25 神の子
秋風の吹き始める頃、フェリクスは収穫祭に合わせ、ノイシュタット子爵領へと赴くこととなった。養父扱いとなっている子爵アルベルトより「直々に話したいことがある」との連絡があり、帰り支度を始めた。すると同じくプラークに留学しているテオドールが、仮住まいを訪れ、フェリクスの帰郷に視察も兼ねて自分も随伴すると申し出てきた。彼の目的が(長い道中での)お互いの情報共有と、ノイシュタット領の温泉にあることは明白であり、フェリクスもそれをふたつ返事で了承した。
◇
「なあ、フェリクス。今回はいったいどうやって皇帝にまで渡りをつけたんだ? それに父上が少々厄介なヤツらだと言っていた宰相と軍務尚書がなぜ、あそこまで態度を豹変させたんだ? どんな魔法を使ったのか、俺にも分かりやすく説明してくれよ」子爵家の馬車に同乗し、横並びに座りながら、フェリクスに問うテオドール。
「今回はミロスラフ殿下の方から勝手に接触を図ってきてくれたわけだけど、まあ、ちゃんとそれなりに準備だけはしてきたからね。協調するにせよ、対立するにせよ、伝えることは伝え、相手の出方を見る。ひとまず今回も悪い結果にはならなくてツイていた、といったところかな」
「いつものことだが、後から話を聞いてみると、綱渡りみたいなシチュエーションじゃないか。どう転んだっておかしくないようなことばかりなのに、お前ときたら……俺がお前の立場なら緊張で足が震え、どんなヘマをやらかしていることやら……想像するだけで吐き気がするぜ」ぼやきながら、車内で伸びをするテオドール。彼は、事の顛末もすでにすべて把握した上で、改めてフェリクスに半分呆れの意味合いも込め、今回のことを問うただけであった。
「ああ、俺の名を<フェリクス(=幸運の意)>などと名付けてくれた前の両親には、本当に感謝しないとな」余裕の表情で、テオドールを見遣るフェリクス。
それを受け、拳でフェリクスの肩を軽く小突くテオドールであった。
◇
道中、老朽化による橋の崩落という不運などもあり、ノイシュタット子爵領に着いたのは、収穫祭当日の、すでに陽が傾きかけたほどの時刻となった。
「おお、あの子爵家の馬車にお乗りの少年は、もしかして……フェリクス様ではないか?」
「おお、そうだ。<神の子>フェリクスに違いない」
「隣にお座りの方は、もしや辺境伯家のテオドール様では?」
「本当か、それは何という行幸! 主君筋の公子ともあのように仲睦まじきお姿。やはりこのノイシュタットの繁栄はこれからも約束されたようなものだな。さすがは<神の子>フェリクス様だ」
子爵家の馬車を見つけた領民たちが、次々と自発的に集まり、膝を折っては頭を下げ、中には涙まで流す者の姿も。町に入り、スローダウンさせた馬車の車内から、軽く片手を挙げながらも、頭が痛くなるフェリクス。
「おい、<神の子>よ。領民たちから愛されているな」からかうテオドールのおでこを軽くはたくフェリクス。
その光景を見て、さらに領民たちから、どよめきと歓声が上がり、居心地の悪さも絶頂を迎えたため、フェリクスは御者にまた馬車のスピードを少し速めるよう、指示するほかなかった。
◇
町の中央広場。
すり鉢状の客席の中央部には大きな舞台。
これから始まる放浪楽士たちの演目を今か今かと待ちわびる町民、そして近隣の村民たちで、すでに客席は埋め尽くされていた。周囲には無数の篝火が焚かれ、本来であれば家に帰り、寝る前の準備を始めるこの時間帯に、こうやって町中に明かりが灯されることによって、三日三晩催される、この収穫祭の特別性がさらに高められていた。
「おお、やっと戻ったか、フェリクス。そして隣におる少年は……我が甥ジギスムントの子、テオドールではないか。よくぞ顔を出してくれた」遅くなった彼らを特設席で出迎えたのは、ノイシュタット子爵アルブレヒト、そのひとであった。
「お久しぶりにございます、大叔父上。ご壮健そうで何よりにございます」
(12歳にもなり、少し大人びてきたテオドールの現在の顔)
「はははっ、お前までもが、もうそのような言葉遣いを。時が経つのは誠に早いな……」
「少々遅くなってしまい、申し訳ございません、義父上」
「ああ、道中の男爵領で橋が落ちていたそうだな。大事がなくて本当に良かった。やはりお主の名には神の力が宿っているらしいのう」
(ここでも、また<神>か……)
「おい、フェリクス。やはりおま……」
一瞬、神の子いじりをまた始めようかと考えたテオドールではあったが、フェリクスの複雑な表情を見て、すぐさま話題を変える。
「ところで、このあと出てくる楽士たちは、いったいどのような連中なのですか、大叔父上?」
「おお、放浪楽士は4名ほど来ておるが、なんと言っても最後に出てくる予定のバルデであろうな、今回の目玉は」
「何者ですか、そのバルデなる者は?」
「ん、バルデを知らぬのか? そうか、そうか。お前もまだまだ世に疎いか」あごヒゲを触りながら、眠たげに笑う子爵アルブレヒト。
「義父上、私もそのバルデなる楽士の名はまだ聞いたことがございませぬ。いったいどういった者なのか、お教えいただけませぬか?」
補足)
元々、ここは「吟遊詩人」としてバルデの名が出てくる回を予定していましたが、筆者も含め、世間一般が考える吟遊詩人と、実際に吟遊詩人と呼ばれていた者たちとでは、そのイメージに少々差があるらしく、我々がイメージする吟遊詩人は、いわゆる「放浪楽士」と呼ぶのが正しいようです。
吟遊詩人には貴族家などの者も含まれており、宮廷などで詩や演奏を披露する、少し社会的に高位なる者たちが本来、吟遊詩人と呼ぶべき者たちだったようです(ようです)。
あとがき)
テオドール13歳の姿。AI先生を使い、何度もリトライし、Photoshopなどでも修正を加えて頑張りましたが、どうしても幼少期のイメージの成長した姿に合う顔が、これしか作れなかったので、また少し写真ぽくないテオドールの肖像になってしまいました。なんとか修正でイメージに近づけることは出来たと思うので、ご容赦を。(あとなぜかアップの画像しか出て来ないテオドールくん)




