20 御前会議① 開幕
ヴィクトールに連れられ、フェリクスが向かった先。それは王宮にある小会議室であった。部屋に入ると、すでに四名の男が着席していたが、皇帝の登場に一同立ち上がり、胸に手を当て、頭を下げた。
「フェリクスよ、この者たちは手前から宰相のリーシュカ、軍務尚書のヴルク、工部尚書のノヴァーク、民部尚書のオラーチュである」
ひとりずつを指差し、簡単にフェリクスに紹介し、自分はさっさと上座に座るヴィクトール。それにミロスラフが倣い、皆も着席。
「初めまして。私はシュヴァルツヴァルト辺境伯家が麾下、ノイシュタット子爵家のフェリクスと申します。帝国の重鎮であらせられる皆様方のご尊顔、思わぬ折にて拝すことが叶い、誠に恐縮至極にございまする」
少しばかり、へりくだり過ぎのようにも思えたが、敢えて下手に出ることにより、相手の反応を伺おうとするフェリクス。
「ふん、お前が噂の小僧か。本当にただの子供ではないか」鼻で笑い、明らかに見下した態度を見せるヴルク。
(軍務尚書のヴルクさん 門閥貴族家出身)
「おい、ヴルク卿。客人であるフェリクスに対し、そのような非礼な態度を見せるのであれば、この場から出て行ってもらっても構わぬのだぞ」露骨な苛立ちを見せ、ヴルクを嗜めるミロスラフ。
「えっ、あっ……はぁ……(普段はヘラヘラと決して腹の内を見せぬ王弟が、なぜこのような小僧ごときに)?」ミロスラフからの想定外の叱責に困惑するヴルク。
「ここ数年、神童フェリクスの名は、よく耳にしておりましたが、そうですか、貴君がご本人で。実に聡明そうな お顔立ちをなされておられる」ニコニコと空気を変える工部尚書のノヴァーク。
(新しい物好きのノヴァークは、ヴラディミア大学出の民間出身)
「シュヴァルツヴァルトの大農政改革に、貴君が一枚も二枚も噛んでおられるという話は誠ですかな? もし本当であれば、是非ともこの私にも、そのお智慧の一端をお授けいただきたいものですが」民部尚書のオラーチュが続く。
(こちらも同じく大学出の民間出身の耕す男、オラーチュさん)
「おい待て、余を抜きに勝手に話を始めるではないぞ」制止するヴィクトール。「各々、順番を守ってフェリクスに質問せよ。今日はそのためにわざわざフェリクスを招いたのであるからな」
(私が招かれたのは建前としては、自分の娘の健康状態を慮ってのことではなかったのか、王よ?)―― 小さく苦笑するフェリクス。
「では、そろそろシュヴァルツヴァルトの小僧への査問会議を始めると致しましょうか、陛下」冷たい目付きで、皇帝ヴィクトールに確認の視線を送る宰相リーシュカ。
「査問とはいったい何だ!いい加減にせぬか、リーシュカ、お主も!」再び怒気を見せるミロスラフに、眉根を少し動かしただけで、ほぼ無反応の宰相。そして肩をビクリとすくめるヴルク。
「ですが、ここ数年における辺境伯家の増長ぶりは、あまりにも顕著。陛下の許可も得ず、次々と近隣諸侯たちの領地をも接収し、全ては事後報告。これでは如何なる野心を疑われても、申し開きは出来ますまい」
「そ、それは……だな……」
二の句が続かないミロスラフ。
「野心とは一体どのようなものを指してのお言葉で御座いましょうか、宰相閣下」冷静な態度で問い返すフェリクス。
「シュヴァルツヴァルト辺境伯家は現在、<選帝侯>となるための基準である四十の領邦を従える盟主の座にすでに手をかけておろう。これを野心と言わずして何と申す?」
「そうだ、そうだ」腕組みしながら、小声でリーシュカに追従するヴルク。
帝国法には、選帝侯選出の基準として――
帝国から領地として認定された地域ひとつを一票とし、自身が直接収める領地と自身が従える諸侯たちの領地の総数が四十を超え、かつ四十以上の領地票を集めることが出来た場合、その者は新たな選帝侯に序される。
―― という規定が定められている。
「領邦の各領地からの支持を集め、必然的に選帝侯となることの、一体どこに後ろ暗い部分があるというので御座いましょう。宰相閣下は帝国法の在り方そのものに、異論がおありということでしょうか?」
「そのようなことは言っておらん。小賢しい詭弁を使うな、小僧。私が問うておるのは選帝侯の位のその先にある、大きな野心をジギスムントが抱いておるのではないのか、という話だ」
「なぜ宰相閣下が、そのようなことをこの私めに問われるのかは分かりませぬが、ジギスムント閣下には、そのような野心はひと欠片もないかと。我々の手は、現在の領域の民たちのためだけでも、すでに手いっぱい。この上、帝国全土の領民たちにまで気を向ければ、逆に全てが我々の手からこぼれ落ちてしまうことも必然。はっきり申し上げて、宰相閣下のおっしゃられる大それた野心の先にある責務など、我々の手には完全に余りまする。もし、それでも宰相閣下がご不安だとおっしゃられるのでしたら、辺境伯家が選帝侯に選ばれた場合、皇帝位に自らが立候補することはない、との誓約書を私の方からジギスムント閣下にお願いさせて頂いてもかまいませぬが?」
「っ!……た、たかが子爵家すら まだまともに継いでもおらぬ、お主の言葉などに何の価値―― 」
「ふっ、手に余るときたか、皇帝の位は……」宰相リーシュカの言葉を遮り、思案げな皇帝ヴィクトール。「あれほど領地を発展させておるジギスムントにすら手に余るというのであれば、果たして余の手にはちゃんと収まっていると言えるのであろうか……」顎に手をやり、考え込むヴィクトールであった。
補足)
名前(ドイツ読み)意味
リーシュカ(フックス)キツネ
ヴルク(ヴォルフ)オオカミ
ノヴァーク(ノイマン)新しい男
オラーチュ(プフリューガー)鋤を使う人
※本編での読みは、ボヘミア(=チェコ)語に属す。




