22 御前会議③ 諜報網
「帝国と教会との繋がりは、すでに三百年の時を経ております。歴代教皇の中にも貴族出身の者が少なからずおり、単なる聖職者として片付けるには適切ではない者たちが多数含まれております。ですので、いきなり大々的な断絶などを行ってしまっては、大きな禍根を残すことも必定かと」
「ではどのようにすれば、教会の抵抗を受けず、我々もシュヴァルツヴァルトの隆盛の果実を共に味わうことが出来るというのだ?」これまでとはトーンを変え、フェリクスに問うリーシュカ。
「まずは教会内部の<分断>を謀り……開明派のバーゼル大司教あたりを支持し、盛り立ててみるというのはいかがでしょうか。その流れから風見鶏であるドーヴァー、オストラヴァの大司教たちをこちら側に引き込むことが叶えば、重畳かと」
「……ザールブリュッケンとドレステンの大司教は、難しいか?」
「ええ、両大司教は非常に保守的なお考えをお持ちの方々であられると聞き及んでおります。傍流とはいえ、両者ともに歴代皇帝の血脈にも連なる者たち。権威主義の権化のような方々であるという声が、周囲にいる者たちの間からも常に出ているとか。たびたび両名に密使を送り、接触を密にお図りになられている宰相閣下が、その点は一番お分かりなのではございませぬか?」
「……い、いったい何を申して ―― 」フェリクスからの不意の逆撃に慌て、抗弁しようとするリーシュカ。
「お主、そのようなことをこそこそと!」
それを遮るようにミロスラフが、リーシュカに噛みつく。
「宰相職は、非常に柔軟かつ高度な政治的判断を要しまする職責ゆえ、宰相閣下の立ち回りは至極当然。何も宰相閣下は保守派である彼らを盛り立てるためだけに、連絡を取り合っておられるわけではございますまい。彼らの現在の腹づもりを探る上でも、非常に重要なご判断かと」なぜか、リーシュカに助け舟を出すフェリクス。
「……そ、その通りにございます。私は彼の者らに与するためだけに、彼の者らに阿っておるわけではございませぬ」弁明するリーシュカ。
(ふっふっふっ、こいつは本当にとんでもない少年だな)口元を押さえ、にやつく工部尚書のノイマン。
「むしろ、宰相閣下が彼らの内情や内面に詳しくあれば、詳しくあるほど、両者の分断も謀りやすくなり、工作のし甲斐が出てくるものです」
「……フェリクスよ。お主はいったいどこまで、我々の内情をも把握しておるというのだ?」半ば呆れた顔でフェリクスを見遣るリーシュカ。
「私に分かる範囲まででの事にございます。ですが、やはりその大部分は推量による物でもございますので、時には的外れなことを言うやもしれませぬが」
「……私はどう転んでも良いよう、両大司教とは接触を図ってきたつもりであったが……そろそろ手の切りどころと考えるか?」
「手を切るのは最後の最後がよろしいかと。これまでに便宜を図ってきたあれこれも、最後に描かれる美しき結末に比べれば、安い観劇料ともいえましょう」
「ふっ……はははははっ、よかろう。この際だ、私もその方向で動いてみようではないか」初めて笑顔を見せたリーシュカ。
「ま、誠か……お主があの保守派の連中どもと手を切ると申すのか?!」右手で机にのしかかり、信じられないといった表情で宰相を見つめるミロスラフ。
「この者が持つ諜報網は、おそらく私などの及ぶところではなさそうにございます。であれば、この者に賭けてみるのも一興かと」この場にいる誰もが一度たりとて見たことのない、晴れ晴れとした表情でそう語るリーシュカ。
「それにしても一体どのようにして、そのような優れた諜報網を作り上げたというのだ、フェリクス。どう考えても、あの駆け引き下手なジギスムント自身が構築したものとは思えぬ。優秀な参謀役が背後におるのは明白だが、やはりそれすらもお主なのか?」
「諜報網などと申せるようなものではございませぬが、多くの商人たちが今の辺境伯家とは懇意にしております。そんな彼らが持つ耳に我々も相乗りさせてもらっているといった程度に過ぎませぬ」
「うむ、商人どもか……確かに、やつらは利に敏感な生き物であるゆえ、シュヴァルツヴァルトが現在生みだす利に対し、自らすり寄って口も開こう。であるが、それだけを当てにしては情報に少々偏りも生じるのではないのか?」
「もちろん、彼らの言葉をすべて鵜呑みにしているわけではございませぬが、彼らにもそれ相応の利をぶら下げてやれば、更なる強いカードを得るために必死に動いてくれます。さらに私には最近、コイン交換会などからも新たな人脈が構築されつつございまして ――」
「それよ、それ。そのコイン交換会なるものよ!」ヴィクトールが机を軽く手のひらで叩き、続ける。「余もずっと興味があったのだが、この分からず屋の宰相が、なかなか参加を許してくれなくてな!」
軍務尚書のヴルクを除き、一同から失笑が起こる。
「コイン交換会なるもので、領邦の子息たちを相手に上手く立ち回っているという話は耳にしていたが、子供たちを相手に果たして本当に重要な情報などが引き出せるものであるのか?」おだやかな口調で質問するリーシュカ。
「直接的な訊き方はいたしませんが、こどもはこどもで、かくいう私もまたこども。ですので、彼らは様々な噂話や自領の自慢などを私にもペラペラと話してくれます。それらを商人たちからの情報などとも比較すれば、見えてくる実像、その精度も大幅に変わってきましょう」
「はははっ、たしかにお主にしか出来ぬ分析方法ではあるが、お主が子供というのはひどい冗談でもある。このような子供がいてたまるか」砕けたままの表情で肩を揺らすリーシュカ。
(おそらくは、これらだけが彼の諜報網の正体ではあるまい。この貴重なる猛禽は味方としておくのが正解であろう)
自分の後継者でも見つけたかのような視線で、フェリクスの横顔を見つめ続けるリーシュカ。それを「孫を見つめる祖父の優しい目」のように読み違え、さらに困惑する一同であった。
作中における大司教がいる都市
( )内は現在その都市がある国
<選帝侯兼任大司教>
バーゼル(スイス)開明派
ザールブリュッケン(ドイツ)保守派
ドレステン(ドイツ)保守派
<大司教位のみ>
オストラヴァ(チェコ)中庸
ドーヴァー(英国)中庸




