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27話 緊張の帰り道

 バイト先から駅までの道中、どことなく俺は緊張していた。


――俺はさっき雫石さんに告白して、雫石さんも俺の事を好きだと言ってくれた……。つまりは、恋人……ということでいいんだよね!?


 何度も脳内で考察してはチラチラと雫石さんの方を見る……、が、雫石さんはいつも通りクールな印象だったため余計に混乱していた。


「ねぇ」

「はひっ!」


――うわっ!!噛んだっ!!よりにもよって返事を噛むなんて……。くぅ……。


 そんな俺を見て肩を小刻みに揺らしながら笑う雫石さん。


「……恥ずい」


 俺が恥ずかしさのあまり俯き姿勢になると、下から覗き込むように雫石さんが顔を出してきた。


「うわっ!」

「ふふふふ……神蔵って、いちいち反応が面白いね。ふふふ……見てて飽きない!」

「……完全に揶揄われてる」

「それよりも!さっきからこっちをチラチラ見ては何か言いたげな表情かおしてるのはなんで?」

「そ、それは……」

「それは?」

「……雫石さんは……彼女……なんだよね」

「そうだよ。神蔵は私の彼氏だよ」


――またこの人はさらっとそんな事を言う……。俺だけが緊張してるみたいじゃん……。この際だから……!


「危ないっ!」


 思わず雫石さんの肩を抱き寄せていた俺。


 京都の路地裏は細い割に交通量が多い。かつ、自転車族も多く、歩行者にはやや危険なエリアだ。ちょうど自転車が雫石さんの側すれっすれで走って来たのがわかったため、行動に出たのだが……。


――抱き寄せたものの、こっからどうすればいいんだ?……いつまでも肩を抱いているのはおかしいから……まずは離して……。


「雫石さんはこっち歩いて」


 車道側を歩いていた雫石さんと入れ替わるように歩く場所を変わった。


「う……うん。……ありがと」

「ここって、道幅狭いわりに交通量も多いし、自転車を猛スピードで走らせる人も多いから危ないよな」

「……そうだね」


 さっきよりも声が小さいことに気付いた俺は、雫石さんの方を見た。……そしてあることに気付いた。


「あっ……その……ごめん……」


――俺は一体何をしてんだ!


 知らぬ間に繋いでいた手を離そうとすると、ギュッと力が込められた。


「……このままがいい」

「う……うん」

「神蔵、……いちいちかっこいいから私が困る」

「かっ、かっこいい?!そんなことないよ……俺なんてただの根暗なオタクだし……クラスの陰キャ代表って言われてもおかしくないよ」

「そうやって卑下することないのに……私は神蔵のこと、そんな風に思ったことないよ」

「……雫石さん」


 細くて俺よりも小さい手から伝わる雫石さんの優しさを感じつつ、いつまでもこの手を繋いでいたい、俺がずっと隣にいたいと思いながら歩いていた。


「ねぇ神蔵」

「うん」

「こうやって2人のときには名前で呼んでほしいな」

「うん……んん?」


――名前で……名前って……名前っ!?


「だって……私たち、付き合ってるんだよね」

「そ、そ、そうなんだけど……」

「だったら名前で呼んで……凛人」


――上目遣いぃぃぃぃっ!ぱちくりお目目ぇぇぇぇっ!可愛すぎるっ!この可愛さは反則っ!それに今しれっと俺の名前呼んだよね、呼びましたよねっ!うぬぅぅぅぅっ!


 夏の暑さのせいなのか、恥ずかしくて身体がかっかしてるのかわからないくらい、俺は全身が熱かった。


「…………名前で呼べるように……努力はする」

「おけ!」


 雫石さんには敵わない、そう思いながらも俺はこの時間が幸せで仕方なかった。

 間もなく歩行者天国になるとわかってか、人があちこちからわんさかと溢れてきていた。


「さすがは宵々よいよいやま……。この時間でこんなに多いのに、これからもっと増えると思うと恐ろしいね」

「そうだね。……私、祇園祭名物の山鉾をゆっくり見たいんだけど、こうも人が多いとそれすらも難しいよね」

「山鉾見るなら朝早くがおススメだよ。人も少なくて、日差しもなくて涼しいし」

「そうなんだ!じゃぁ明日、一緒に見に行こうよ!」

「えっ?」

「バイトは9時からだから、う~ん……8時とかに待ち合わせして行こっか!」


 思いもしない提案に一瞬驚くも、ぱぁっと表情が明るくなった雫石さんを悲しませたくないとの思いが勝り、俺は首を縦に振っていた。


「そうだね!明日見ないと、見れなくなっちゃうもんね!」


 祇園祭の名物と言えば『山鉾巡行』。この巡行が終われば山鉾の解体作業が行われるため、完成した山鉾を見るチャンスは実質明日しかなかった。


 駅に到着する頃には、これから祇園祭に浴衣で行くであろう人たちがたくさんいた。その人たちをかき分け、雫石さんと俺は駅構内へと入った。


「また連絡する!」


 そう言い残し、雫石さんは足取り軽くホームへと続く階段を駆け上がって行った。

 俺はその後ろ姿を見届け、人込みとは逆方向へと足を進めた。

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