21 御前会議② 齟齬
「ボヘミア王家はすでに三代に渡り、この帝国を統治なされておられます。この間における帝国の安定ぶりは、歴代の名君たちの偉業をも上回る実績。ボヘミア王家を盟主とする各領邦でも、陛下の行政手腕と<調停者>としての力量に疑義を挿む者は、そうはおりますまい」なだめるようにヴィクトールに賛辞の言葉を贈るフェリクス。
「その通り。陛下こそがこの帝国を統べる至高の存在にございまするぞ」ここぞとばかりに、強い口調で相槌を打つヴルク。
「無論、領邦諸侯の方々も、陛下がお目指しになられる帝国の未来に少しでも近づけるよう、微力を尽くす所存に相違はありますまい」にこりと笑むフェリクス。
「正にそれよ。少しでもこの帝国に貢献するつもりがあるのであれば、なぜシュヴァルツヴァルトは自らが行っておる数々の改革の手法、詳細を我々に開示せぬのだ。それこそが私がシュヴァルツヴァルトに疑念を抱く最大の要因よ」人差し指でテーブルを3度ほど叩き、フェリクスを冷たく見つめるリーシュカ。
(その腹の内は? 宰相のリーシュカさん)
「もちろん、我々もご協力させていただく準備はすでに整えております。発明品の類などを除けば、今すぐにでもお伝えできるよう、活版印刷を使い、帝国語での手引書の製本化も済んでおります。ただ、我々が行ってきた改革の中身には、この帝国の国教であるヨハネス教の教えとの間に少なからぬ齟齬がございます。ゆえにそれらを公に陛下にご献上させて頂いた場合、教会関係者からの大きな反発を生むやもしれませぬ。そこが我々の最大の懸念であり、改革の中身の開示を踏みとどまらせてきた一番の理由にございます」
「活版印刷……あれは実に素晴らしい」
ひさしぶりに口を開く工部尚書のノイマン。
「あれほど読みやすく、また量産のきく本の複製法。初めてお見せいただいた時には脳天を雷に貫かれた思いでしたぞ」
「ああ、以前に お主が申していた新時代の本の複製法とやらか」ヴィクトールがノイマンに問う。
「はい陛下、春先に辺境伯領を訪問した際、公子マクシミリアンに案内していただいた<印刷所>なる場所で見た あの光景。今なお鮮明に覚えております。一冊写本するだけであれば、手書きでも十分にございますが、百冊を複製するのであれば、圧倒的に印刷の方が早くなります。それに原版作りさえ細心の注意で行えば、<誤りのない完璧な本>をいくらでも刷ることが出来ます。大量複製には持ってこいの写本の革命ともいえる発明かと」
「んっんっ(咳払い)……活版印刷なる物は置くとして、教会の教えとの齟齬とはいったい何だ。教会の教えに反する異端な手法の改革をシュヴァルツヴァルトでは行っているとでも申すつもりか」リーシュカが、またフェリクスに問う。
「まずは異端の定義についても考える必要がございますが、現在の教会における無自覚な無教養層が、無思考のまま主張している迷信的教えの数々との齟齬がネックとなっていると申すべきでしょうか」
「おお、これは何たる暴言。正に異端者のそれではないか!」ヴルクがこれでもかと大げさな演技でフェリクスを非難し、それをキッ!と睨みつけるミロスラフ。
「まず聖書の原典の解釈についてです。現在では初期の教えを大きく捻じ曲げたものばかりが幅を利かせております。それらの指摘に関しましては、陛下の祖父であらせられる皇帝ヴラディミア一世が、時の大学者にして大学の初代学長のハシェク殿にまとめさせた<神学大全>でも確認することができます。宰相閣下は、まだ一度もご覧にはなられておられませぬか?」
「ハシェクの神学大全なら、私も軽く目は通しておるが……どこにそのような記述があったのだ?」
「第5章の『聖書解釈における曲解と誤謬の歴史』の部分にて。100ページ以上に渡り述べられております。皇帝ヴラディミア一世も ―― このような長きに渡る曲解の歴史が、文明の進歩を停滞させ続けている最大の要因である。余はそれらをひとつずつ是正していくことを生涯の目標とす ―― と跋文(後書き部分)に寄せられておられます」
「ほ、ほぉ……」
実際には神学大全を手にしたことがなかったので、反論も出来ないリーシュカ。
「……であれば、お主は教会そのものを否定し、帝国と教会との絶縁でも願うつもりか?」
「まさか」両手を広げ、おどけたように否定のポーズを取るフェリクス。「ボヘミア王国の宮廷の一部でも、そのような考えがあるということはすでに耳にはしておりますが、それはあまり得策とは言えぬ判断にございましょう」
「得策とは言えぬ……か?」
それまでも転々と顔色は変えていたが、しばらく黙っていたミロスラフが口を開き、フェリクスに問うた。




