09 夜の訪問者
三本立ての燭台5セットの灯りで照らされた薄暗い客室。膝から上をベッドに預け、天井を見つめるフェリクス。
(ああ、本当に今日はなんて日なんだ!)
この六年の間、ほとんど野菜ばかりを食べ、育ってきたフェリクス。先ほどの食事は、前世でもあまり経験のない肉祭りのようなディナーであった。にも関わらず、その味が全く思い出せない。あまりにも食事中の会話内容が、衝撃的過ぎたためである。
(いきなり養子縁組の話にまでなるとは、さすがに想像もしなかったな。さて家族にはどう伝えるべきか)
この時代、上位階級者からの言葉は絶対である。
テオやハンナしても、断れるような話ではない。
ただ、心情的な面に関しては「ちゃんと調整しておく必要があるな」と、フェリクスは感じていた。
―― トントン!
「入るぞ、フェリクス」
ノックの音と同時に部屋に入ってきたのは、ジギスムントの次男テオドールであった。
テオドールの急な訪問に焦り、ベッドから跳ね起きるフェリクス。テオドールが好戦的な態度で来るのではないかと、身構えるフェリクス。しかし、テオドールはフェリクスの予想には反す態度を示した。
「フェリクスよ、お前はいったい何者なのだ。父上のあれほどのご興奮のなされよう、私は初めて見たぞ。いったいどこで何を学べば、父上があそこまでお喜びになられるような知識を、私も得ることが出来るというのだ?」
意外にも敵意などではなく、感嘆にも近しい率直な質問を投げかける金髪の少年、テオドール。
フェリクスが想像していた貴族の子弟、特に幼年期のそれは「尊大で横柄なもの」に違いないというステレオタイプ的なものであったため、フェリクスは面食らった。
( マクシミリアンやヒルデガルドにしてもそうだが、このテオドールもまた、さすがはジギスムント様の血とでもいうべきか)
「父上はお前を従者としてではなく、一族のよき友人として、私とともに帝都の貴族学院へとお送りになられるおつもりのようだが、お前はどう考えている?」
「私と致しましても、ジギスムント様があのようなご決定をなされるとは、想像だにしておりませんでした。養子縁組の話は先ほどの夕食の折、私も初めてお聞かせいただいたお話でしたので、今でも何が何やらにございます」
「はははっ、お前にも理解できぬことはあるのだな、フェリクス。それが聞けたのはよかった。先ほど、食事中に聞かされた衛生学なるものの父上のご説明は、正直まだ私の理解の及ぶところではなかったからな。その後に話されていた栄養学なるものにしてもそうだ」
「未知なる学問においては、誰しも最初はそうにございましょう。これからゆっくりとお学びになられれば、よろしいかと」
「私にも……理解できるよう教えてくれるか、フェリクス?」
「もちろんにございます。私の願いはより多くの方々がそれらを学び、今よりも人々が安心して健康に暮らせる社会の構築にございまするゆえ。それにはテオドール様のようなご聡明な貴族の方々の、ご理解ご協力が不可欠にございまする」
「フェリクスよ、私とお前は年齢も同じ。これからはかしこまった言葉などは抜きに、友人として付き合ってもらえると助かるのだが……もちろん勉強を教わる際には、お前が教師であり、私は生徒の立場として、ちゃんと分は弁えさせてもらうつもりだが……」そう言うと、恐る恐るのように右手を差し出すテオドール。
「よろこんで!」握手に応じるフェリクス。
「……それにしてもフェリクスよ、お前に今さら学校での勉強などが必要なのか?」
「もちろんにございます。私は勉学において不可欠なラティウム語(※ラテン語の原型)にすら、まだ一語も触れたことがありませぬゆえ」
「なんだとっ……それはまことか?! であるなら、お前が持つ高度な知識の数々は一体どこから来たというのだ? 」苦笑いするフェリクスの表情に何かを読み取ったテオドール。「いや……それについては追々であったな、すまぬ。だがいつかは私にもその謎の正体とやら教えてくれるのであろうな?」
「いつか、必ず。そう遠くはない未来に」
期待も込め、そう応えるフェリクスであった。
……すまんがテオドール少年賢すぎんか?まだ6歳児だよね? まあ、本物の天才はテオドールの方なんだが(意味深)。
セリフの内の難しい漢字部分は、全部平仮名にしようかとも考えたが、言葉遣いを理解している時点で、わざわざ平仮名を使うのもあれで……うーん。
未設定の部分だが、シュヴァルツヴァルト家には、開明的なお抱え家庭教師がすでにいた的なことにでもしなきゃ、辻褄が合わなくなってくるな、これ(苦笑)。
速報)次話では遂に超絶イケメン、マクシミリアン兄さんのご尊顔を大公開!




