両手両足を車に縛って引き裂く『車裂きの刑』
「少し待て、天佑。俺に話させてくれ」
「しかし、魅婉さま」
「この女を刑部に引き渡せば拷問するだろう。そうすれば、嘘も事実と白状するはずだ。事はそんな簡単なことじゃないんだ」
明明は怯えた小動物のようにガタガタと震えている。いかにも純真で無知そうな若い女。彼女は自分の行く末を正確にわかっていないのは間違いない。
俺は明明に向き合った。
「なあ、おまえ、車裂きの刑って、その意味がわかっていて、自分がやったと言っているのか?」
「く、く、くるまざき……」
「ああ、そうだ。おまえは刑部に引き渡される。どう考えても腹にいる皇子を殺した罪は……、この世界でよく耳にする、あれだ、万死にあたいするんだ。これから拷問があると思うぞ。その後は公の場で車裂きだ。どういう刑が知っているか?」
ぶんぶんと女は首を振った。
「両手両足を紐で車にくくられて、引っ張るんだよ。そうするとな、関節。関節ってわからんだろうな。ここだ」
そう言って、俺は女の手首と肘と肩を強く押した。
「ここが、この関節部分や手足の筋肉がゆっくりと伸びきるんだ。悶絶もんの痛みだぞ、すぐ死んだほうがマシだと思うだろうが、まだ、死ねない。問題はそれだけじゃない。手足が引きちぎられても、それでも、まだ生きてる。いやあ、いっそひと思いに死んだほうが、どんだけ楽か。想像もできんだろ? ほら、あの女」
俺は、宦官たちに囲まれている蔡花楓を指さした。
「おまえ、あの女に恨みでもあるのか」
「い、いえ、ち、ちがいます」
「じゃあ、俺とゆっくり話しあおう。なあ、天佑。刑部に引き渡すのは、ちょっと待て」
「いえ、規則ですから。それはできかねます」
「じゃあ、皇太子に頼んでくる」
「え?」
「この後宮の長は刑部の上じゃなく、皇太子だろう。話してくるよ。暁明!」
俺が欄干に腰を下ろして手を差し伸ばすと、下にいた暁明が腰を抱いて下ろしてくれた。
こいつは勘がいい。
無駄なことを話さず息があって、いいチームになってる。
「魅婉さま!」
甲高い女の必死な声が聞こえた。側室の蔡花楓だ。
「魅婉さま、わたくしは何も知りません。どうか、どうか、お助けください」
魅婉の記憶にある蔡花楓は、取り澄ました気位の高い女だった。
失意のまま後宮に入った二年前の日、馬酔木の回廊を通り過ぎた魅婉は、開いた障子戸から彼女の姿を捉えた。
衣装から側室のひとりだと気づいて、軽く会釈したが、対応は冷ややかで、ツンっと嫌味たらしい視線を送ってきただけだった。
その彼女が必死の形相で訴えてきた。
罪を告白した明明より、今の状況を、より深く理解しているにちがいない。
「魅婉さま」と、明明もぬかづいた。
「花楓さまは関係ございません。わたし、ひとりで、ひとりです」
「ああ、わかった。だから、天佑、ちょっと待て」
俺は殷麗孝のもとへ走った。
背後から、「魅婉さま」という天佑の声がして、「まったく、そんなに飛び跳ねて走ると、転びますよ」と、嫌味につけ加えた。
「お待ちください。わたしも一緒に参ります」
賢しい男だ。おそらく、今回のことは天佑も疑問に思っているのだろう。
殷麗孝の姿は朱鳥殿の回廊から消えていた。先ほどまで、欄干にもたれて自堕落な姿で休んでいたはずだが。
「どこにいる?」
「おそらく、帝から任されている仕事で、臣下からご意見を賜っているでしょう」
「天佑、おまえって、なんでもよく知っているな」
褒めたつもりだったが、天佑は嬉しそうな顔もしない。
「つまり、皇太子は政務中ってことか。さっきまでサボってみえたが。じゃあ、どこで会える」
「まずは、内侍に取り次ぎをしてきます」
「内侍って、皇太子側近の宦官だよな。じゃ、天佑が行け」
「魅婉さま、あなたが、なぜそのように天佑さまに指示するのですか」
ここまで黙って控えていた暁明が呆れた声をだした。
「ああ、それは俺がボスだからだ」
「ボスとは?」
「天佑、それはな、一番上って意味だ。覚えておけ、さあ、これからは俺をボスと呼べ、天佑」
「いえ、申しません」
「ボスだ」
「拒否させてもらいます」
「ボス」
「魅婉さまは、魅婉さまです」
「頭が硬いな。今は、そうした瑣末なことに拘っている場合じゃないぞ。さっさと行けよ!」
「こだわっているのは、魅婉さまのほうですが」
ぶつぶつと文句を並べ、天佑は俺から顔を逸らす直前、ニヤリと笑ったのを見逃さなかった。
その気持ちは、よくわかるぞ、天佑。
俺の声が可愛すぎるから、逆らえんのだろう。
惚れるなよ。気持ち悪いからな。
天佑は堂々とした態度で朱鳥殿内への階段を登っていく。
遣戸の前で、左右に侍る警護に何か言葉をかけると、しばらくして、宦官帽をかぶった内侍があらわれた。
だいぶ待たされたが、再び内侍があらわれた。
天佑がこちらに合図したので、俺と暁明も階段を登った。
階段前の遣戸が左右に開く……。
「さあ、行くか」
「勝機はおありですか」
「当たって砕けろ作戦でいく」
屋内は底冷えがした。
たいした暖房システムもなく、隙間風も防げない場所で広い空間を取れば寒いはずだ。
身慄いしたから、寒いという言葉を呑んで、俺は正面を見据えた。
中央奥に文机が置かれ、皇太子が巻物を広げて読んでいた。俺たちが来たからというわざとらしさを感じる。
奴は……。
中に入っても顔も上げない。
拱手をする天佑に習って、俺も頭を下げた。
「楽にしろ」と、巻物から顔もあげずに、麗孝は言った。
「恐れいります」
天佑は、蔣で編んだ円座の置かれた床に腰を下ろした。
(つづく)




