08 会食
補足) 登場人物 現時点での年齢
ジギスムント 33
アレクサンドラ 32
マクシミリアン 14
ヒルデガルト 10
テオドール 6
ベアトリクス 26
ジークフリート 9
フェリクス 6
辺境伯一家との長テーブルでの、遅めの夕餉。
緊迫するその空間で、フェリクスはひとり縮み上がっていた。
ジギスムントと共に、食堂に着いた頃には、すでに全員が着席していた。奥の方から左右順々に、ジギスムントの妻のアレクサンドラ、妾のベアトリクス、長男のマクシミリアン、長女のヒルデガルト、次男のテオドール、そして庶子のジークフリートが座り、冷ややかな目でこちらを眺めていた。
ジークフリートの隣、一番手前の席にはフェリクスの分であろう食事が、すでに並べられていた。だが、あろうかことか、ジギスムントは一番上座に当たる自分の席の真横に椅子を移動させ、フェリクスの食事を運ぶよう使用人たちに指示した。
目を見開くベアトリクスとヒルデガルド、そしてテオドール。冷静を装うマクシミリアンと、どういった表情をして良いのかもわからぬジークフリート。
「この者の名はフェリクス。コンラートの従士をしておる家来の息子ではあるが、儂は今この者を我が一門に加えようと考えておる」
「「「「「「「「えっ!」」」」」」」」
ジギスムントの不意の宣言に一同が驚愕する。
フェリクスにとっても、まさに寝耳に水の話であった。
「縁組先は……そうだな、我が叔父上にあたるノイシュタット子爵家あたりがよかろうか」
「あそこは確か、最後の公子も身罷り、後継者のおらぬ状態でありましたが、まさか……?」長男のマクシミリアンが少し驚いたように、ジギスムントに問う。
「ああ、その通りだ。儂はこの者を正式に我が縁戚に加えようと考えておる」
「な、なぜ、ジークフリートではなく、たかが従士の子倅をいきなり子爵家の世継ぎになどとっ!」興奮して立ち上がる妾のベアトリクス。
「ジークフリートはまだ九歳となったばかりであろう。男爵家程度であれば、いずれは継がせてやると前々から言っておろうが」煩わし気に眉をひそめるジギスムント。
「で、ですが、その者はジークよりもさらに幼く……しかもなぜジークよりも格上となるやもしれぬ子爵家になどと……」唇を震わせるベアトリクス。
「父上、その者はたしか先日、我が誕生パーティーに参加していた、私の従士候補のひとりであったのではありませぬか。であればまだ私とも同じほどの年頃のはずでは?」
落ち着いた口調で、しかし緊張が見て取れる表情で、テオドールも口を挿む。
「ああ、その通りだ。お主はすでにフェリクスと会っておったな」
「り……理解できませぬ。我々兄弟でもまだマクシミリアン兄様しか叙爵もされておりませぬのに」
「ふっ、フェリクスの受爵とてまだ先の話だ。今はまだあくまでも養子縁組までの話に過ぎぬ」
「し、しかし……」
食い下がりたいが、これ以上の抵抗は不敬に当たると考え、言葉をぐっと飲み込むテオドール。
気付くと、どこ吹く風で、ひとり勝手に食事を始めているヒルデガルトがいた。
「どうせ父上のことだから、一度お決めになられたことは簡単には覆さられないわよ。なら、なぜそうすることにお決めになられたのかをお聞かせいただいた方が、より建設的というものよ」
「たしかに……ヒルダのいうとおりだ」同意を示すマクシミリアン。
「では、皆がちゃんと納得が出来るよう、ご説明をお願い致しますわ、ジギスムント」ようやく最後に口を開いたのは、正妻のアレクサンドラであった。
◇
食事をしながら、フェリクスが<前世の記憶>を持っているという事は伏せたまま、フェリクスに教わった知識の数々を要約し、嬉々として講義を始めるジギスムント。
強い興味を示したのは、アレクサンドラとマクシミリアン、そしてヒルデガルドであった。テオドールとジークフリートには、まだ理解が追いつかず、ベアトリクスもまた狐につままれたような面持ちで黙ったまま、ジギスムントの話を聞いていた。
「―― おいおい、このような誰も知り得ぬような知識を一体どこから手に入れたというのだ、フェリクスとやら」ジギスムントの説明が、あまりにも理路整然としていたため、疑っているという風ではなく、心底驚いた様子で、そう訊ねるマクシミリアン。
( いったいどうなっているんだ、このひとは本当に)
フェリクスはフェリクスで、ジギスムントの咀嚼力とプレゼン力に完全を舌を巻いていた。だが、マクシミリアンからの質問には、どう答えるべきかと悩んでいると ――
「それについては追々、儂の方からお前らにも説明しよう。今はしばらく結果を待て。何事も結果が伴わねば、お主らとて半信半疑のままであろう」
フェリクスに助け舟を出すジギスムント。
「ついては、我が家の食事に関しても、今後はフェリクスの知識を取り入れたものが食卓に並ぶこととなるゆえ、期待して待つがよい」
(自分だけ、ひとり勝手に食事を始めちゃう ヒルデガルトちゃん 11歳)
余談)
この時代、フォークやスプーンは、まだ一般には普及しておらず、貴族の間でもナイフと手づかみという食事風景が多かった。
しかし、この辺境伯家での食卓では、ナイフとフォーク、スプーンといったカトラリーが並び、お皿も存在した。これは富の象徴を意味する場面で、久しぶりに見る文明的な食事風景の原型に、フェリクスは感動もしていた。
ちなみに一般人は「トランショワール」と呼ばれる、作って一週間ほどが経過した「カチカチになった平たいパン」をお皿代わりに使い、それすらない時は、木の板に直接食事を盛り付けるといったこともしていたという(もちろん手づかみでの食事)。
貴族も、お皿を揃えられない家ではトランショワールを使っていたが、盛り付けた食事を「食べ終えた後の皿」を食べるのは、さすがに貴族としてアレなので、使用人や家畜に使い終わった後のトランショワールを与えていたのだとか。
カトラリーは当時、たいへん高価でもあったため、宴席などでは貴族たちも「持参」して、パーティーに参加していたともいう。




