?」
「なっ!心を読めるのか、お前……?」
「いや、全部顔に書いてあるだろ。顔に」
大きな瞳でフェリクスの目を覗き込み、にっと笑うバルデ。それに釣られ、思わず苦笑するフェリクス。
「アリストテレスの死」という深い絶望の代償として、バルデという<理解者>を得たフェリクス。彼は昨晩得た絶望的痛手が、じんわりと和らいでいくのを胸に感じていた。
バルデの不躾さと、その気さくさに少し救われた思いがし、彼という得難い知己と出逢えた<幸運>に、感謝もするフェリクスであった。
バルデの不躾な態度が故意のものであることも、もちろんフェリクスは理解している。




