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26話 俺の気持ち

 いつも通りバイトを終え、俺はシフトが一緒だった雫石さんの事を店の外で待っていた。


「神蔵……?」


 声を掛けられ、後ろを振り返ると半袖短パンにキャップを被った雫石さんの姿があった。


「お疲れ様」

「……うん、お疲れ」

「駅までだけど、一緒に帰ろ」

「うん」


 しばらく無言で歩いていたが、人通りが少ない路地に差し掛かった時、俺は意を決して雫石さんに話しかけた。


「あのさ……雫石さん……その……何かあった?」

「へっ?」

「いやぁ……何というか……いつもと違う感じだったし……もともと物静かなのは知ってるんだけど、どこか切なそう……というか、表情が寂しそう……だったから」


 ふと隣を歩いていた雫石さんの足音が消えたため、後ろを振り返ると、俺の事をまっすぐ見つめる雫石さんの目には涙が浮かんでいた。


――えっ?!俺、なにかまずいことでも言った?よく考えろぉ……さっきの事を振り返ってみるんだ……なにかまずこと……。


「「……ごめんっ」」


 同じタイミングで同じ事を言ったため、雫石さんと俺はしばらくの間、無言でお互いに顔を見合わせていた。


「ふふふふふ……なんで神蔵が謝るの……ふふふ」

「え!だって……俺がなんかしたんじゃないかって思ったんだもん」

「違うの……確かに今日、仕事中でもどこかボーッとしてたし、それで店長にも神蔵にも迷惑をかけたと思って……今日の私、なんだか変なんだ」


 指で涙を拭う姿を見ていると、俺の中で何か弾ける音がした。それと同時に、雫石さんに対する気持ちが溢れ出し、気付けば俺は雫石さんを抱きしめていた。


「か……神蔵っ!?」

「この際だから……今伝えないと、伝えられない気がする……あのね、雫石さん」


 ドクドクドク―—

 俺の胸の鼓動が、腕の中にいる雫石さんにも伝わるのではないかと心配をしたが、そんなことはどうでもよくなっていた。


「俺、雫石さんの事が好きです」

「…………」


 俺は腕を解き、雫石さんを解放した。

 顔を上げ、俺を見る雫石さんの頬には赤みを帯び、二重のぱっちり瞳に映るのは俺だけだった。その表情を見ただけでも、俺の心臓はどうにかないりそうなくらいドキドキしていた。


「神蔵……今、私のこと……好きって……」

「言ったよ」

「私……私も!……神蔵のこと好き……だよ」


――ということは……俺たちは相思相愛!……こんな俺でいいのか?校内で高嶺の花と言われてる雫石さんと想いが通じたなんて信じられないが、夢ではないんだよな……。まさかの夢、でしたなんて笑えない冗談はいらねぇぞ!


「……俺、でいいのかな」

「さっきまでの男らしさはどこにいったのさ!私の気持ちに嘘偽りなんてないよ!……それとも何?神蔵の気持ちは浅いもんなの?」

「そ、そんなことないよっ!……ただ……信じられないだけだよ。これは夢なんじゃないか、って思っちゃうんだから仕方ないじゃん!」


――なんて情けないんだ、俺は……。


 ふと俺の左頬に柔らかい感触があった。

 これがほっぺチューと気付くまでコンマ数秒……。


「し、雫石さんっ!?」


 左頬を押さえながら、俺は慌てふためいて雫石さんを見た。


「夢じゃない、って証明できた?」

「……う、うん」

「ならよし!」

「よし、って……全然よくないんですけど」

「神蔵!私、好きになったら一途だから!覚悟してね!」

「俺だって負けないくらい一途だし……。むしろ……初めてだし……誰かを好きになるのも、こうして気持ちが通じることも」

「……ちょ、照れないでよ……移る」


 恥ずかしい気持ちを抱えつつも、想いを伝えることができたことだけでも大きな進歩のはずなのに、それ以上の事が起こり、俺はどうしていいかわからなくなっていた。だが同時に、心も満たされていた。


――こんなに幸せでいいのかな……。何かしらの不幸が訪れるんじゃ……、そんなマイナスな考えでどうするんだ俺!しっかりしろ!これから俺は、雫石さんの友人ではなく、恋人になれるんだぞ!


 俺の思考がどうにかなりそうだったが、男としての振る舞いをするためにも、俺は雫石さんに向かって真剣な眼差しで想いを伝えた。


「ゴホン……。改めて、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」



 コンコンチキチン、コンチキチン―— 

 7月15日、祇園囃子ぎおんばやしが鳴り響く京の街で、俺に初めての彼女ができた。

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