プロローグ(3人目、4人目)
「こんな真夜中でなければ、もう少し歓迎できたのでしょうが……、このような茶だけしか出せないとは、お恥ずかしい限りです」
魔法のランプが照らす室内で、ソファーに座る男がそうつぶやいた。
正面の横長のソファーには2人座っている。
3人に紅茶を出し終わった召使が部屋を出て行く。
それを待っていたかのように、客人が口を開いた。
「このような時間にお邪魔したのはこちらです。お気になさらず」
丁寧にそう返して、紅茶の入ったカップを持ち上げる。
いい香り、とわざとらしく呟いて口を付けた。
もう一人は深く腰を下ろして、腕組をしたままだ。
ゆっくりと紅茶を傾ける間、静かな時間が室内に流れていた。
ここはカル王国王都からほんの少し離れた町・ルルクエル。
町とは言ったものの、その規模は都市に比肩するほどだ。
その原因となるのは、代々町を治めているある貴族の存在があった。
公爵位貴族、ラキオン・クエル・メローである。
一本一本が輝きを放つ長髪を持ち、夜中だというのに品位を損なわない服装、歳を感じさせない生気のある瞳。
紛うこと無き大貴族の一人だ。
「夜の町も素晴らしい。お二人は観光をされましたか?よろしければ案内を呼んで」
「よろしい訳ねえだろ。暇だからこんな時間に来たと思ってんのか?とっとと話を始めろ」
腕組をしていた者が激しい剣幕で迫る。
「…………いいでしょう。十大強者の2席を埋める闇の精霊人の時間を奪うのは、私としても心苦しい」
闇の精霊人。
メローが呼んだのはただの通称だ。
客人の種族はエルフ。仲でも、褐色の肌を持つダークエルフと呼ばれる者達である。
「さて、さっそく依頼を説明させてもらおう」
ほんの短期間で市場に流れ始めた魔力を帯びた原材料。
その出所。
なぜ今、出て来たのか。
そこに何かあるのであればその理由を。
メロー公爵は、メモ等の資料を何も持たずに、淡々と依頼内容を話し終えた。
「この程度の依頼、あなた方には役不足でしょうが、急を要するのです。どうか、細かく確かな、正直な報告が聞けることを願います」
正直な、という言葉に2人は引っかかりを感じたが何も言うことはなかった。
「依頼は受ける」
承諾したのは、目つきの鋭い方だ。
2人で話し合うこともなく決定を下した。
元から、公爵級の依頼を断るつまりはなかったのかもしれない。
「だが、急げってのは無理な話だ。その件の場所に散歩するかのように行って、知ってる奴はいねぇか、と声を張るだけなら問題はない。まぁ、それはいやなんだろ?」
マレー公爵は彼女の言いたいことを理解したという風に、大仰に頷いた。
「こっちにもやらなくちゃいけねぇことがある。準備ってやつがな。…………出来るだけ急いでやるさ」
「かのお二人の「出来るだけ」ならば、心配の必要はないでしょう。些細はあなた方にお任せします」
その言葉を聞いて2人は無言で立ち上がる。
1人は丁寧にお辞儀をさて、もう一人はその前をズカズカと通り抜け部屋を出て行こうとする。
公爵はソファーに深く腰掛けたまま、声をかけた。
「これは私個人の依頼ではありますが、全てはカル王国の平和のため、だということは理解してもらいたい。どうか、よろしくお願いします」
屋敷の外に出た2人のダークエルフ。
まばらではあるがアイテムによって照らされていた庭を抜け、門から出ていく。
見送りはない。
彼女が断ったのだ。
それどころか、希望の街まで送ると言った言葉も断っていた。
とにかく、公爵の「耳」の無い場所に行く必要があったのだ。
空模様が悪く、月明かりも無い真っ暗な道を歩き始めてから、ほどなくして。
「さっきから何を怒ってるんだ?」
口調や態度はやや高圧的だ。
今もそうだということは、意識してのことではないらしい。
「姉さんがあんな態度をとるからです。相手は貴族だというのに……」
口ぶり推測すると、礼儀正しかった方が妹、目つきの鋭い方が姉ということのようだ。
「小国の小貴族だろう…………おい、睨むなよ、わかったって」
「でも確かに、メロー公爵のあの態度には思うところはありますが」
「だろう?嘘こそ言わなかったが、隠し事が多すぎる。そういう目だった。しかも、それをなんとも思ってなさそうなのが気に食わねぇな」
「何も考えず、何も探るな。そういうことなのでしょう。どうしますか?」
姉は少し速度を上げて前に出る。
そこで振り返った彼女のクリーム色の目は、闇の中で光る黄金のように見えた。
「情報を集めるぞ。俺たちが関わる問題がなんなのかを知る必要がある」
「いいのですか?彼が最後に言った、王国のため、というのは、下手なことをすれば、私たちを王国の敵と見なすということですよ」
「そんなのに誰がビビるか!……それに俺たちには責務がある」
自分に言い聞かせるように、自分の心に刻むように、それを言葉とする。
「英雄と歌われたからには、英雄の責務があるんだ」