23 御前会議④ 大混乱
「それでは、宰相閣下のご懸念も解消されたご様子にございますので、そろそろ私の方からも ――」ニコニコと、今度は自分のターンだとばかりに、話を仕切ろうとする工部尚書のノイマン。
「あいや、待て!待てい!」
慌てて左手を突き出し、声を荒げる軍務尚書のヴルク。
「いったい何だというのだ、本当にお主は!」右拳の腹でテーブルを軽く叩き、睨みつける王弟ミロスラフ。
「あ、いや……私の方からも小僧、いえ……フェリクスに訊いておかねばならぬことが……ありますゆえ……」
「……何だ、それはいったい?」
「そ、それはシュヴァルツヴァルトの防衛……に関することに御座います」
「お伺い致しましょう、軍務尚書閣下」
両手の指を組み合わせ、ヴルクに口角を上げて応じるフェリクス。
「あー、それはだな……辺境伯家では、その……領土の防衛をどのように考えておるのかという話だ。憎き王国ともファーター・ライン(父なる奔流=ライン川)を挟み、隣接しておる辺境伯領。今のシュヴァルツヴァルトの増ちょ……いや隆盛ぶりを見れば、飢饉などがなくとも、いつまた王国側が大規模な侵攻を仕掛けて来ぬとも限らぬ状況ともいえよう。実際、我が軍部内でもシュヴァルツヴァルトと隣接しておれば、根こそぎ奪い取ってやるものを!……と申す者も少なくはない。シュヴァルツヴァルトでは、王国の大侵攻にも対抗しうるような防衛の算段、準備などをちゃんと怠らず、進めておるのかどうかを聞かせよ……とな」しどろもどろに、危うく何度か口を滑らしかけたヴルクではあったが、なんとか持ち直し、フェリクスに問うた。
「軍務尚書閣下のご懸念は当然のことにございます。もちろん我々もすでに従来の物とは比べ物にならぬ、殺傷能力の高い新型兵器を大量に配備し、常備兵のみならず、普段はファーター・ラインのこちら側に築き上げた防壁の手前で、農耕に従事させている者たちにも、交代制で新型兵器の使用訓練と戦術訓練を適宜受けさせております。他にも―― 」
「お、おい……何だ、その<新型兵器>なるものは? それに農兵にも交代制で訓練……だと?」少なからぬ動揺を見せるヴルク。そして身を乗り出してフェリクスの次の言葉を待つ工部尚書で発明屋のノヴァーク。
「まずは最新型クロスボウとライフルですね。クロスボウの方は従来の物よりもはるかに命中精度と殺傷能力が高く、連射も効くものに改良され、近接戦などでも十分に使用に耐えうる仕様となっております。またライフルの方は腕の良い射手であれば、1000フューセ(※=およそ300m)先の将校の頭を兜ごと貫くことも可能な新型兵器にございます」
「な、何だその、ライフルなるものは……1000フューセ先の将校の頭を兜ごと射抜くとはいったいどういう意味だ?それに連射の効く新型クロスボウだと…… 何の冗談だ?」狐につままれたような表情で、気が抜けたようにフェリクスを見つめるヴルク。ひとり、目を爛々とさせているノヴァークを除いては、皆が同様の反応を示していた。
「それに万が一、ファーター・ラインの防衛線を超えられることがあっても、それはそれで侵略者たちが更なる地獄を見ることとなる新型兵器の配備が万端にございます。もちろんファーター・ラインを挟んで隣接する(王国の)ジラール伯爵家とも直接、密に連絡を取り合っておりますゆえ、万が一、王国内で侵攻の動きがあった際にも、秘密裏に我が方に協力するとの申し出も受けております。ですので、そこまで大事に発展するような可能性は今のところ極めて低いかと」
「あの偏屈ジラールすらをも、すでに懐柔しておると申すのか!?」信じられないといった表情で、フェリクスに問うリーシュカ。
「ジラール伯も孫には非常にお甘い方にございますので」事も無げに答えるフェリクスに、背筋をブルっと震わせる皇帝ヴィクトール。
「フェ、フェリクスよ、お前……エステルと婚姻……結ぶ気はないか?」ヴィクトールの発言に全員がどよめき、ヴィクトール自身も、自分が言っていることのおかしさには気づいていた。
「そ、それはさすがに……でございましょう?」周囲を確認し、ヴィクトールに逆に聞き返すフェリクス。それに頷く一同。
「そ、そうか、そうだな……しかし……」
なんとかフェリクスを身内に引き込みたいと考え始めたヴィクトールも、すぐには別案が思い浮かばず、悩み始める。
「あ、そういえば!申し訳ございません。先ほど、エステル様へのお見舞いの品として持参していた望遠鏡をエステル様にお渡しするのを忘れておりました」話題の流れを変えるフェリクス。
「なんだ、その……<望遠鏡>なるものは?」問い返すヴィクトール。
他の面々も(次はいったい何なんだ?)といった表情でフェリクスを見つめた。
◇
「あ、あ、あ、あり得ぬ!これは一体どういうことだ!フェリクス!!」絶叫するヴィクトール。
「へ、陛下、申し訳ございませぬが、私めにも!………はっ、ぅん?…へっ……はっ??」不敬にもヴィクトールから望遠鏡を奪い取り、覗き込んだヴルクも同じく混乱に|陥《おちいる。
「よこせっ!……は?……なんだ……嘘だろ?……ど、どうすれば、こんなことが……??」ヴルクから望遠鏡をもぎ取ったミロスラフが戦慄く。
次は私だ!とばかりに宰相リーシュカを相手にも引かない姿勢を見せるノヴァークと、それを苦笑いしながら見守るオラーチュもまた、無意識にミロスラフの持つ望遠鏡に手を伸ばそうとしている。
その光景を横目に、ヴィクトールとヴルクに詰め寄られながらも(計算どおり)とひとりほくそ笑むフェリクスであった。
補足)
※「フューセ」は「フィート」の複数形で1フィートは約30.5cm
本来、ライフルはドイツ語で「Gewehr」、クロスボウは「Armbrust」と言いますが、全部をドイツ語で表記していくと読者も(作者も)混乱すると思われますので、ここは敢えて、英語表記のままとなっております(中途半端やなー)。




