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夜伽とは戦いだ(獅子王談) 1

 麗孝リキョウは、風格ある王者然とした態度の俺さま男だ。


 きっと自分の姿と立ち居ふる舞いを常に意識しているにちがいない。従者に鏡をもたせて全方向から華麗な姿をチェックしたいんじゃないか。


 そんな奴が満面に笑みを浮かべ、堂々とした足取りで寝所に入ってきた。


魅婉ミウァン、ますます美しくなったな。これは余のために装ってくれたのか。そなたは昔から心優しかった。それ故に後宮の他の者たちとの争いに耐えられぬと思って、あえて我慢してきたのだが。いつまのにか強く、さらに美しくなったな」


 ここに至りなにを口説いている。俺が好きなのか。いや、俺じゃない、魅婉ミウァンに惚れているのか。

 それは、わかっているが、どの程度かは知らなかった。

 まさか、魅婉のために抱くのさえ我慢するほどだったのか。抱きたくて仕方ない女を、その立場で我慢するってのは、なかなかの蛮勇だ。


 いや、そっちじゃない、そっちじゃないぞ。

 俺は男だから、つまり……。

 今、麗孝リキョウの下半身がすこぶる情緒的になっていると、わかっている。


 麗孝は、それでも余裕をもった態度で、俺の正面にドカリと腰をおろして恐れげもなく見つめてきた。

 その自制心には感服するし、褒めてやろう。


「覚えておるか。幼い頃、そなたと遊んだ頃のことだ。この殺伐とした後宮で育った余にとって、そなたは救いの存在だった。素直で純粋で、かわいかった魅婉が、あれ以来、声もでなくなったとは。どれほど心配したことか」

 

 わかった。理解はしたから、せつなげな目で見つめるな。言葉とは裏腹に手をおずおずと伸ばすな。言ってることと、態度が真逆だぞ。


「寝所に引きこもり、悲しみにくれる姿を余は見守るだけで我慢してきた。そなたは余のものなのだからと我慢した。政務に没頭し、身体を鍛える日々のなかで、一度だってそなたを忘れたことはない。わかっていただろう。幼い頃から、ずっと態度で気持ちを伝えてきたことに気づいたはずだ」


 いや、この鈍感女は、まったくこれっぽちも気づいちゃいない。

 その上、おまえの方だって、その、いろいろやった中には、他の女との関係もあるだろうが。

 まったく……。

 せつなげな流し目で俺を見つめて告白してくるな。


 いったい太華のやつ、いつまで食事の準備をしている。麗孝リキョウが部屋に入って、すでに十分は過ぎている。

 何を料理しているんだ。

 はよ、運んで来い!


「腹が減らんか?」

「ほお?」

「いや、言いたいことはわかった。だが、まずは食事だ。腹が減ってはな、その、困るだろ?」


 太華!


 遅い!

 遅すぎる!

 非常事態なんだ。急げ……。


 俺の言葉をまったく無視して、麗孝リキョウが、さらに手を伸ばしてきた。その絶体絶命の瞬間に、やっと、待ちに待った声が聞こえた。


「失礼致します」


 太華、太華、よかった。やっと来たか。

 俺は、さりげなく麗孝リキョウの手から逃れた。


 ああ、危ねえ、危ねえ。

 流れ的にいって、このまま胸に引き寄せられる場面だ。いいぞ、太華。さすが俺の女、てえい、何を言っている。

 この妖艶な雰囲気に侵されて、俺までおかしくなってきている。


「おお、太華。とっとと入れ」


 声は可愛いが乱暴な言葉で叫ぶと、障子戸が開いて太華が現れた。微妙に怒っているように見える。

 しかし、顔には出さず背後に膳をもった女官たちを従え、しずしずと入室した。


魅婉ミウァンさま。ど、どうぞ、お淑やかになさって」と、耳もとで囁くのを忘れていない。

「いいから、はよ皿を並べよ」

「恐れ多くも、皇太子殿下さま。ご機嫌うるわしゅうございます」

「太華、ひさしぶりだ」

「もったいのうございます、殿下。あの……、殿下。魅婉ミウァンさまは、ご記憶を失ってから、まだ完全に癒えてらっしゃいません。どうぞ、お振舞いに問題がございましても、広いお心でお許しくださいませ」


 必死に額をつけて、俺の代わりに詫びる太華に、麗孝リキョウはおおらかに笑った。


「太華、相変わらず心配性のようだな。大丈夫よ、事情はわかっておる」

「恐れおおいことにございます」

「さあ、膳を用意したのなら戻って良い。今日はゆっくりと幼馴染と旧交を温めたいのだ」


 太華はつれてきた女官に指示して膳を手際の良く配置すると、あっという間に立ち去った。

 さて、こっからだ。

 どう、眠り薬を酒に仕込んで飲ませるかだが。なんてこった、向かい合わせにすわる奴にスキがない。

 麗孝リキョウは武術もたくみだと聞いたが、間違いなくかなりの腕前のようだ。

 所作は優雅そのものだが、油断なく周囲を警戒して、何事も見逃さないという気迫を感じる。

 

 どうしたらいい。

 くっそ、手がない。

 奴は楽しそうに膳に箸をつけ、「おや、食べないのか?」と聞いてくる。

 酒を飲ませよう。酔っ払えばスキができて、酒に薬を仕込むことができそうだ。


「お酒を、どうぞ」


 俺は慣れない手つきで酒を小さなさかづきに入れて、奴に勧めた。


「酒か、そなたも飲むか?」

「ええ、いっぱい」


 何杯か注いだが、麗孝リキョウは素面だ。

 小さな盃くらいでは、まるで水を飲んでいるかのようだ。顔色も変わらず、まったく酔う気配がない。


「お酒に強いのね」


 クラブで見たホステスのように、俺は品をつくって、汁用にあった茶碗を空にした。なみなみと溢れるほど酒をそそいだ。


「おお、おお、これはまた」と、奴は破顔して、また一気飲みした。


 それでも顔色も変えやしない。

 なんて奴だ。

 その上、俺の茶碗にも、なみなみと酒を注ぎやがった。


「そなたも飲むか? そうか、今宵が恥ずかしいのであろう。酔えば楽しい。さあ、お飲み」


 いや、恥ずかしいんじゃない。

 恐怖だ。

 おまえだって、もとの俺、がたいのいい身体をした獅子王が目の前にいて、しどけなくすわっていたら、恐怖するだろうが。


 ええい、最後の手段だ。

 もう、これしか方法はない。

 俺は横を向き、上衣の袖で隠して眠り薬を口に含んだ。


 獅子王朔、三十八歳。

 これまで立派に生きてきた。しかし、今宵、人生最大の汚点を残すことになるだろう。


 慟哭どうこくせよ! 世界。




(つづく)

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