14 来訪者たち
翌日からが大変であった。
まず、祖母のクララと共に、滅多には顔を見る機会のない祖父のゲルト、そして目にすること自体が初めてのハンナの兄クルトが訪ねて来た。彼らはあまり喜ばしくない、期待や下心が透けて見えるような美辞麗句の数々を、ほぼ面識のないフェリクスに贈った。フェリクスには前世の記憶なるものがあるということは伏せたまま、クララは彼らに今回の出来事を話したらしく、ただただ「ごめんね」といった表情で、何度もフェリクスに頭を下げていた。
前日に<辺境伯家の馬車>が、玄関先に止まっていたのを見た近隣住人たちも次々と家に訪れ、何があったのかと訊ねてきた。中には、フェリクスが一度も会話したことのない同年代のこどもを連れ「この子はフェリクス君の親友なの」などと言い出す輩までもが現れる始末であった。
マクシミリアンが家を訪れて三日後には、父テオの親族も はるばる近隣の農村からやって来た。こちらも2度ほど見たことがある程度のテオの両親と兄と姉。彼らはまだ何ひとつ決まっていない子爵家の相続後の話などを勝手に始め、「早くフェリクスの領地に移住したい」などと言ってきた。全てはまだ、これからの話であるというのにも関わらず……。もし今後、万が一、何か伯の逆鱗に触れるような粗相などがあれば、逆に一族郎党の首が飛ぶことにもなるかも知れない。などという適当な脅し文句を織り交ぜながら、フェリクスは、あまり彼らをまともには相手にはしなかった。だが父のテオは、すでに騎士爵への昇進が決定している。なので今度はテオに向かい、彼らは様々な援助のおねだりを始め、テオが眉をしかめる番となった。
テオが騎士に昇進したことにより、上級市民たちが住む、城近くの新たな居住区への引っ越しも決まった。新しい家は、辺境伯から騎士に与えられる無償の褒美でもあったため、テオはずっと興奮しっぱなしでいた。
この数日の間で、フェリクスを唯一喜ばせた訪問者は、フェリクスを辺境伯家に推薦し、恩人となった騎士コンラートだけであった。
◇
「まさかこれほどのことにまでなるとは……やってくれたな、フェリクス」落ち着いた声でフェリクスをからかうコンラート。
「これもそれもコンラート様のせい……いえ、おかげにございますよ」それに照れ笑いで応えるフェリクス。
「いずれはノイシュタット子爵家あたりを継ぐのだろ? だとすれば、今後は私も君のことをフェリクス様とでも呼ぶべきか?」冗談交じりに問うコンラート。
「冗談はおやめください。どうかこれまでどおりで……何卒!」頭を深々と下げるフェリクス。
「だがご主君(=辺境伯家)の前ではそうもいかんぞ。今のうちから慣れておく必要があるのではないか?」おとな子供相手に、ニヤニヤといじわるを続けるコンラート。
「勘弁してくださいよ。コンラート様にまでそのような態度を取られてしまっては、私は……」
「ははは、冗談はさておき……いや冗談とも言えぬのだが、そんなことよりもあれだ。ジギスムント閣下をも唸らせたというお前の秘密。知識の源泉の正体とやらをこの私にもお教えしては頂けぬのかな?」訪問の本題を切り出すコンラート。
フェリクスの、その年齢にはあまりにも似つかわしくない知能の高さには、いったいどのような秘密があるのか。これはコンラートがずっと疑問に思ってきた部分であった。
「うーん、どうでしょう。あまりにも突拍子のない、荒唐無稽な話になりますが……」
「いや、であるならば、余計に知りたいものだな。心配はするな。私は教会保守派の敬虔な信者などではないゆえ、何を聞いても驚きはしないし、否定もせぬぞ」
コンラートは、主君であるジギスムント同様に、開明的で柔軟な思考を持つ男であった。それゆえに出たセリフではあったが、コンラートはそれ以外にもすでに、ここ数日、漏れ聞こえた主君一家の言動から、ある程度の推論は立てていた。
「それでは……」
意を決し、前世の記憶の話を今度はコンラートに告げるフェリクスであった。
◇
「――ははは、 今日はほんとうに素晴らしい話を聞かせてもらえた。君とのこれまでの会話の中でも最上のものであった。今後の領内の発展にも大い期待が持てそうだ。何卒よろしくお頼み申しますぞ、フェリクス殿」フェリクスの頭の上にポンポンと手を置き、上機嫌で別れを告げるコンラート。
コンラートの背中を見送りながら、彼のような人々の期待に応えるためにも、この時代でも再現可能な、すぐに導入することが出来そうな知識の精査・選別を、また真剣に考えねばと思案し始めるフェリクスであった。
(フェリクスの今世での恩人となった騎士のコンラートさん 27歳)
フェリクスの周囲は今のところ、まさに<幸運>と言えるほどに、ひとに恵まれていますね。ほんとうに良い名を付けてもらったものです。




