13 告白
辺境伯の名代マクシミリアンが去った後、テオは狂気乱舞し、ハンナはまだ幼いフェリクスの身を案じ、頭を悩ませた。祖母クララは力強く拳を握りしめて静かに喜び、ハインツは許容量を超えた展開に言葉を失ったまま、泡を食っていた。
だが、全員が何よりも気になったのは、やはり「辺境伯家でフェリクスにいったい何があったのか?」ということであった。
「―― ジギスムント様には、僕が持つ知恵のいくつかを気に入ってもらい、今回このようなご提案をいただくことになったんだ」家族に説明を始めるフェリクス。
「フェリクス……アナタが普通のこどもではないということは前々から気付いてはいたけど、私たちにも納得できるようにちゃんと説明してちょうだい」ハンナは母として問うた。
「実は僕には、その……前世の記憶というものがあるんだ」意を決して告白するフェリクス。
「「「……前世の記憶?」」」
ハンナ、テオ、クララが口を揃える。
「そっ、その前世ってのは、いったい何なんだ?」
前世という概念そのものを知らないテオが訊ねた。
「前世っていうのは、このフェリクスとして生まれる前の……別の人間として生きてきた過去の人生のことで……」
「別の人間として生きてきた過去の……人生?」
理解がまったく追いつかないテオ。
「なるほどねぇ、前世の記憶がねぇ……どおりで」
なぜか、ひとりだけ納得した様子の祖母クララ。
「母さんっ、今の説明だけで<前世の記憶>というのが いったい何なのか、理解できたとでもいうつもり?!」母に向かって詰問するハンナ。
「あれはどのくらい前のことだったかしら……私がまだ十代だった頃の話ね。この街に遠い遠い東方の国の使節団が滞在したことがあってね。帝国語も出来る、それはそれは頭の良い若手のエリートの方に教えてもらったことがあるの。なんでも、その方が催事の衣装の修繕を取り急ぎして欲しいって、これまでに一度も見たことがないような、それはそれは見事な金の刺繡の入った異国の礼装をお持ちになられた時にね。あれは龍と呼ばれる生き物の刺繍だったかしら…… ―― 」いつもどおり、付け足し過多で回想を始めるクララであった。
◇
「―― はぁ……そんなこともあるんですね。私はこれまでの人生で一度も聞いたことがありませんでしたよ。前世などという摩訶不思議な人生の話を。ましてやその記憶を持ったまま生まれてくる人間がいるなんてことも」クララの長い長い昔話が終わり、感想を述べるテオ。
ハンナは口元に拳をつけたまま黙り込み、フェリクスのこれまでの言動や態度をいろいろと思い返していた。
「誰も疑わないの……僕が前世の記憶を持っているという話を?」家族を見回し、訊ねるフェリクス。
「疑うも何も辺境伯様がそれをお信じなられたというのなら、それは事実で間違いはあるまい。ならば俺がどうこう考えるような話ではない」実に仕事人間らしいセリフを吐く、どうかしているテオ。
「納得はしきれない……納得したくはない……けど、本当にアナタに前世の記憶というものがあるんだとすれば、これまでのアナタの考えられないほどの大人びたところにも、納得が出来るといえば、納得が出来て……ああ、なんてことなの」
顔を覆い、深く溜息をつくハンナ。
「そっ……それがお前の正体だったのか、フェリクス!」長い沈黙から、ようやく初めて言葉らしい言葉を発する兄のハインツ。
「しょ、正体って、なんて言い方をするのっ、ハインツ!」パーン!―― 反射的にハインツの頬をひっぱたくハンナ。
「いや、正体に違いないさ……兄さんはずっと僕という弟に一番違和感を持っていたはずだから……同じ子供として、弟としての僕は得体の知れない存在であったはずだからね」怒るでなく、むしろ謝るように、ハインツに向かってそう答えるフェリクスであった。
◇
深夜、興奮による躁状態のまま、3人目を求めるテオ。それを激しく拒むハンナとのやりとりを遠く耳にしながら、フェリクスとハインツも横に並んで寝転がったまま、寝付けずにいた。
「フェリクス、ぼくはこれからお前と……どうすればいい?」
「兄さんの思うように……で構わないさ」
「ぼくはずっとお前ともっとなかよくしたかった……のに、お前はぼくよりもずっと大人みたいで……ずっとそれがイヤだったんだ」
「僕が兄さんの立場だったとしても同じさ。こんな得体の知れない弟はね」
「ぼくは、お前のことがきらいなわけじゃないんだぞ!ただ……お前とどうすれば上手になかよくできるのかが分からなくて……ぼくがこどもだから……」少し涙ぐむハインツ。
「……それを聞けただけでうれしいよ、兄さん」
「兄さん……か。ほんとうはお前の方が大人なのにぼくがお兄ちゃんで……いったいどうすればいいんだよ」
「まあ、こればっかりは他でもあまり例のない話だから、なるようにしかならないんじゃないかな」
「おい、お前がいた東方の国では、生まれかわりってのがいっぱいあるんだろ?」
「いや、そんなに多く聞く話じゃないし、僕が生きた前世は ばあちゃんのいう東方の国とはまた別の……しかも未来の世界での話だからね」
「おい、なんだよっ、その未来って!きかせろよ、フェリクス!」半身を起こし、眠気が吹き飛んだ顔で目を見開くハインツであった。
(ようやく気味の悪い弟と雪解けのハインツくん 9歳 弟にそっくり)
補足)
一説には、作中で出てくるクララと使節団員との小話は、30分超の大スペクタクルラブロマンスであったとか、なかったとか(なんの小話やねん)。
ハインツが、やたらと幼く見えるのは、辺境伯家のテオドールのせい。あっちがどうかしてる。




